生涯発達

保育をしていく中で「発達」という言葉がよく出てきます。そして、その「発達」は意識しながら保育をしていくことが重要になってくると言われることが多々ありますが、その「発達」というのはそもそもどう考えていけばいいのでしょうか。

 

藤森氏は「保育の起源」の中で、「人間の発達は非常に複雑であり、その複雑さを人間の力だけで解明できるはずがない」と言っています。古い時代において、発達は遺伝的要因にその大部分を依存すると考えられていました。そして、遺伝的に潜在している可能性が時間の経過にしたがって次々に開花してくることを発達と呼んでいたと紹介しています。いわば、いくら教育したって、生まれつきなので仕方ないという考え方が大部分を占めていたのです。しかし、現在では、遺伝的要因と同等に環境的要因が重視されており、機能的発達以外にも人格の成熟や知性の発達といった観点を合わせ、発達は生涯にわたる問題と認識されています。

 

また、発達は必ずしも成人期に至るまで右肩上がりでなされるものではなく、成人期のまでの変化の中で、一時的な発達の停滞や表層的な逆行が見られることがあるとされています。また、逆に成人期以降の変化でも生物学的な加齢と並行して発達の下降や衰退が必ずしも起こるかというと断言できない部分があることが分かったのです。そのため、発達は従来の「上昇・下降」といった価値判断を含まないものになり、一生の間の変化として考えられるようになってきたのです。つまり、小さい子どもが、最初は未発達で、次第に発達していき、いろいろなことができるようになるという考え方そのものが変わってきたというのです。

 

発達の起きる要因が環境と遺伝によるという考えはとても重要な視点を与えることになるのですね。こういった考えは結果として、人間は一生の間にいろいろな部分がどのように変化しているのかという「生涯発達」という観点が必要になってくるのです。この生涯発達という観点からすると、それぞれの年齢における行動、行為はそれぞれの段階で必要なものであり、生涯にわたって影響を及ぼすものであるということが分かります。そのため、赤ちゃんの時から、その時期ごとに振り分けられ、その時期にあらわれる行為を十分におこなうことができるようにすることが発達を援助することになると藤森氏は言います。

 

この視点を考えていくと私は保育とは「子どもを見る」ということですが、その「見る」は「発達を見る」ということなのだろうと思います。そして、それは「一般的な発達」に子どもを当てはめることでもなく、その時期にやりたい環境をいかにつくることができるのかということが保育士の大きな専門性でもあるのだと思います。そして、それは「やらせる」ことでもなければ、「やらなければいけない」ものでもなく、発達に近いものは「やりたいもの」になるのだと思います。そして、そういった環境の下で子どもたちは発達にとっていかに重要かということがよくわかります。