7月2022

ラーニング・コンパス

DeSeCoでの概念の整理を通じて、2030年の未来に求められるコンピテンシーとして「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマに対処する力」「責任ある行動をとる力」と三つのコンピテンシーが具体的に示されました。そして、それらのコンピテンシーを得るために「知識」「スキル」「態度及び価値観」を組み合わされることで、コンピテンシーが発揮されると示したのです。これらの3つのコンピテンシーは「変革をもたらすコンピテンシー」とされたのです。

 

次にコンピテンシーの発達・育成はどうすればいいのでしょうか。このことについて、Education2030では「変革をもたらすコンピテンシー」の獲得のために「AARサイクル」が示されました。これは「新たな価値を創造する力」「責任ある行動をとる力」「対立やジレンマに対処する力」といったこれから必要とされるコンピテンシ―を中心にコンパスの外周を沿うように、「見通し→行動→振り返り」といったサイクルを通すことを示しています。そして、コンパスをラーニングコンパスとして、「2030年のウェルビーイング」に向かったものと明示しました。

 

この「ラーニング・コンパス」ですが、なぜ、コンパスと表現したのでしょうか。「ラーニング・コンパス」は直訳すると「学びの羅針盤」です。これはこれからのAiの発達や移民の増加、サイバー・セキュリティなど新しい課題が登場する時代において「生徒が、単に決まりきった指導を受けたり、教師から方向性を指示されるだけでなく、未知の状況においても自分たちの進むべき方向を見つけ、自分たちを舵取りしていくための学習の必要性を強調する」ことが目的にされたからです。こういった時代に向き合うには学生たちは「時間的なコンテクスト(文脈):過去、現在、未来」と「空間的コンテクスト:家族、コミュニティ、地域、国家、デジタル空間などの社会的空間」といった人生の様々な場面に積極的に行動していく必要があります。そして、人災の様々な場面で積極的に行動していくために、こういったコンテクストを縦横無尽に動かなければいけないと考えられました。そのために自分のアイデンティティをもち、自分のしたいこと、すべきことを考えること、行動に移すことが必要になります。大切なのは「誰かの行動の結果を受けとめるよりも、自分で行動することである。形づくられるものを待つよりも、自分で形づくることである。誰かが決めたり、選んだことを受け入れることよりも、自分で決定したり、選択すること」であるとされたのです。このようなことを背景にして、「ラーニング・コンパス」として、「私たちが実現したい未来」を方向付けるものを象徴するものとしてもちいられたのです。

 

OECDが示すものとして「ラーニング・コンパス」はOECDのコンセプトノートにおいて、「OECDのThe Future of Education and Skills 2030プロジェクトの成果物であり、教育の未来について意欲的な展望を設定する、進化する学習枠組みです。ラーニングコンパスは、幅広い教育の目標を支え、『私たちが実現したい未来』すなわち個人及び集団としてのウェルビーイングの実現に進んでいくための方向性を示すもの」と述べられました。それは何か特定の方策を設定するものではなく、ウェルビーイングという目標を含めた学習の枠組みを示すことで、政策立案者、教師、政治家、保護者など様々な関係者が目標を共有したり、自分たちの取り組みを関係づけたり、推進するのに使っていくことが想定されているのです。

 

つまり、ラーニングコンパスは教育の方向性を示したものであると同時に、子どもたちが自ら考え、自ら行動に移すことが出来るための方策としてOECDがつくった学習的な枠組みなのですね。今の教育はこういった子どもの未来に思いをはせたものなのでしょうか。成績や学歴を追うことがこれからの未来につながるものなのでしょうか。大学や高校に行くことが当たり前になってきた世の中で、「何のために高校や大学に行くのか」を考えたことはあったのでしょうか。大学に行くと働くことの給与や有利さというものが保証されるというのが現状ではないでしょうか。しかし、だからといって、目的泣く大学に行くのはもったいないように思います。しっかりと未来を見据えて教育を選択できるだけの受け皿としての社会を作ることがこれからの社会には必要であり、それにおいて職業選択においてももっと多様性があったり、夢や目的が持てるような社会に変えていきたいものですね。

コンピテンシーの整理

DeSeCoにおいて、様々な定義が整理されてきました。その一つが先に紹介した「メタ認知」というスキルですが、それ以外にも「社会的スキル」や「情動的スキル」というものの見直しも図られました。キー・コンピテンシーにおいて「自律的に行動する力」、「道具を相互作用的に用いる力」「異質な人々から構成される集団で相互に関わり合う力」といったものが柱として位置づけられています。しかし、これらの力を「社会的スキル」や「情動的スキル」といった視点で整理していくと、例えば「自律的に行動する力」は個人の内面に関する力といえます。対して、「異質な人々から構成される集団で相互に関わり合う力」は人と人との関係に関することといえます。こういったように人における内面に向けた力と外面に向けた力がキー・コンピテンシーにはあっても、自立して行動するには対人関係が必要とされますし、相互に関わり合うためには内面の能力も当然必要とされます。つまり、対人関係において内面と外面というものを明確には区分するのは難しいということがいえます。結果的にこれらの能力は分類はできても、発達や学習することにおいては相互に絡み合ったものであるということを認識していなければいけないということが述べられました。そのため、コンピテンシーにおいては、内面の力「Intra-personal」と外面の力「Inter-personal」に分けて捉える形での整理は行わなかったそうです。

 

最後に態度などに関する側面の整理です。態度というのは「一定の道徳や倫理に基づいて表出されるもの」として捉えられていたのですが、問題は「道徳や倫理を含めた価値観を、他度などに関する側面のラベリングにおいてどう考えるかという事でした。これに対して、「キャラクター」という言葉も使われることがありました。この「キャラクター」は「学習によって変えることが困難な、あるいは先天的な性格という意味合いが強いことから、この用語を使用することが懸念されたのです。最終的に態度に価値観を加える形で「態度及び価値観」という言葉で合意が得られました。

 

これらの「メタ認知」「社会性・情動性スキル」「態度及び価値観」の整理というのが行われました。こういった定義の整理というのはとても難解ですね。自分自身、こういったことを整理しているつもりでもなかなか理解するのは難しいです。こういった整理が行われていくことで、必要なコンピテンシーが定められていきます。それが「新たな価値を創造する力(Creative new nalue)」「対立やジレンマに対処する力(Coping with tensions and dilemmas)」「責任ある行動をとる力(Taking responsibility)」といったものです。そして、そのために先に整理された「知識」「スキル」「態度及び価値観」というドメインはコンピテンシーの要素を分解して、整理したものであるのです。

メタ認知の枠組み

Education2030のプロジェクトにおいて、国連が出したSDGsとの関連性があることは前回の内容でありました。ここではコンピテンシーを考えるにあたって、2030年にウェルビーングの達成につながるように、まずは様々なコンピテンシーの要素を収集し、それらを分析していくということから始められました。

 

この議論の中で論点がいくつか上がってきました。その一つは「メタ認知をどのように整理するか」といった点です。メタ認知については「21世紀型スキル」などのコンピテンシーモデルにおいても、重要であるとしています。また、DeSeCoでも「省察やふりかえり」という項目として、すでにメタ認知を含む要素として位置付けられていました。このことをふまえて、Education2030プロジェクトの検討過程においてもこのメタ認知については新しい学習枠組みにおいて位置付けることが強く提案されていました。

 

 

しかし、その一方で、メタ認知の位置づけは、表のように、すべてのスキルや態度、性格に至るまですべてにおいて通じている概念として捉えられていました。そのため、プロジェクトにおいて、これらのような形で、メタ認知を知識やスキルとは異なる、それらよりも高次な別種のものとして捉えるのか、それとは違い、一つのスキルとして捉えるのかということが議論されました。というのも、メタ認知においては自らの知識の量や質についてメタ認知することもありますし、自らの態度や価値観のあり方についてメタ認知することもあります。そもそもコンピテンシーの総合的性格を前提とすると、メタ認知という個別のスキルのみをこのように特別に扱うことが適当なのかという疑問も出てきました。また、メタ認知スキルも認知的スキルの一つであることから、これらを別枠に整理することは概念整理として適当でないとの指摘もあり、結果的にメタ認知スキルを認知的スキルの一環として整理することで合意が得られました。

 

メタ認知とはこれまでもブログの中で紹介していましたが、「思考を思考する」ことをメタ認知といいます。そして、この自制であったり、自己評価や振り返りを伴う能力は様々なプロジェクトでも出ている通り、どのスキルや態度、知識といったドメインにおいても、共通して重要になる力です。自分の中で考えを整理することは感情のコントロールといった情動においても、学習における創造性などのスキルを深めるためにも、知識を深めていくためにも重要になってきます。分類というものをする場合、どこにメタ認知は入るべきなのかというのがコンピテンシーの概念を作るにあたって、はっきりとした答えが出なかったのです。

 

しかし、逆を言えば、それだけ重要な能力であるということも同時に浮き上がっています。どの分野においても必要な力であり、必要とされる力でもあります。そもそも21世紀型の教育の土台にはこのメタ認知というものが欠かせないということであれば、それをどのように培うことが必要であり、どういった環境が重要なのかということは無視できるものではありません。今回の合意では認知スキルとして合意されましたが、それでもその重要性は認知スキルとしての一つの能力として捉えるだけでは足りないだけの能力であるということが言えますね。