12月2021

研究 1

「論文を書く」ということはどういったことなのか。このことを自分は割と研究することや自分が知ることが目的になっていたように思いました。もちろん「論文」とは「不明や分からなかったところを知る」ために行うことなのですが、今回の論文を書くことで、改めて考えさせられたのが「新しいことが分かったことで、どうするのか?」ということでした。つまり、「何のために研究するのか」ということです。この視点は私にとってはわかっていても意識まではしていなかった内容でした。確かに、ただ検証するだけではなく、よりよい社会や保育のためになることをするのだと考えると研究というものもより意図やねらいを意識しやすくなるように思いました。

 

また、今回やってよかったと感じるところは、「なんとなくそう思っていたところ」がさまざまな検証を行っていく中で割とクリアになってきたことです。研究というのは常に「仮説」「検証」です。私の場合はどちらかと言うと「検証」がメインであり、そこから「結果」を導き出すという経過を通したのですが、そこで見られる結果は非常に面白いもので、感慨深いものでした。

 

その研究ですが、私の研究では0歳児クラスの子ども同士でも、関わりを通してコミュニケーションを行っていることの証明でした。それと同時にこういった子ども同士のコミュニケーションに対して、保育者がどのようなアプローチを行っているのか、それがチーム保育で行われる中でどのような作用が起きているのかということの検証でした。

 

このチーム保育ですが、このことについて、藤森先生はそもそも大前提として「保育者と子どもの関係を二者関係の関わりとして捉えるのではなく、社会ネットワークとして捉えようという、関係性のとらえ方の転換」と言ってます。私も、実際チーム保育を行っていくなかで、このことの意味がとても分かるようになりました。よくあるのが、「保育者は母親の代わりであって、特定の保育者がつくことで子どもは情緒が安定する」ということです。果たしてそうなのかと感じることがチーム保育では多々あります。保育者が複数いるから子どもが落ち着かないかというとそうではないですし、一対一だから子どもは落ち着くのかというと、昨今の母親の育児ノイローゼの増加を見てもそうとは言い切れません。特に、最近の3歳児入園をした子どもたちの様子を見ると言語の発達に遅れが生じている子どもが多々います。とても、特定の大人と子どもが関わることがすべていいとは言い切れないことが多く起きているのです。

 

そのため、チームで子どもを見るという複数担当制から見た、子ども同士のコミュニケーションの見方や保育者の意識を見ていきました。

少子化の解決策

2021年12月17日の日経新聞のコラムの中で「人口と世界」というコラムが書かれていました。ここでコラムを執筆していたのが日本総合研究所理事長の翁百合氏です。翁さんは内閣府有識者会議「選択する未来2.0」でも座長を務めた経歴を持っています。ここでのコラムでは、まず、「人口減と経済の関係をどう考えるか」という質問に対して、「高齢化し人口ピラミッドの形が変わることで社会保障や財政の持続可能性の不安も高まる。」とし、これからの社会への負の影響が出ることを示唆しています。そして、少子化における原因の一つとして若者の全体の所得環境の脆弱さをあげており、年収300万円で結婚や出産ができるのかという不安から少子化は起きており、年功序列型の賃金の見直し、若年層の所得環境の改善を挙げています。それともう一つ、性別分業の意識。つまり、「夫が仕事、妻が家庭」という日本人が未だに根強く持っている価値観です。この価値観は日本では60%の男性がこの認識を持っていることに対して、スウェーデンではわずかに6%と男女ともに鍛冶屋育児に取り組むことの大切さを翁氏は言っています。3つ目は柔軟な働き方の推進です。新型コロナウィルスでのリモートワークの広がりです。地方に居ながらも仕事がオンラインできることで働き方のあり方が変わってきたのです。

 

こういった社会環境の変化に対して、翁氏の解決策は「人への投資」でした。まず第一に「最先端の科学技術に携わる分野、STEM(科学、技術、工学、数学)といったことに精通した人材の育成です。この分野においては女性の参加が遅れていることも課題に挙がっています。第2に社会人が新しい技術に対応できるように学び直す「リカレント教育の充実」。第3は新しい仕事に就けるようにする職業訓練の強化といった支援の必要性を解決策として挙げています。翁氏は企業も人こそがイノベーションの源泉であると十分に認識する必要があり、人材への投資の必要性を提案していました。こういったような今後の社会におけるデジタル化による生産性の向上の実現を考えなければいけないということを述べています。

 

これらのことを考えたときに保育や教育の在り方はどう考えたらよいのでしょうか。3つ挙げられていた解決策の内、特に「STEM教育」というのは最近とてもよく聞くワードになってきています。そして、その目的はこれからの変化の大きな社会であったり、持続可能な社会の構築のために、このような人材の育成が必要とされているということがわかります。

 

そして、こういった人材の育成による社会の変化が起こることによって、少子高齢化である今の社会への歯止めにも関係してくるのですね。このような考えは思ってもみなかったので、とても勉強になります。これらの関係性を見ていると、今の社会における若年層の所得と少子化が関係しているということはとても社会的に大きな問題であると言えるのでしょう。年金による不安、長く続く不景気による不安、新型コロナウィルスなどの社会への影響など、ネガティブなワードが飛び交う中、社会における将来への支援がこれらの不安を払しょくしてくれるということは保育や教育においても大きな役割があると言えます。今現在起きている社会の状況を知ることで、今必要とされる教育の在り方が見えてきますね。

近況2

論文を書くにあたり、論点を絞っていくというのが、割と私は時間がかかりました。「何を中心にどういったことを知りたいのか」そして、「他の人が研究していない、オリジナリティを持たせる」ということを考えて絞っていかなければいけません。初めは、そのことを指導教員の先生に伝えられたのですが、どうも自分の中で、しっくりこず、なかなか研究することの内容を決められずにいました。

 

その時に役に立った思考方法が「まず、自分で何を知りたいかを話す」ということでした。「自分はなぜこの大学院にきて、何を調べたくて、又は、何を知りたいのか」それを指導教員の先生に説明したのです。その際、教員の先生が一言「それを書けばいいのよ」。実に端的です。これは自分の性格にもよるのでしょうが、私は割と人に話しながら頭の中で考えを整理することが多く、確かにそこで話をすることが研究による目的であったというのが分かりました。

 

次に研究目的が見えてくると「先行研究」の洗い出しです。先行研究を見る目的は「まだ研究されていない部分を探す」ということが目的になります。それは「オリジナリティ」というところにつながってくるのですが、つまり研究によってわかってくる部分がこれからのために役に立たなければいけないわけで、同じ研究をしても検証されてしまっていては意味がないのです。そのため、他の研究が行われていないか先行研究を洗いだしていくことが必要になってくるのです。

 

これらの過程を経て、いよいよ研究です。研究目的と先行研究を通して、目的が明確化されてくるとそこに向かって、仮説が立てられます。その仮説は何も「こうなるであろう」ことを予測していなくてもよく「どうなっているのかを明らかにする」のも仮説としては成り立ちます。

 

このとき、私が感じたことですが、つい「論文を書く」ということが目的になり、仮説を立てる意味や研究をするということの本当の意味が意識されていないことが起きてしまうということです。これは自分自身も陥りがちになるので、都度都度立ち返るようにしました。

 

このように進めていく中で、いよいよ研究の具体的な内容に入っていきます。研究によっては様々な方法があるので、割愛しますが、研究を進めていく中で沢山わかることが有ったので、雑談的に書いていこうと思います。

近況1

ずいぶん久しぶりの投稿になります。というのも、現在、大学院に入学し、自分の論文を書いている事によって、そちらに集中したいということもあり、ブログの進行を止めていたというのが「言い訳」です。

 

今回私が研究していた内容が「0歳児クラスの子ども同士の関わり」という内容で研究していました。そこでは0歳児クラスの子どもたち、(つまりは0歳児だけではなく、1歳児になった子どもも含まれます。実際、私の研究した対象のお子さんは1歳児になった子どもでした。)がどのような関わりが行われていて、それに対して、大人(保育者)がどういった関わり方をしているのかという事を研究しました。

 

こういった研究に際し、私はこれまで「論文を書く」といったちゃんとした研究をしたことはなく、始めから悪戦苦闘しました。まず初めに「何を研究するのか」ということから難しさがあったのです。単純に私は大学院に入ることの目的は「修士課程をとる」ということが目的でありました。当然、論文を書くということはわかっていたので、「この際、論文の書き方も習おう」という目的もありました。そこで初めは「0歳児の子どもの関わり」を目的に研究を行おうと思っていたのですが、指導教官の先生には「関わりと言っても、色々ある」といわれ、それが遊びなのか喧嘩なのか、保育者との関係なのかということから考えなければいけませんでした。そして、この「関わり」というのが曲者で、発達心理学にも関わる内容であったので、そうなると自分の範疇を越えていくことになってしまうのです。

 

自分自身、どちらかというと、「これまで様々な研究がされていたものが実際の子どもの現場でも起きていることの証明」くらいで軽く考えていたのですが、論文にはオリジナリティが必要であるというころから、研究目的の設定に非常に迷っていました。

 

ただ、このオリジナリティという点に関しては実はまだ「0歳児」に対する論文というのは少ないという点です。もちろん、0歳児の研究は発達心理学や心理学の面では非常に多くの論文があるのですが「0歳児の保育」の論文は少ないのです。この点に関しては先ほどの「これまで様々な研究がされていたものが実際の子どもの現場でも起きているか」ということの論文もまだまだないという事なので論文の目的としてはオリジナリティは求めやすいものであったのです。

 

そこで、大切になってきたのが、「論文の目的」を絞っていくという事でした。