6月2020

環境か遺伝子か

これまで、実行機能の大切さを森口氏の著書から紹介していましたが、では、実行機能はどのようにして発達していくのでしょうか。このことは様々なところで研究されてきたものです。よくその中でも、上がっていくるのが「遺伝的な要因」からなのか「環境的な要因」からかということです。これらの研究は双子を対象にすることで調べられてきました。

 

双子には「二卵性双生児」と「一卵性双生児」があります。一卵性双生児は全く同じ遺伝子を持っていますが、二卵性双生児に関しては50%程度しか同じ遺伝子をもっていません。そのため、一卵性の双子のある能力の類似性と二卵性の双子の能力の類似性を比較することで、遺伝的な要因と環境的な要因の重要性において、自分をコントロールする実行機能はどちらが大事になってくるのかを調べるようにしたのです。

 

慶応義塾大学の藤澤博士らは、子どもにとって、遺伝的な要因よりも、環境的な要因が重要な役割を果たすということを示しました。そして、家庭環境や学校環境、友だち関係のような様々な環境の中で、実行機能に影響を与えるのは家庭環境であるといっています。ただ、遺伝的な要因も決して影響がないわけではありません。では、遺伝的な要因としてはどのような影響があるのしょうか。

 

森口氏らの研究で見えてきたのは、「目標を達成するためのスキルである実行機能の高い・低いの一部は、遺伝子によって決まっている」ということが分かったそうです。研究の中で、見えてきたのは、実行機能に関わる遺伝子にも様々なものがあるのですが、その中でも前頭前野において影響を与える遺伝子があるといっています。この前頭前野でやり取りされる有名な神経伝達物質がドーパミンです。このドーパミンに関わる遺伝子としてCOMT遺伝子というものがあるのだそうですが、その遺伝子のある型をもつ子どもは、別の型を持つ子どもよりも、思考の実行機能が高いことが分かったそうです。また、こういったように遺伝子に遺伝子による影響は3-4歳ごろでは見られなかったことに対して、5-6歳児においては影響が見られたそうです。思考の実行機能が発達する幼児期後期になってからこの遺伝子は実行機能に影響を与え始めたようです。ただし、遺伝子的要因がすべてではありません。環境的要因も重要になってきますし、遺伝子の働き自体が環境に影響されることも示されていると森口氏は言っています。

 

では、環境的要因はどのように影響してくるのでしょうか。環境と一口に言っても、物質的な環境もあれば、文化といった環境もあります。また、森口氏は子どもの年齢によっても、環境的影響は異なるといっています。

保育に求められるもの

子どもが成長発達していく中で、実行機能が大きく影響を及ぼすということが言われてきています。しかし、まだまだ日本では実行機能はそれほど、メジャーなものではなく、もっとふかめていかなければいけないものであると思います。保育においても、もっとこういった知識を知ったうえで、今どういった保育が求められているのか、今いる子どもたちにとってどういった環境や関わりを持たせていくべきなのかを考える必要があるように思います。

 

森口氏の著書に書かれている「子ども期」というのはまさに「3~5歳児」が中心に書かれていますし、それはまさに保育に関わる期間です。すごく大切な時期であることに対して、あまり評価がされておらず、未だ託児所的にみられることもしばしばあります。また、政治の政策においても、子どもたちに対する補助というよりは、保護者の社会進出や保護者支援の意味合いが強いようにうかがえるのも否めません。

 

また、日本の教育現場の考え方はトップダウン的です。「大学のために高校があり」「高校のために中学校がある」「中学校のために小学校があり」「小学校のために幼稚園、保育園がある」という意味合いがまだまだ強くあるのも感じます。しかし、本来、子どもたちの発達や成長は年齢が上がるとともに発達していきます。つまり「幼稚園や保育園があるから小学校がある」のであり、「小学校の期間があるから中学校につながる」のです。そして、その先に社会があるのです。なかなか日本において教育機関の連携が取れないというのはこういった発達におけるベースが考えられていないからなのかもしれません。

 

以前、ある人から「学校なんか意味がない、会社に入ったら会社で教育するから別に小さい頃から教育する必要がない」とまで言う人がいました。しかし、実際の会社ではどうでしょうか。有名大学に出ていても、会社で活躍できないヒトが多い。就職することも難しいといわれる時代です。ある会社の重役の人と話をすると「一番使えないのは日本の男性、次に日本の女性、一番使えるのは帰国子女。なぜなら、自分の意見を言うことやコミュニケーションを取ることができるから」と言っていました。時代は「言われたことをする」という時代から「自分でできることを見つけたり、新しいことをやってみる」というイノベーションが求められる時代に変わってきているのです。そういった時代を生きていくためには粘り強く物事にあたる必要があり、トライ&エラーを繰り返し行う胆力が求められます。そして、そのためには、自己コントロールは非常に重要な要素になっています。

 

実行機能とはそういったこれからの時代に非常に重要な意味合いが求められる能力であるといえるのです。そして、このことは保育現場に直結してきます。森口氏はつぎに「実行機能を育てる」ということを紹介していますが、このことはよく受け止めていかなければいけない内容であると思います。

子ども期の実行機能の影響

前回の内容では友だち関係が実行機能に影響を及ぼすということが分かってきたことを森口氏の著書を読む中で、紹介してきました。そして、青年期はアクセルとブレーキのバランスがアンバランスであり、衝動的な行動やハイリスクハイリターンの選択を取るということや欲求を抑えきれないことがある時期でもあるのです。

 

しかし、あくまで「悪乗り」ですむ程度であればいいのですが、凶悪な犯罪行為をしてしまうことがあり、そうなってしまうと後の人生は非常に不利な状況になってしまいます。その他にも、女性との関係において、危険な行為を好む男性が避妊具を使用することを拒否すると、女性が望まない妊娠をする可能性が高まります。そうなってしまうと将来の目的を断たれるばかりか、本来支えるべき学校や大人が、支援を放棄してしまうことがあります。女性にとっては一方的な被害を受けることもあるのです。そのため、青年期は人生の分かれ目となる可能性があると森口氏は言います。

 

ここで森口氏はダニーデンの縦断研究やイギリスの縦断研究をもう一度見ています。これは子どものときに実行機能が高い子どもは、大人になったときに経済的・健康的に非常に有利であることが示されました。その他にも実行機能が低い子どもはこれらの面で不利であるばかりか、犯罪に走る可能性も高いということが示されています。しかし、なぜ5歳くらいのときの実行機能が、大人になったときに影響がでるのでしょうか。5歳と30歳では期間が離れすぎて、どのように関係するか分からないのではないかというのです。

 

森口氏はダニーデン縦断研究での一つの結果に着目します。そこには青年期に酒やタバコ、ドラッグのような違法行為を全く侵さなかった「優等生」グループが、大人になったときに経済面や健康面においてどのような成績を示すかを調べたのです。その結果、優等生グループは、他の参加者と比べて、経済面においては金銭的に恵まれており、かなり健康であることが示されています。そして、青年期のような不安定な時に、頑張るべき時に頑張れる人、自分をコントロールすべき時にコントロールできる人というのは、将来的に社会で必要とされることが多くなるのだろうということを言っています。

 

そして、重要なことは青年期の行動に、子どもの頃の実行機能が強く関連するということです。ここに5歳児の実行機能が大切だという由縁があります。子どものときに実行機能が高いと、青年期に無茶をしないというのです。誰しもある程度は青年期には実行機能が低下するのですが、子ども期に実行機能が高いと、青年期の行動にブレーキを利かせられるのです。

 

これらのことを整理していくと、子どもの時に実行機能が高いと、青年期にも実行機能は高くなります。そのため、危険行為や違法行為をする確率は低くなります。つまり、子ども期の底上げが青年期に生きるということです。そのため、進学や就職で有利になり、大人になってからの暮らし向きがよくなるのです。逆に、子ども期に実行機能が低いと、青年期も実行機能は低くなります。すると、酒やタバコはもちろんのこと、ドラッグや犯罪に手を出してしまうようなこともあるのです。その結果、大人になってから経済面や健康面での問題を抱える可能性が高くなるのです。

 

このように、青年期は実行機能が不安定になるため、ターニングポイントになる時期です。しかし、子ども期に実行機能をしっかりと発達させておけば、こういった不安定な時期を乗り切ることもできるというのです。

友達関係

青年期はアクセルとブレーキの脳領域の発達に差があるため、アクセルが強い時期であるということが分かりました。そのため、報酬回路が前頭前野のブレーキの機能より強く反応が出てしまうというと森口氏は言っています。また、この時期、仲間の存在が家族よりも重要になる時期です。前回紹介したように、「仲間外れ」に感じることが多く、抑うつを感じる脳領域に活動が見られることも多くありました。

 

仲間の存在は実行機能においても影響があるということは、これまでの内容でも触れていました。それは「仲間外れ」を感じるだけではなく、「悪乗り」という場面でも出てくると森口氏は言っています。青年期における仲間関係について、森口氏は「仲間関係は良くも悪くも作用する」と言っています。一人では絶対しないようなくだらないことや危険なことを仲間や友だちと一緒だとしてしまうというのです。つまり、友だちといると自分をコントロールすることが難しくなるというのです。

 

これはテンプル大学のチェイン博士らによって報告されています。この研究では、青年や成人を対象にドライビングゲーム中にどれだけ危険な行為をするかを調べました。そして、その時の脳活動をfMRIで比較しました。このゲームでは信号が変わる際に他の車と衝突するリスクを冒してまで信号に突っ込むかどうかを調べてます。そして、実験参加者に実際に友だちを連れてきてもらい、その友だちが見ている状況でやる場合と、ひとりでやる場合を比較しました。そのうえで、どれだけゲームの中で危険な行動をしたかを調べるます。すると、大人では、一人でやろうが友だちの前でやろうが、危険な行動をする数に違いがありませんでした。その一方で、青年期では、一人でゲームをやるよりも、友だちの前でやるほうが、危険な行動を多くしたのです。

 

その際の脳活動を調べてみると、大人の場合ではアクセルである報酬系回路の活動に条件間での違いはなかったのですが、青年では条件によって違いがありました。一人でやるよりも、友だちのまえでやるほうが、報酬系回路の活動が強くなっていたそうです。そして、危険な行為にブレーキをかける前頭前野の活動を見てみると、一人のときよりも、友だちの前でやるときの方が、活動が著しく弱いことも示されました。

 

友だちといる時ほど、アクセルは強く、ブレーキは利きにくいということが青年期の特徴としてあるのですね。しかし、友だちとの関係は何もわるいことばかりではありません。森口氏は友だちとの実行機能の関係において、友だちの存在が好影響を及ぼすという研究も報告されていると紹介しています。青年期においては問題行動、タバコやお酒など禁止されている行動を起こすことがあります。そのとき親や教師がやめるように促していても、若者は耳を傾けません。むしろ反発して、よりエスカレートすることもしばしばあります。若者にとっては、大人に対する反発自体が目的の一つであるからです。こういった場合、同級生からの働きかけが効果的になると森口氏は言っています。大人から言われるよりも、友だちに「悪ぶっているだけでかっこ悪いよ」と言われるほうが恥ずかしい思いをするかもしれません。

 

しかし、問題なのはここでいう忠告してくれる友達というのはクラスの中でも影響力がある生徒であるということです。友だちとはいえ、誰でもいいわけではないのです。これはブリストル大学のキャンベル博士の研究で言われていることです。実際にこういった一目置かれる生徒に訓練し、他の生徒による喫煙などの問題行動をやめさえるようにした結果、問題行動が減少することが報告されました。

 

このように見ていくと実行機能において、友だち関係というのは良いようにも悪いようにも影響が及ぼされるということが分かってきました。

青年期の脳領域の特徴

最近でもニュースを騒がせていますが、「いじめ」の問題はなくなりません。特に中高生のいじめの事件は後を絶ちません。それにおうじて、いじめを原因とした自殺もたびたびニュースになっています。なぜ、中高生がいじめによって自殺することが多いのでしょうか。こういったことが無くならないのでしょうか。よく言われるのが、先生に相談できていたらとか、他の人にその気持ちを吐露で来ていたらということです。コミュニケーション能力やコミュニティについての話になることがあります。しかし、それだけが原因なのでしょうか。

 

このことについて、脳科学の観点から見るとあることが見えてきます。そして、これが中高生のいじめや自殺においても、影響があるのではないかということが見えてきます。それは「青年期の一つの特徴として、仲間が家族よりも重要な存在になってくる」という点です。森口氏はこのことについて、「小学校の間には、友だちはいるにしても、家族が優先されます。ところが中学校にはいると、休日に家族で出かける機会は減り、友だちと遊びに行ったり、部活に行ったりする機会が増える」と言っています。確かに、思春期の時代は親とある程度距離を取る人が多くなる傾向はありますね。こういった仲間環境が実行機能にも影響するはずだと森口氏は言っています。

 

そして、森口氏は「青年期の特徴として、仲間外れに敏感」といった一つの特徴も挙げています。そして、「この時期は、無視や仲間外れを含めた関係性攻撃が盛んな時期で、この攻撃対象になった生徒は、自尊心が低下し、抑うつなどの精神的な問題を抱えることにもなってしまう」と言っています。

 

このことについて、ブレークモア博士らの研究を紹介しています。婚研究ではコンピューターゲームを使い、参加者の気分を測定します。まずはゲームを始める前に気分を測ります。その後、これを基本として、仲間外れにされた後にも気分を測定し、仲間外れがどの程度影響を与えるかを調べました。その結果、大人では幾分気分に変化があったものの、それほど大きな変化が見られなかったのに対して、中学一年生と三年生では、仲間外れにされた後には気分が大きく落ち込んでいました。仲間外れにされたことによって、ひどく傷ついたのです。

 

さらに、仲間外れにされたときの大人と青年期の若者の脳活動を調べた研究では、大人も若者も、島皮質という脳領域に強く活動させていました。この領域は、不快感情や痛みを感じたときに活動する領域です。物理的な痛みでも活動するのですが、心理的な痛みでも活動するようです。まさに「心の痛み」ですね。また、このとき大人では活動が見られず、青年期の若者にのみ活動が見られる領域も見つかったそうです。それが帯状回膝下野という領域です。この領域の詳細な役割についてはよくわかっていないのですが、この領域の活動が抑うつ傾向と関わることが示されており、仲間外れにされることは、こういう領域の脳活動を通して、精神的な問題につながる可能性があるということがわかってきました。

 

こういった脳領域の活動に「仲間外れ」に対して敏感になるメカニズムがあったのですね。こういった脳領域の発達傾向においても、いじめや中高生特有の悩みが影響しているということが見えていきます。また、このころ、最近では仲間との関わりにおいてSNSというのが大きな意味合いを持ってきます。平成28年の内閣府の調査では、小学生は3割弱、中学生が5割程度。高校生になると9割がスマートフォンを持っています。若者たちにとってはSNSでつくられた友達同士のグループでメッセージを送り合います。そのため、内輪でいかに認められるか、褒められることや数が多いことが何よりのご褒美になっていると森口氏は言っています。特にSNSというツールはそれが仲間内で可視化され、どこでも時間を選ばずつながっていることに特徴があるとも森口氏は言っています。

 

私たちからするとSNSのとらえ方が少し違うと感じることがあります。「それほど、重要なものなのか」と思わなくもないこともないですが、それがすべてのように感じるのはこういった発達時期にあるからなのでしょうね。