感情の実行機能と脳領域

これまでは思考の実行機能と脳領域の話を森口佑介氏の著書から紐解いてきましたが、では感情の実行機能についてはどのような働きが見えるのでしょうか。感情の実行機能においては子ども期において報酬系回路が働きます。報酬系回路は前頭前野よりも早い時期、生後間もない時期から形成されます。報酬系回路は食べ物の獲得などの本能的欲求と関連するものであり、生命の維持には欠かせないものです。しかし、この報酬系回路は赤ちゃんのころには十分発達してはいません。

 

では、前頭前野が報酬系回路にブレーキを掛けることができるようになるのはいつごろからなのでしょうか。森口氏らの研究チームは3歳から6歳の幼児を対象にした研究を実施し、どのように脳が働いているかを明らかにしていきます。ここで行われたテストはマシュマロテストのように待つことでもらえる報酬が増えるというものでした。しかし、森口氏が使ったのはマシュマロではなく、シールを利用したのです。というのも、こういった研究において、ご褒美となるものは常に悩みの種だったようです。待つ待たないということを測るためには、そのご褒美になるものが実験に参加する子どもたちにとって魅力があるものでなければいけません。また、アレルギーの問題もあります。そのため、食べ物以外の有力な選択肢がシールだったそうです。人気のキャラクターのシールを数種類用意し、その中で子どもに好きなシールを選んでもらったそうです。

 

シールを使って、後で多くのシールをもらうためには今すぐもらうために、今すぐもらえる少しのシールを欲しい気持ちを制御するという意味でテストを行っていきます。その結果、幼児でも前頭前野がブレーキをかけていることが明らかになりました。ただ、大人では欲求のコントロールに成功した場合に外側前頭前野が活動したのに対し、幼児では、欲求のコントロールに失敗して今すぐもらえるシール1枚を選んだ場合に外側前頭前野の活動が強く出たことが示されています。これは、幼児はブレーキをかけようとしているが、うまく掛けられなかった可能性があることを示していると森口氏は言っています。

 

ブレーキが上手になるのは児童期以降です。このことが分かったのはカルフォルニア大学バークレー校のバンジ博士らの研究で、これは7歳から9歳の子どもが報酬系回路にブレーキをかけられるかどうかを調べたものです。この研究ではクッキーを1枚もらうか、2枚もらうかを選択肢として与え、その時の小学生の脳活動を計測しました。その結果、実験後に2枚もらうという選択をした子どもは、大人と同様に前頭前野の一部が報酬系回路の働きにブレーキをかけたことが示されました。

 

つまり、子どもの実行機能は幼児期(小学校就学前くらい)までは大人とは違う報酬系回路のブレーキの使われ方があり、うまく働かせられないことがあり、児童期になると少しずつ前頭前野を働かせ、報酬系回路の働きを抑えることができるようになるということが分かってきました。つまり、このことが意味しているのは、よく保育や実生活でも「我慢」ということが言われることがありますが、乳幼児と児童期以降の子どもたちとではその方法や考え方が違っているということを知っていなければいけませんね。大人の思うようなことを子どもに強いるのは難しいことなのだろうということが分かります。この時期は特にそれぞれの子どもの特性を基に、関わりを持っていなければいけないのもこういった脳の部分にあらわれているように思います。