1月2020

研究から見えたもの

母親の愛着のある関わり方で子どもが将来困難から粘り強く対応できるようになるレジリエンスの力を育てることができることがエインズワースの研究をはじめ、スルーフとエゲランドがミネソタで行った研究で分かってきました。そして、このことは貧困な生活において、逆境を受けた子どもたちを救う方法として見えてきたのですが、しかし、これを実現していくことはそれほど単純なことではありません。

 

そのことをサンフランシスコの心理学者アリシア・リーバーマンは言っています。彼女はカルフォルニア大学サンフランシスコ校で「心的外傷を受けた子どもへの支援プログラム(CTRP)」を運営しています。そこでミネソタで行ったスルーフとエゲランドの研究を高く評価している反面、この分析からは二つの重要なアイデアが抜け落ちているというのです。

 

一つ目は以前紹介したベイビュー・ハンターズポイントのような地区では子どもとの安定した愛着関係を結ぶのは非常に難しいことがあるというのです。つまり、愛着関係を研究するにはそこにある地域性もあるというのです。「よくあるのは、母親の人生を取り巻く環境が、本人のもともともっている対処応力ではとても太刀打ちできないケースです」と言っています。彼女のクリニックに来た親の様子から「ひどく貧しかったり、絶えず先々への不安があったりして打ちのめされているとしたら、そんなときに安定した関係を育む環境をつくろうだなんて、スーパーマンでなきゃ無理」と言っています。さらに、母親自身の過去の愛着関係の欠如が子育てをより困難にしている可能性もあるというのです。新しい母親が子どもの頃に不安定な愛着関係を経験している場合には、自分の子どものために安定した育児環境を整えるのが飛躍的に難しくなるというのです。

 

二つ目は「過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実がミネソタの研究では十分に強調されていない」ということです。彼女は不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だと言います。この変化を自分で達成することのできる親もいるがたいていは助けが必要になる。そして、その時の助けこそ、リーバーマンが取り組んできた仕事なのです。

 

この2つにおいて、確かにハンターズポイントのような地区はかなり特殊であり、日本においてこのことが合致するような地域というものはあまりなく、研究対象に偏りがあることはとても気になります。また、2つ目の不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えるというのは今の時代非常に需要があります。実際に自園でも保護者に対する育児支援やカウンセラーの需要はありますし、どの園でも保護者支援というものの課題はついて回ります。

 

では、リーバーマンはどのようにその支援や提案を行っていくのでしょうか。

安心基地と未来

エゲランドとスルーフの研究は満一歳時点での愛着関係が、その後の人生を広範囲にわたって予測できる指標となることを発見しました。そして、アタッチメントの安定した子どもは人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能だったのです。

 

就学まえの子どもの場合、「安定群」に分類された子どもの3分の2が、教師によって行動面で「望ましい」と判断されました。そうした子どもたちは人の話が聞け、積極的に活動でき、教室の中で滅多に癇癪を起さなかったのです。逆に「不安定群」に分類された子どもでは、「望ましい」部類にはいったのは8人に1人で、教師の分類によれば大部分の子どもが行動面で一つ以上の問題を抱えていました。幼少期における親の役割に関心が薄く、感情面での要求に応じないと診断された親の子どもたちは、幼稚園では最も低い成果しか上げられず、教師はそのうちの3分の2に特別教室を受けるか小学校への入学を延期することを勧めたのです。依存という指標から園児を分類すると「不安定群」の子どものうち90%が、クラスの半数の子どもより依存度が高かった。「安定群」の子どもでは12%でした。さらに「不安定群」の子どもは教師やほかの子どもたちからいじわるであるとか、反社会的な傾向があるとか、未熟であるなどと言われることが多かったのです。

 

対象の子どもたちが10歳になると、研究者は無作為に抽出した48人を4週間のサマーキャンプに招き、観察をしました。そして、児童の一歳児のアタッチメントの分類が知らされていないカウンセラーを付けます。すると児童期に「安定群」に分類された子どもたちをより自信と好奇心があり、失敗にもうまく対処できると評価しました。しかし、「不安定群」の子どもたちは他の参加者と過ごす時間が短く、カウンセラーと過ごしたり一人で過ごしたりする時間が長かったのです。

 

最後に子どもたちの高校生活を追ったところ、どの生徒がきちんと卒業することができるかを見ていったところ、知能テストや学力テストよりも、幼少期における親のケアに関するデータのほうが精度が高かったのです。幼少期の親の関わり方のみを判断材料に、子どもたち自身の気質や能力をあえて無視して数字をはじき出したところ、制度は77%でした。つまり、子どもたちが4歳にも満たないうちに、誰が高校を中断することになるかを8割近い確率で予測できたことになるのです。

 

そして、このアラン・スルーフとパイロン・エゲランドの子どもを使った研究結果とマイケル・ミーニーがモントリオールでおこなったラットの研究結果が非常に似ているということが見えてきます。どちらのケースにおいても、子どもが生後間もないうちに親として特定の役割を果たした母親が一定の割合で存在しました。そして、子どもと関わる行動が子どもたちのあげる成果に対し協力で永続する効果を及ぼしている点が共通している。人間においてもラットにおいても乳児のうちに適切な世話を受けたものは、後により好奇心や自制心をもち、障害にもうまく対処できたのです。幼少期の育児における母親からの注意深いケアが、ストレスから身を守るためのレジリエンスを育んだのです。そして、人生において、普通に起こりうる困難な事態に直面したときに、何年も後になってからも自分なりの主張を行動にうつし、自信を持って前に進むことができたのです。

 

乳幼児期における安心基地の重要性は将来におけるレジリエンスに非常に重要な意味があるのですね。それは「なにができるか」といった能力をつけることよりも、子どもの起こす活動にむけて反応をしてあげることこそ、必要なのだということなのです。人によっては、反応なんてしてられないと思う人がいるかもしれません。だからこそ、もっと小さい赤ちゃんの頃からしっかりと対応することが必要なのかもしれません。そして、ここでは「適切な」という言葉がいれて書かれています。この適切というのが大切であって、それが最近は「過度」か「放置」かといったように両極端になっているように感じます。「子ども主体」と言うのは保育においてとても重要なキーワードであります。過干渉であると子どもたちの可能性を大人が制限してしまう可能性があります。逆に「放任」であると子どもが必要な時に手助けや対応ができない可能性があるのです。だからこそ、「子どもが必要なとき」にこそ対応することが重要なのだろうと感じます。そして、そういった対応が「見守る」ということにつながるのです。

安定群と不安定群

エインズワースが研究していた愛着関係の研究の中で、「慣れない状況」での子どもの行動は生後1年間の親の反応の感度と直結していたということが見えてきました。そして、こういった幼少期の愛着関係が与える精神的な効果は一生続くということを言っています。しかし当時、幼少期の愛着関係が生涯にわたる影響をうむというエインズワースの主張はあくまで一つの理論に過ぎませんでした。

 

その後、エインズワースの研究助手のエヴェレット・ウォーターズとアラン・スルーフが「慣れない状況」の実験がおこなえるラボを準備し、ミネソタ大学の研究所は愛着理論の研究の中心になっていくのです。スルーフは同じ大学で低所得の母子について長期の研究をするために連邦政府から助成をうけていたバイロン・エゲランドという心理学者と協力することになります。ふたりは267人の妊婦を研究対象として採用しました。その妊婦たちは全員がもうすぐ初めて母親になるところで、全員が貧困ラインより下の収入で生活していました。そして、80%が白人で、3分の2が結婚しておらず、半数が10代でした。エゲランドとスルーフはこのグループの子どもたちを出生時から追跡し始め、以来ずっと研究対象としてきました。そして、その被験者たちは現在30代後半になっています。この研究から得られた根拠をエゲランドとスルーフと他の2名の共著者が本にまとめ、2005年に出版したものが『人格の発達』(The Development of the person)です。これは幼少期の母子関係の長期効果に関するデータを包括的に評価した著書です。

 

彼らの発見によると、アタッチメントの分類は決定的な運命ではないというのです。子ども時代のうちに愛着関係が変わることもあれば、「不安定群」に分類された子どもが大人になってから成功する例もありました。しかし、多くの子どものケースで、「慣れない状況」やその他のテストでわかる満一歳時点での愛着関係が、その後の人生を広範囲にわたって推測できる指標となっていたのです。アタッチメントの安定した子どもたちは人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能でした。就学前も友だちとうまく遊ぶことができ、児童期にも親密な友人関係を築くことができ、思春期の複雑な人間関係もより上手に切り抜けることができたのです。

 

ラットから人間の発達に研究は進んできていくなかで、長いスパンでの研究の結果が出てきました。そして、「不安定群」と「安定群」の違いを追っていくと、確かに「不安定群」だから成功しない、「安定群」だから必ず成功するというものでもありません。研究はその日、その場だけの短期的な場面を切り取ったものではなく、長期的なスパンを見て、経過的に観察が必要になってくるものです。こういった息の長いスパンで子どもたちを研究することはなかなか根気のいることです。しかし、それだけ私たちが行っている「保育」という仕事は長期的な予測を基におこなっていかなければいけないことをしているのです。

慣れない状況

エインズワースは1960年代から1970年代にかけての研究で、幼少期の愛情をこめた育児は行動主義者たちが思っているのと正反対の効果をうむことを示しました。それは生後1か月ほどの間に親から泣いたときにしっかりとした対応を受けた乳児は、1歳になるころには、泣いても無視された子どもよりも自立心が強く積極的になった。就学前の時期には同様の傾向がつづいた。つまり、幼児期に感情面での要求に対して親が敏感に応えた子どもは自立心旺盛に育ったのです。エインズワースとボウルヴィの主張によれば、親からの温かく敏感なケアは子どもが外の世界に出て行けるための「安心基地」となるのである。まるで、この様子はラットの毛づくろいやなめるといった行為と同じような様子が見えてきます。

 

1960年代の心理学者たちは様々な検査をおこなって乳幼児の学習能力を評価してきたが、情緒的能力を測る確実な方法はなかったのです。エインズワースはまさにそれを測定しようとして「慣れない状況」(ストレンジ・シチュエーション)と呼ばれる方法を開発しました。それはどういった手法かというと、エインズワースが教えていたメリーランド州ボルチモアのジョンズ・ポプキンス大学に、母親が生後12カ月の子どもを連れてきます。ラボを遊び部屋に仕立てて、しばらくの間母子でともに遊んだ後、母親は部屋からいなくなります。しばらくして母親が戻ってきます。エインズワースと研究者たちはマジックミラーを通してその一部始終を観察し、子どもたちの反応をアタッチメントのパターンごとに分類しました。

 

ほとんどの子どもは戻ってきた母親を喜んで迎え、時には泣きながら、時には嬉しそうに駆け寄ったり抱き着いたりしていました。そして、こういった様子を見せる子どもたちを「安定群」としました。その後数十年続いた実験で、アメリカの子どもたちのおよそ60%がこの範疇に入ると分かったのです。それとは逆に温かい再会にならなかった子どもたち、母親が戻ってきても気づかないふりをしたり、母親をたたいたり、床にうずくまって動かなかったりした場合には「不安定群」と分類しました。そして、幼少期の愛着関係が与える精神的な効果は一生続くとエインズワースは言っています。

 

いまでこそ、当たり前のように保育の中で言われる「安心基地」という言葉はこういった研究の中で生まれてきたのですね。このことを見ていると幼稚園や保育園のお迎えの様子からも「安定群」や「不安定群」というものが見えてくるのかもしれません。こういった実験の様子を踏まえて保育や子どもたちの様子を確認していくというもの大切なことなのかもしれません。

愛着理論

保護者と話していると、英語教育や体操教室をしてほしいと言われることがあります。まだまだ、課外教室への需要とはかなり多いのですが、私はそういったことを乳幼児からやることにそれほど重要があるとは思っていません。「それをやったからできるようになる」と思う親は多くいます。そして、いろんなことを「させる」ことで好きなことを見つけてほしいということを言われるのですが、わたしはその反面、その「させられた」ことで「嫌いになる」ものも少なくないのではないかとも思います。私の知り合いに小さい頃ピアノを習わされていた子がいたのですが、その頃はそこそこ弾いていましたが、結果的にピアノを弾いたのはその頃だけで、それ以来ピアノを弾くことはなくなったのです。そこに本当にピアノをやらせる意味はあったのでしょうか。

 

タフ氏は子どもに対する親の関わりの重要性を考えるとき、つい両極端に走る傾向があるといいます。暴力を受けて育った子どもは無視されたりやる気を挫かれたりしただけの子どもよりはるかに苦労するだとか、特別な家庭教師や個人指導をたくさんさせる親の子どもは普通に愛されて育っただけの子どもよりずっとうまくやるだろう、と想像します。つまり親の関わり方において子どもの経験に重きを置くことに注目しがちであるが果たしてそれが適しているのかというのです。かえって、ブレアとエヴァンズの研究によってわかってきたことは、たとえばジェンガをやっている間、手助けをしたり気づかいを示したりといった、ごく普通の適切な親の関わり方のほうが、子どもの将来に大きく影響するということが事実的に分かってきたのです。

 

普段から日常的に行われる子どもと大人との関わりや関係性というものが子どもにとって将来に影響が与えられるということが見えてきたのです。ではラットの毛づくろいに一番近い人間の行動というはどういったものでしょうか。一部の心理学者たちはそれは「愛着(アタッチメント)」と呼ばれる事象の中に見つかると考えているようです。

 

愛着理論は(アタッチメント・セオリー)は1950年代から1960年代にかけて、イギリスの精神分析医ジョン・ボウルヴィとトロント大学の研究者メアリー・エインズワースが発展させたものです。当時、児童発育の分野では行動主義が主流で、子どもの発達は肯定の反応を受けたか、否定の反応を受けたかによって行動を選ぶことで進むと信じられていました。乳児が母親を慕うのは栄養や快適さを求める生物としての必要性としてからで、それ以上の意味はないといったのです。それほど子どもの内的な世界はたいして深くないと行動主義心理学者たちは考えていたようです。そのため、親へのアドバイスとしては、子どもが泣いたときに抱き上げたり、慰めたりして「甘やかす」のはやめなさいといった、行動理論に基づくものが大半であったのです。

 

これは海外における子どもの様子では根強くあるということがみえてきます。以前、オランダに行ったときに見たものなのですが、赤ちゃんの寝るところはまるで檻のような柵があり、赤ちゃんが泣いても10分間は泣かしたままということを言っていました。その方が、子どもたちは自分の力で生きていこうとする自律する力がつくと考えられているようです。海外では親と一緒に寝るよりも早い段階で子ども部屋が用意され、そこで一人で寝ることがほとんどです。

 

しかし、こういった行動理論の考え方に対し、エインズワースはある研究において、幼少期の愛情を込めた育児は行動主義者たちが思っているのと正反対の効果を生むということを示しました。