6月2020

アクセル

青年期において、実行機能に関わる脳領域が一時的にアンバランスな状態になるということが森口氏の本の中で紹介されていました。それは脳領域の発達に大きな変化が起きることが言えるようです。特にアクセルに関わる報酬系回路の発達により、ブレーキが利かない時期に青年期は入っていくようです。

 

では、ブレーキとなる脳領域はどういった発達を起こすのでしょうか。森口氏はブレーキとしての役割をつかさどる前頭前野は「成人期まで発達が続く領域です。大事なこととして、前頭前野は、児童期よりも青年期のほうが、青年期よりも成人期のほうが、ブレーキとしての役割が強くなる」ということを言っています。このことを見ていると児童期に比べ、青年期のほうがブレーキの性能はよくなっているはずです。しかし、なぜ青年期の中学生などはアクセルを制御することができないのでしょうか。それは簡単なことです。報酬系回路と前頭前野の発達が別々に発達することがその要因と言えるのです。

 

森口氏によると乳児期は報酬系回路がぶっちぎりに発達します。そのため前頭前野の発達が追いつかくことができず、目の前にあるマシュマロに手が出てしまうのです。そこから幼児期から児童期にかけて報酬系回路に前頭前野が追いついていきます。そのため、ブレーキとしての役割の前頭前野が機能していくので、報酬系回路と前頭前野がバランスよくなり、安定してくるのです。青年期になると、成長期とともに急に報酬系回路が発達していきます。前頭前野の発達がまたしても追いつかなくなってしまい、バランスが崩れてくるのです。その後、成人期になることで、前頭前野の発達が追いついてくることにより、両者のバランスが良くなってくるのです。脳領域の発達するタイミングがズレることにより、アクセルとブレーキのバランスは成長のタイミングに差が出てくるのです。

 

このアクセルとブレーキの関係で森口氏が面白いことを言っています。「こういったことを見ているとアクセルが強いことはネガティブな印象を与えてしまうかもしれません。しかし、アクセルが強いことの利点として、学習能力の高さがあげられる」と言っています。このことに関して、クローネ博士らの研究が紹介されていました。小学生、青年、大人を参加者として、ゲームをしてもらいます。しかし、最初の間、ゲームのルールは教えてもらえません。ゲームを進めていくなかで、ヒントが出され、そのヒントに基づいてルールを見つけ、学んでいかなければいけないのです。その間の参加者の脳活動をデータとして取得していきます。すると、青年期の報酬系回路が最も強く示されました。

 

ゲームのルールをヒントを基に見つけていくことに、報酬系回路が反応したのですね。つまり、ルールを見つけていくことが一つの報酬として捉え、それが意欲となっていったのでしょう。このことをみても、アクセルが強く働く青年期は、新しいことを学んだり、新しいものを探したりすることに向いている時期と言えるのでしょう。

 

この段階を見ているともう一つのアクセルが強い時期、つまり、乳児期も学びが強い時期ともいえるのかもしれませんね。実際、乳児期においては、非常に周りを見ていたり、能動的に「やってみよう」という様子が多いように思います。結果として、それは大人にとっては迷惑であったりする行動になることが多いのですが、こういった脳のメカニズムは間違いなくその頃に必要なことをしているように思います。「アクセル」という発達での様子は必要な時期としてあるのですね。その頃に多くのことを経験させるということが人生において必要な時期であるのが分かります。

青年期の変化

青年期は衝動的な行動を制御することができないことが笑顔と真顔の写真を見分けるテストで見えてきました。先日このテストのことを紹介しましたが、思考の実行機能は右肩あがりに発達していくことに対して、感情の実行機能は青年期に一時的に悪くなってしまうのです。つまり、青年期においては、アクセルが強すぎて、ブレーキによって制御できていないのです。しかし、児童期や成人期ではハイリスクハイリターンの選択をすることはありません。つまり、アクセルに対して、ブレーキが機能していることを示しています。なぜ、青年期はブレーキがアクセルを制御できないのでしょうか。

 

森口氏は児童期と青年期を比べた場合、「青年期に起こる変化は非常に急激なもの」と言っています。そして、これは成長期ともいえる時期のため、アンドロゲンやエストロゲンのような性ホルモンの濃度が高まるという生物学的な変化によって起きると森口氏は言っています。児童期においてもこれらの性ホルモンは体内に存在していますが、その濃度は高くはありません。児童期後期から体内では着々と準備が進んでおり、急激に性ホルモンの濃度が高まってきます。

 

脳領域の視床下部から脳下垂体に指令が出て、性ホルモンが分泌されます。分泌された性ホルモンは体の様々な部位に送られますが、脳にも送られます。特に脳内の大脳辺縁系は感情に関わる脳領域に作用することが言われています。男性ホルモンは、扁桃体という脳領域に多く作用します。この脳領域は見聞きしたものが、安全であるか危険であるかを判断するときに関わります。たとえば、道にあらわれたのが子犬であれば、安全だと判断し、子犬に接近したりします。しかし、もし現れたのがイノシシであれば、危険だと察知し、身を守ろうとします。こういった判断にかかわる脳領域が青年期に大きく発達します。

 

一方で、女性ホルモンは記憶の中枢である海馬などの領域に作用します。たとえば、お店はどこにあるのか、自分の恋人が過去に自分に対してどういうことをしたのかです。いずれにしても、こういったように青年期にかけては、感情や記憶にかかわる脳の領域が変化していきます。これは実行機能に関しても例外ではありません。それは青年期において最も劇的な変化を遂げるのが、アクセルに関わる報酬系回路です。特に身体的な成獣が進んでいる青年ほど、報酬系の一部である腹側線条体などの領域が変化を遂げやすいのです。このことが時分をコントロールすることを難しくすると森口氏は言っています。

 

ライデン大学のクローネ博士らは、ギャンブルのようなテストにおいて、10歳から25歳の参加者を対象に、fMRIを用いて脳活動を調べました。そして、ハイリスクハイリターンとローリスクローリターンの選択肢において、ハイリスクハイリターンを選択したことによって、報酬が貰えた場合とそうではなかった場合の脳活動を比較したのです。

 

その結果、アクセルに関わる報酬系回路の活動の変化が見られました。10歳くらいの児童とくらべて、13~15歳程度の青年のほうが、報酬系回路の一部である腹側線条体の活動が強いことが示されたのです。つまり、小学生より中学生のほうがお金に執着したということが分かります。これは成人と青年と比べた場合も青年期、つまり中学生のほうが強く出たことが分かりました。これは中学生ごろにおいて、ブレーキとアクセルのバランスが悪いことが見えてくると森口氏は言っています。

青年期の実行機能

青年期の感情の実行機能はギャンブルテストで調べられます。子どものテストの場合は前回紹介したようにシールを活用していましたが、若者を対象にしたテストでは、お金が使われます。なぜなら、子どもにおいてもお金は価値のあるものなのですが、青年期になるとそのお金の重要性は格段に増してきます。洋服や食事代、アクセサリーや化粧品など、欲しいものばかりとなり、どうしてもお金が必要になるからです。

 

ロンドンの大学のブレークモア博士らの研究では、9~11歳の子ども、12~15歳の中学生、15~18歳の高校生、25歳以上の成人を対象に、お金を使ったギャンブルテストで、どの年齢層がハイリスクハイリターンの選択をする傾向にあるかを調べました。このテストでは、参加者はお金をたくさんもらえるかもしれないが、たくさん失うかもしれない選択肢(ハイリスクハイリターン)と、お金を少ししかもらえないが失うリスクが低い選択肢、(ローリスクローリターン)を与えられ、どちらを選びやすいかが調べられました。

 

この思考の実行機能の研究結果をみてみると脳がまだ発達の過程にある9~11歳が予想されると思いきや、ハイリスクハイリターンの選択をしたのは子どもよりも、成人よりも中学生や高校生のほうが多く、中でも中学生がもっともハイリスクハイリターンな選択を市がちだったのです。どうやら青年は、子供よりも、目の前のお金があるとお金に対する欲求を止めることができず、ハイリスクハイリターンの選択をしてしまうようだと森口氏は言っています。

 

ここであることが見えてきます。幼児期から児童期にかけて同じようなタイミングで思考の実行機能と感情の実行機能が発達しますが、青年期においては違った発達過程を示しているということです。このことを確かめるために、ウェイル・コーネル医科大学のケーシー博士らは、両者の発達過程を直接比較し、違いがあるかを調べました。この研究では、ほとんど同じようなテストで感情・思考の実行機能を比較するために、簡単なテストを行います。

 

どちらのテストも真顔の写真と笑顔の写真を使いました。一つ目のテストでは、モニター上に笑顔の写真が出たらボタンを押し、真顔の写真が出たらボタンを押してはいけません。笑顔の写真の枚数が多いので、真顔の写真のときにもついついボタンを「押してしまいそう」になります。その行動を制御する必要があるのです。こちらは思考の実行機能です。もう一つのテストはこのテストとは逆に、真顔の写真が出たときにはボタンを押し、笑顔の写真が出たときにはボタンを押しません。

 

一見、二つとも同じようなテストに思えますが、森口氏は笑顔を見ると人はつい嬉しい気持ちになり、ボタンを押したくなってしまうことが知られており、「押したくなる」ボタンを押さないという意味で、こちらは感情の実行機能のテストになると言っています。

 

このテストを小学生、中高生、大人にやってもらったところ、思考の実行機能のテストは年齢が上がるとともに成績が良くなったことに対して、感情の実行機能のテストでは中高生が最も成績が悪いという結果がでました。2つの実行機能の発達は異なっており、思考の実行機能は右肩上がりであるのに対して、感情の実行機能は青年期に一時的に悪くなってしまうことが確認されたのです。

 

なぜ、青年期には衝動的な行動を抑制することができないのでしょうか。

青年期の思考の実行機能

このように感情の実行機能においても、思考の実行機能においても前頭前野の働きが大きく関わっていることがわかります。とはいて、ひとえに前頭前野の働きが関わっているとはいっても、同じ領域が使われているかというとそうではありません。脳にはネットワークとしての特性があるため、感情の実行機能と思考の実行機能とでは異なったネットワークが関与しているのです。感情の実行機能では外側前頭前野や報酬系回路が協調して活動することがわかっていますし、思考の実行機能には外側前頭前野、後部頭頂葉などの領域が関与しています。

 

このように乳幼児で発達してきた実行機能は児童期、青年期以降も発達してきます。しかし、青年期においては不思議な変化が示されるようですが、どのような変化が起きるのでしょうか。心理学では10代前半から20代序盤にかけての時期を青年期としています。このじきは体と脳に大きな変化が起こります。女性は女性らしい体つきに、男性は男性らしい体つきになるように身体的な変化が第二次性徴と言われるように変化が起きます。それは脳や心や行動においても同様におきると森口氏は言っています。

 

そして、心理学において注目されてきたのは、このころ若者たちが時分とは何かを考え始める点です。それはほかの誰でもない、友だちとも親とも違う自分という感覚(アイデンティティ)を身につける時期だというのです。そして、その頃、リスクのある行動を好むという特徴もあると森口氏は言っています。

 

青年期は児童期や成人期と比べ、暴力や窃盗などの衝動的な犯罪や酒やたばこ、ドラッグ摂取のような危険な違法行為に興味を示すようになるというのです。飲みなれないお酒を飲んだり、仲間の手前一気飲みをしたり、最初は少し悪ぶった程度の行動がエスカレートし、命を落とすことにもあります。こういった時期の実行機能はどのようなものなのでしょうか。

 

思考の実行機能についてはどのような発達を見せるのでしょうか。このことについて、ミネソタ大学のゼラゾ博士らが切り替えテストを3歳から15歳までの子どもに実施し、成績を比較しました。その結果、ルールを柔軟に切り替える能力は幼児期に急激に発達した後に、児童期から青年期に至るまで緩やかな発達を続けることが明らかになってきたそうです。ハンドルの使い方は、青年期も徐々にうまくなっていくようです。

 

次に森口氏は感情の実行機能について話をしています。

感情の実行機能と脳領域

これまでは思考の実行機能と脳領域の話を森口佑介氏の著書から紐解いてきましたが、では感情の実行機能についてはどのような働きが見えるのでしょうか。感情の実行機能においては子ども期において報酬系回路が働きます。報酬系回路は前頭前野よりも早い時期、生後間もない時期から形成されます。報酬系回路は食べ物の獲得などの本能的欲求と関連するものであり、生命の維持には欠かせないものです。しかし、この報酬系回路は赤ちゃんのころには十分発達してはいません。

 

では、前頭前野が報酬系回路にブレーキを掛けることができるようになるのはいつごろからなのでしょうか。森口氏らの研究チームは3歳から6歳の幼児を対象にした研究を実施し、どのように脳が働いているかを明らかにしていきます。ここで行われたテストはマシュマロテストのように待つことでもらえる報酬が増えるというものでした。しかし、森口氏が使ったのはマシュマロではなく、シールを利用したのです。というのも、こういった研究において、ご褒美となるものは常に悩みの種だったようです。待つ待たないということを測るためには、そのご褒美になるものが実験に参加する子どもたちにとって魅力があるものでなければいけません。また、アレルギーの問題もあります。そのため、食べ物以外の有力な選択肢がシールだったそうです。人気のキャラクターのシールを数種類用意し、その中で子どもに好きなシールを選んでもらったそうです。

 

シールを使って、後で多くのシールをもらうためには今すぐもらうために、今すぐもらえる少しのシールを欲しい気持ちを制御するという意味でテストを行っていきます。その結果、幼児でも前頭前野がブレーキをかけていることが明らかになりました。ただ、大人では欲求のコントロールに成功した場合に外側前頭前野が活動したのに対し、幼児では、欲求のコントロールに失敗して今すぐもらえるシール1枚を選んだ場合に外側前頭前野の活動が強く出たことが示されています。これは、幼児はブレーキをかけようとしているが、うまく掛けられなかった可能性があることを示していると森口氏は言っています。

 

ブレーキが上手になるのは児童期以降です。このことが分かったのはカルフォルニア大学バークレー校のバンジ博士らの研究で、これは7歳から9歳の子どもが報酬系回路にブレーキをかけられるかどうかを調べたものです。この研究ではクッキーを1枚もらうか、2枚もらうかを選択肢として与え、その時の小学生の脳活動を計測しました。その結果、実験後に2枚もらうという選択をした子どもは、大人と同様に前頭前野の一部が報酬系回路の働きにブレーキをかけたことが示されました。

 

つまり、子どもの実行機能は幼児期(小学校就学前くらい)までは大人とは違う報酬系回路のブレーキの使われ方があり、うまく働かせられないことがあり、児童期になると少しずつ前頭前野を働かせ、報酬系回路の働きを抑えることができるようになるということが分かってきました。つまり、このことが意味しているのは、よく保育や実生活でも「我慢」ということが言われることがありますが、乳幼児と児童期以降の子どもたちとではその方法や考え方が違っているということを知っていなければいけませんね。大人の思うようなことを子どもに強いるのは難しいことなのだろうということが分かります。この時期は特にそれぞれの子どもの特性を基に、関わりを持っていなければいけないのもこういった脳の部分にあらわれているように思います。