乳児の認知能力

ピアジェは感覚と感覚との関係、感覚間協応について、新生児や生後間もない乳児は視聴覚統合や視覚と触覚の統合はありえないと示していました。しかし、最近の実験的研究の手法が発展していく中で、視覚と把握行動の協応ができること、つまりピアジェが示した感覚間協応ができないといったことが、実は新生児でも起きているということが分かってきました。それは前回紹介したバウアーたちの研究だけではなく、他にもあります。

 

米国の心理学者アンドリュー・メルツォフらは、視覚と聴覚の間にも出生直後から協応関係があることを示しました。それが新生児模倣という、新生児が他者の顔の動きを模倣する行動です。この新生児模倣は現在「心の理論」などの社会的認知能力の発達の基礎にあると主張され、一層注目されています。このように乳幼児の実験的研究が進む中、認知的能力も研究されるようになってきました。

 

認知能力の研究では、1歳にも満たない乳児が成人と類似した知識や概念があることが示され、乳児の有能さが強調されています。ピアッジェは「乳児は隠されて見えなくなってしまったものを探すことができるのか」という実験から「対象が目の前から消えてしまうと、乳児はその対象がもはや存在しないと考える=物体の永続性が理解できない」と考えましたが、新しい時代の研究者たちは、それに対して疑問を呈しました。そして、乳児の注視に着目した新しい実験方法により、生まれて間もない乳児が物体の永続性の概念を持つことを示しました。

 

米国の認知心理学者エリザベス・スペルキは乳児が物体の永続性の概念をコアノレッジ(中核知識)の一つとし、それを「連続性(物体は連続的な軌跡を描いて移動し、2つの物体が同じ場所には存在できないという考え)」「凝集性(物体には境界線があり、その物体の構成要素はまとまっていて離れないという考え)」「接触(物体が別の物体を動かす際には接触しなければ動かないという考え)」の3つと定義しました。

 

また、発達心理学者レニー・ベイラージョンは乳児の物体が物体を支えること(=支持)の理解についての〈箱を台から落とす〉実験から、生後3か月では分からなかったことが、6か月半では(落ちるという)結果が予測できるようになることを示し、乳児の物体と物体の支持関係や重力のような物理的な知識が、生後急速に発達し、ごく早い段階で大人並みの理解力を持つようになることを明らかにしました。

 

研究方法の発展に応じて、赤ちゃんがすでに理解する力が高い状態で生まれてきているということが分かってきました。そのため、こういった結果を受けて、これまで赤ちゃんは鞭で生まれてくるという白紙論が否定されてくる根拠になってきたというのは分かります。さらに実験方法の深まりは認知的な思考だけではなく、論理的思考までも備えているということが分かってきました。