研究手法

ピアジェの本格的な乳幼児研究は素晴らしい業績を残しましたが、「彼の研究手法では、乳幼児の能力を十分に測りきれていない」という批判が20世紀後半に相次いで起こります。その批判の一つのポイントが「ピアジェは文化や社会の影響を軽視している」という指摘です。彼にとって乳幼児は、自らの知識を獲得し、思考を構成していく存在でした。そのため、乳幼児のまわりの他者や文化の影響をあまり考慮せずに、乳幼児自身の力を強調したのでした。彼は認知発達の質的に異なった発達段階を想定していたのです。しかし、これは現場を見ていると感じることなのですが、子どもたちにとって、他児との関りや兄弟関係、周囲との相互作用は子どもの認知発達にも大きく影響しているのが言われています。ピアジェはその部分に関しては触れられておらず、あくまで子ども単体の認知発達に言及していたのです。

 

また、ピアジェの時代は観察手法が主な研究方法でした。しかし、それでは観察者の意図が入りすぎるがあまり、子どもの能力を過小評価しているという問題点もありました。そのため、ピアジェ以降で広く行われている実験手法は乳児の視線を利用したものです。乳児は養育者など周囲の環境を見つめ、目で追い、それが何であるかを学習しようとします。乳児の視線の動きは非常に活発であり、その視線から知的能力を調べようという考えが生まれたのでした。そして、その視線を使った研究方法の代表的なものが選好注視法です。

 

この選好注視法は2つの対象を提示し、乳児がどちらか一方を選択的に注視するか同化を調べる者です。この手法によって、乳児は単純なものよりも、より複雑なものを好んで見ること、非対称的なものよりも対照的なものを好んでみること、パターンがないものよりはパターンがあるものを好んでみることが明らかになりました。もう一つは馴化・脱馴化法(じゅんか・だつじゅんかほう)というもので、乳児が対象を見つめるということと、新しいものが好きだが、すぐに飽きてしまうという傾向があることを利用した方法です。ほかにも期待違反法と呼ばれる方法があります。それは乳児が知っていることとは別の異なった出来事を提示して、乳児の興味や驚きを誘発する方法です。

 

このように乳児の視線を研究することで、様々な研究装置が開発され、乳幼児研究の進展に大きく貢献してきました。有名なのはエレノア・ギブソンとリチャード・ウォークによって開発された「視覚的断崖」もその一つです。この装置は乳児の奥行き知覚がいつごろ獲得されるかを検証するために開発され、その結果、生後半年頃の乳児にはすでに奥行きを知覚する能力があるということがわかったのです。心理学者T.G.Rバウアーらは、ある物体をスクリーンに投影機で映し、スクリーンに映った物体の大きさを変化させた際に乳児がどのような反応を示すのかを実験した結果、生後間もない乳児が顔を手で覆ったりするなどの防御反応を取ったそうです。この実験により、赤ちゃんが生まれながら三次元空間を知覚する能力を持つことが証明されました。

 

このように乳児の視線を利用して実験することで、乳児がもつ様々な能力が明らかになってきました。また、乳児は目が見えないと考えられてきたのが、現在の科学的な検証によって、新生児は視力は悪いものの、まったく見えてないわけではないことがわかっています。ただし、新生児の視力は約20~30㎝先に焦点が合わされており、大人のように焦点を合わせることができないそうです。そして、生まれた直後の乳児でも、動く物体に注視しようとしますし、顔のような配置の図形を好んで見つめることも明らかになりました。

 

研究においても、乳児に主体的に動く部分を見つけ、それを実験方法として利用していくことが乳児の認知発達の研究に大きく貢献しているのですね。また、考えられていた以上に乳児の持っている能力の高さにおどろかされます。子どもの白紙論の否定にはこういった実験の結果に裏付けがあるのですね。そして、この能力は視覚だけに限らないのです。