IQとチェスの強さ

最近、AIの進化は目覚ましいものがあります。少し前に「変なホテル」というものが流行っていましたが、そこでは訪れるお客さんのアテンドをロボットが行っています。また、ベネッセの出した「2020年 教育改革」という文部科学省今日表資料による2018年に発行された情報によるとあと10~20年で49%の職業が機械に代替される可能性があると言われていました。そして、それと同時に2011年にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は今は存在していない職業に就くだろうと予測までされています。AIの進化や社会に与える影響というのはかなり驚くべきものとなっています。

 

以前、AIについてブログでも取り上げましたが、1997年当時AIが当時の世界チャンピオンに勝利するということが起きました。そして、その出来事が人間いとってこれがどういう意味を持つのかという不安に満ちた議論が起こったのです。当時の世界チャンピオン がルリ・カスパロフは試合後にこんなことを言っています。「私は人間だ。自分の理解を超えたものを目にすれば、それを怖いと思う」

 

多くの人にとって、AI「ディープブルー」の勝利はチェスにおける人間の優劣を脅かすだけでなく、人間特有の知性そのものを脅かしました。知能が高ければそれだけチェスの巧拙は単純に頭の良し悪しを表すものとして考えられてきたからです。しかし、チェスのスキルが密接にIQだけと関係があるという前提に疑問を持った人がいます。スコットランド人のジョナサン・ローソンですが、彼はチェスのグランドマスターでいたが、このことについて「見当違いも甚だしい」というのです。

 

ローソンはチェスにおいて最も大事な才能は知能ではなく、心理と感情にかかわるものだと主張しています。「チェスに関する学術的な研究のほとんどが本質(つまり、選手がどう考え何を感じるか)を捉え損ねている」と自著「チェスにおける7つの大罪」に書いています。「彼らは、チェスを純粋に知的な追求であるとみなす罪を犯している。記憶したパターンと推理のみにもとづいて駒の動きが選ばれ、盤面が理解される、と誤解している。しかし、現実にはチェスの達人、あるいは上達したいなら自分の感情を認識し利用する能力が、差し手を考える能力に負けず劣らず重要になる」と言っています。

 

こういった自分の思考を思考するという行為は、マーティン・セリグマンが研究し、アンジェラ・ダックワースが教えたようなメタ認知に非常に近いと言えます。そして、ポール・タフ氏はこのことを、神経学者たちの実行機能に関する研究とも関係があるように思えたと言います。そして、それは一部の科学者が脳の航空管制に喩えた高次の機能であるというのです。

 

実行機能のうち最も重要なものは、認知における柔軟性と自制の二つです。認知の柔軟性はある問題に対しこれまでとは別の解決を見つける能力、既存の枠組みにとらわれずに考える能力、なじみのない状況に対処する能力であると言われています。認知の自制は、本能あるいは習慣による反応を抑制し、代わりにもっと効果の高い行動をとる能力です。

 

そのため、チェスにおいては、新しい今までとは違ったアイディアを見分ける能力を高める必要があります。独創的な決め手を見逃してはいないか?対戦相手の命取りとなる可能性を秘めた一手を見落としてはいないか?そして、もう一つ、目先を追いたい誘惑にあらがうことも教える必要があるというのです。そして、そのためには思考にともなう習慣を身につけさせるのと同じようなことをします。圧倒的に不利な状況や障害に直面している第318インターミディエート・スクール(IS318)でチェスのコーチをしているエリザベス・スピーゲルはこのことを「自分の間違いをどう理解するか、思考の過程をもっとよく自覚するにはどうしたらいいか。それを教えるといこと」をしていると言っています。

 

このことは保育においても、必要なことだと思います。子どもたちにどれだけ、自分のことを振り返る機会を与えているでしょうか。子どもが考える機会を大人は奪ってはいないでしょうか。どう感じ、どう自覚するのか。その方法はどうしたらいいのでしょうか。スピーゲルはチェスをコーチングするにあたって、さまざまな工夫をしています。