反実仮想と進化

反実仮想は私たちが日常的に行っている判断や決定、抱く感情に影響していると心理学者たちは発見しました。その例にノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネルマンの実験があります。この実験では、参加者に次のようなシナリオを提示します。ティー氏とクレイン氏がそれぞれ違う飛行機に乗るため、同じタクシーで空港へ向かいます。どちらの便も6時発です。ところが、渋滞に巻き込まれ、空港についたのは6時半でした。ティー氏の乗る予定だった6時の便は出発し、クレイン氏の乗る予定だった飛行機は出発が遅れ、6時25分に出発しました。さてどちらの方が、落胆が大きかったでしょうか。この質問に対して、たいていの人はわずか5分で出発してしまったクレイン氏だと答えます。それはなぜなのか。ここに関係するのが反実仮想です。そして、クレイン氏の方が落胆する理由はそこにあるのです。

 

クレイン氏のような状況に置かれた人は、タクシーがもうちょっと早く着いていれば、または飛行機があと5分ほど遅れていれば飛行機に乗れたのにと考えます。他にも、オリンピックの銀メダルと銅メダルの場合でも同じことが言えます。客観的に見ると銀メダルの方がうれしそうなものですが、実際のところ、メダルが銀か銅かで、選手の反実仮想は違います。そして、その影響を選手は受けます。銅メダルをもらった選手はメダルを逃す可能性が頭をよぎります。これに対し、銀メダルをもらった選手は金メダルを取り逃がしたと思ってしまうのです。実際、心理学者が表彰式の映像を見て、選手の表情を分析すると、銅メダリストの方が銀メダリストよりもうれしそうな表情をしていることが分かったのです。現実の結果より、起こらなかった結果の方が、選手の気持ちに強く影響を及ぼしたのです。

 

このように人は実現しなかった過去の可能性にこだわります。そして、その根底には反実仮想を重視するからです。しかし、なぜ、この反実仮想を重視するのでしょうか。その理由は進化の観点から説明できるとゴプニックは言います。反実仮想が重要なのは、それが世界に働きかける手掛かりになるからです。「かもしれなかったのに」と悔やむから、新しい可能性を求め世界に介入することができるとゴプニックは言います。未来に向けた働きかけは、どんなに些細なことでも、歴史に影響します。数々の可能世界のうち実現するのは1つです。残りは実現されることなく、実現されず終わります。しかし様々な可能性を思い描けるということ自体に、進化的に大きな意味があるのだと言います。人間は反実仮想によって計画を立て、道具を発明し、新しい環境を創造するのです。

 

過去への反実仮想とそれに伴う後悔は、未来に向けた反実仮想の対価なのかもしれませんとゴプニックは言います。わたしたちは未来に責任を持つからこそ過去のことに罪悪感を持ち、希望を抱くからこそ過去を悔やみ、計画を立てるからこそ失望を味わうというのです。つまり、実現しなかった過去を悔やむことは、豊かな未来を思い描けることとセットだとゴプニックは言っています。

 

「人が悔やむ」過程の中には「こうなるであろう」といった希望があるから悔やむというのはとてもわかります。そして、「こうなるであろう」というのは希望であり、未来の予測でもあります。この「見通し」という感覚が人間にあることで、今のような人間の進化が起きているのですね。よく、保育の中でも「見通しが持てるようにする」という言葉をいうことがあります。よくよく考えるとその言葉が表すものは人間そのものの特徴のことを言っているのだということがよくわかります。そして、それは赤ちゃんにも起きています。真似というのはまさにこの力がなければできないように思います。自分のできる能力とモデルの能力を天秤にかけ、子どもは果敢に挑戦しています。失敗の中で起きている挑戦はまさに進化の過程の中にいるのかもしれませんね。