いい経験を体験するために

木村さんは日常生活の中で、「追いかけること」や「逃げる」「転ぶ」「投げる」「捕る」「打つ」「押す・引く」「よける」「切り返す」という運動機会を取り入れることが必要と言っています。これは運動の動作ができているかどうかではなく、あくまで機会を与えることが重要になると言います。このときに注意しなければいけないのが、「ああしなさい」「こうしなさい」と大人が過剰なアドバイスをしてしまうことだと木村さんは言います。大人は安全を確保して見守っているだけで十分だといいます。そうすることで子どもは自主的に遊びに取り組み、子どもの集中力はどんどん深まってくるというのです。このことは遊びの中で大人がどう援助してあげればいいのかということにも通じます。

 

また、「良い経験」とは自分で考えて取り組み、それを大人に否定することなく励まされれば、身体を通して子どもの記憶に刻まれると木村さんは言っています。これは自己肯定感を得るプロセスにおいても同じことが言えるように思います。大切なことは「自分で考えて取り組む」といった過程が重要です。こういった過程を経ることで子どもたちは達成感と同時に取り組む見通しと「やる」と決めた責任も得ることになります。このことについて、私は保育においても重要なことであると同時に、これが子どもたちの「主体性」を持たせることであると思います。

 

大人にとっても、自分で選んだことを子どもがするので、初めて「叱る」ことに意味が出てきます。大人にさせられたものは子どもにとって責任はないのです。なぜなら「あなたがやれといったから」というように自分で選んだわけではないので、子どもからすると大人に責任転嫁をしてしまうことがあります。しかし、自分考えて取り組むということは「自分で選んで『やる』と決めたのは誰?」と「誰のせいか」をはっきりと伝えることができます。そのため、見通しをもって考えなければなりません。主体性を持たせることは子どもが自分で考え、自分をコントロールしなければいけないのです。こういった自分でコントロールできる活動を通すことで「できなかった」ときに大人の励ましや援助に「救い」として意味が出てきます。「主体」の取り方で子どもの見方は大きく変わってきます。

 

木村さんはこういった体験を日々行うことは、脳の欲望や感情を扱う大脳辺縁系を刺激し、運動が「楽しい」「達成感」という意欲につながるといいます。そして、ここで得た達成感は「次は何をやろうか?」といった意欲につながり、次の計画の予定の計画づくりのイメージを持たせることになります。こういった過程を繰り返すことで、様々な知的活動を行う大脳皮質を使いつつ、脳の全体のネットワークにつながることにもなると木村さんは言います。

 

子どもたちが行う「良い体験」というのは脳のネットワークをつなげることに大きな影響があるのですね。木村さんはこのことを身体運動を切り口に話をしています。確かに乳幼児期の子どもたちにとって身体運動の行う意味はすごく大きくあるということは理解できます。そして、それだけなく、「運動のとらえかた」や「活動の進め方」は遊びの環境作りにも大きな関係があるのではないかと木村さんの記事を読みながら感じます。そして、「自分で考え取り組む」ことや「大人が否定するのではなく励ます」といったことは見守る保育にも共通するものであり、やはり大切な関わりなのだろうと思います。

 

木村さんは最後にこう言っています「『子どもにはどんな習い事をさせたら将来のためになるか?』と考えることもよいことですが、難しく考える必要はありません。思い切り身体を使って遊ばせることで、子どもの身体も脳もしっかり成長していきます」

 

先日の小西行朗氏の話でも共通することですが、大切なことは子どもに追求することや押し付けることではなく、こういった環境を大人がいかに作って上げれるのかが問われているように思います。