仮想と現実

ゴプニックは「私たち人間は過去、現在、未来の可能世界を思い描きます」と言っています。この可能世界とは「今ここにある世界とは違う過去、現在、未来」のことをさし、これは例えば、夢や計画、フィクション、仮説といったものがこれにあたります。人間はこの可能世界を現在世界に劣らず気にかけているのです。なぜそんなことをする必要があるのでしょうか。ゴプニックはこの答えを幼い子どもの心にあるのではないかと考えています。

では、この「可能世界」哲学ではこのことを「反実仮想」というのですが、この反実仮想は大人だけの洗練された思考なのかということをゴプニックは考えます。というのも、最近まで幼児には「今、ここ」しかない。つまり、直接的な感覚、知覚、体験しかないと考えられてきました。では、ごっこ遊びや空想する子どもたちはどうなのかと思ってしまいますが、心理学や哲学においては、乳幼児期においては、現実と空想の区別がついていないとされており、幼児の空想はあくまでも直接体験の一種に過ぎず、現実と非現実の関係をきちんと分かったうえでなされる反実仮想とは違うのではないかと考えられていたのです。そして、これはフロイトやピアジェにおいてもこの考えによるものでした。

しかし、最近の認知科学の研究においては、こうした従来の見解は間違いであるということが分かってきたのです。幼児も反実仮想を行い、その内容と現実を区別し、現実を変えるために役立てることができるというのです。未来を思い描き、計画し、実際に起きたこととは違う過去を想像し、そこから思考を広げることができるのです。ゴプニックたちは過去10年をかけて、幼児には優れた想像力があることを確認し、これを科学的に調べてきました。子どもの心、子どもの脳が、どんな仕組みによってあれほど豊かな空想を生み出すのかを探ったのです。それは想像力を科学的に研究したのです。

その結果、これまで、知識と想像、科学と空想は全く別物で、正反対と言ってよいほど違うものだと思われていたのすが、これらには共通する基盤があることがわかりました。子どもの脳には現実世界の因果構造を写したマップが作られていくのですが、まったく同じマップが新たな可能性を思い描かれ、別の世界を空想するためにもつかわれていることがわかったのです。つまり、現実と空想は頭の中で別々の世界として思い描かれており、決してもともと考えられていたような、区別のない直接体験の延長としての空想を行っているわけではないのです。このことを受けて考えると子どもの脳内では、しっかりと、仮説検証が遊びの中でも行われており、大人のように見通しのある物事の見方ができるということが分かります。

実際、今、自園に居る子どもたちの様子を見ていても、0歳児でも1歳児の様子を真似して汚れ物袋に荷物を入れるのを真似したりしています。それは決して、空想の中で行っているようには見えませんし、自分であればどうできるかという、明確な目的と行動の見通しをもって動いているようにも見えます。