1月2021

不満から提案

人を指導し、コーチングするというのは口でいうのは簡単であっても、いざ実践となると難しいことです。私自身、人に伝えるときには非常に神経を使いますし、相手に「響いた言い方」ができているかどうかはとても気になります。それはひとえに「指導」しようとしていて、相手が築くように「援助」していないからかもしれません。前回の内容で、「ティーチング」と「コーチング」の違いを紹介しましたが、どうしても「ティーチング」的なリーダーシップを取ってしまうことが多々あります。

 

また、「ティーチング」になっています要因として、相手に対する信頼関係も大きく影響してきます。また、人に指導育成する立場にいると、やはり怖いのが「自分に向けられる“不満”です」特に相手を注意するにあたっては、このことは非常に気にかけます。相手にパワハラのように伝えてしまうとその場では返事をしていても、結果として、実践レベルになると結果が残らないようになってしまったり、自分で考えなくなったりします。場合によっては、責任転嫁が起きることもあるでしょう。ではどうすればよいのでしょうか。

 

コーチングにおいては「不満を提案に変える」ことが鉄則であるようです。そもそも、不満とは基本的に「あなたには私をハッピーにする義務がある(のに、それを果たしてくれない)」という被害者的なスタンスからのメッセージです。このことを「私(本人)が力を使わなければ、私はハッピーになれない」という形に変えるのです。つまり、その人本人に自己責任を明確にしたメッセージに変えるのです。そして、改善点を本人にも考えさせることが重要になってきます。こういったやり取りをすることで、不満を提案に変えることができるのです。そうすれば、不満におびえる必要が無くなります。

 

パワハラの問題はなかなか無くなりません。これは上が下に権威を脅かされたくないといった意識の現れであるから、下が不満を言ったり、何らかの形で表現したりすると、上から抑えようとするのです。鈴木氏は「選手を育てたいという気持ちはあるのだが、それ以上に『自分の力』に対するこだわりも大きいと感じる。」といって、結果的にパワハラになってしまうというのです。

 

これは確かにその通りかもしれません。「自分が相手よりもできる」と思ってしまうから、相手を説き伏せようとしてしまうのです。不満を提案に変えるというのは確かにリーダーシップを取る者にとっては必要なスキルであるように思います。そう考えると、これまでのワンマンなリーダーシップでは人がついてこないのはこういったことがなされていないからなのかもしれません。あくまで、働く人たちにも思いはあり、それと同時に責任も持ち合わせていなければいけないということを自覚させることも必要なのだと思います。提案しやすい環境というのはそれだけ責任もあります。これは子どもとのやり取りにおいても、同じことです。人が集団にいる以上、こういった一人という人格としての責任を自覚するということが結果として主体的な行動にもつながるのだろうと思います。

探索への旅

前回、相手に主体的に考えさせることが重要であるということで、「待つ」ということや「なぜから何に変える」といった質問の形式を変えるということを紹介しました。しかし、思いつかない場合はどうすればいいのでしょうか。これは鈴木氏によるとよく企業でのコーチングの研修などをしたときによく質問が出るそうです。「経験や知識の少ない人に探索させたところで、何か発見があるのでしょうか。」といった質問です。

 

この場合、特に企業の場合はコーチングよりもティーチング(教えること)の方が効率的であったり、効果的であったりする場合もあるのです。仕事のリスクが高いのに、それを担当する部下の職務能力が低ければ、どちらかといえばコーチングよりもティーチングがコミュニケーションの中心になるのです。

 

しかし、鈴木氏は「探索と発見のために多少時間的余裕があるのであれば、答えは与えずに相手を“旅”に出したほうが良い」と言います。これは与えられた情報よりも、自分で取りに行った情報の方が、実際に血となり肉となって使える知識として活用される確率がはるかに高いからです。「天才とは努力する凡才のことである」というアインシュタインの言葉が正しいとすれば、凡才を旅に出すことで、天才という頂に近づけることができるかもしれないのです。

 

確かに、誰かに教えられた知識であっても、それをその場だけで利用してもあまり、知識として蓄積していないのを感じます。それをどこかで使ったり、伝えたりすることで、初めてその知識は自分のものになったと感じることは多いのです。とりわけ、そういった時に自ら学びに行っている知識というのは自分が主体的にあるために血となり肉となるものになることは間違いないでしょう。できるだけ自分の「学ぶ」という意識は持っていたいものです。

 

このことはそのまま教育や保育においても、なぜ主体性が大切であるかと言われているのかということとも大きくつながっている話であると思います。子どもや生徒が一方的に教えられて、それを機械的に活動しても、それは適した知識ではないことが多いのです。以前、インフォーマル学習について学んだことがありました。インフォーマル学習とは「仕事、家庭生活、世かに関連した日常の活動の結果としての学習(OECD 2011)」のことを指し、逆にフォーマル学習とは学校などの制度上の学習を指します。その時、人が「人生で学んだこと」を書き出してみると、殆どは学校での授業の内容より、母親からであったり、恩師からであったり、友だちなどであったりといったことが多くありました。これは今の生き方や考え方に大きくつながる学びであったのだろうと思います。

 

つまり、何をまなんだかではなく、どう学んだかどう考えたか、どう感じたかの方が人は学んだと感じるのかもしれません。コーチングの共に考えるという姿勢は教育をする人間にとっても、必要な能力なのかもしれません。

自分で考える

「相手に主体性を持たせる」といっても、そうするためにはどういったことをする必要があるのでしょうか。そのためには相手が自分自身に自信を持たせたなければいけないと私自身感じているのですが、それは非常に難しいことです。私自身、今の立場になって、少しずつ自信を持つようになりました。しかし、過去、自分が保育士をしていたころはなかなか自信が持てず、自分は動けないにもかかわらず、頑張っている相手を批評することで精一杯の背伸びをしていました。当時、私の恩師でもある先生にはよく「行動をしなさい」と言われ続けていました。私はどちらかというと頭で考え動く方だったので、なかなか単純に「行動」と言われてもできませんでした。その頃の自分は「失敗」ということを極度に怖がっていましたし、周りを頼るということもできずにいました。

 

しかし、実際今になって多少の自信がついてきたのは今の立場が「行動せざるを得ない」立場になり、結局その行動が今の自信につながったのだろうと思います。話を戻すと、結局のところ「主体性を持たせる」ができるようになるには相手に自信をつけさせなければいけません。そして、そのためには「主体的に動ける環境」を作ってあげなければいけないのです。では、「主体的な行動を促せる」ためにはどうしたらいいのでしょうか。

 

コーチングにおいて、コーチとは「主体的な行動を促せる人」であり、「相手の中にある情報を一緒に探索、発見し、未来に向けた原動力に消化することのできる人」であると鈴木氏は言っています。しかし、ここで陥りがちなのが鈴木氏の経験上においてこういっています。「私自身コーチングをしていて、初期の頃は相手の発見を促すというよりも、こちらから提案することが多かったと思います。コーチというよりはコンサルタント。気の利いた提案が浮かばないと、ちょっとした息苦しさを感じていました」といっています。つまり、相手の主体性は大切であると捉え、質問をしながらも、一方では相手が答えられないことを想定して、「なるほど、さすがコーチ」と思ってくれるような提案をしようと、焦っていたのです。

 

このことは非常によくわかります。実際、今の自分はコーチングではなく、コンサルタントをしているように思います。それほど、提案を考えながら、同時に相手の発見を促すということは、難しいのです。では、どうしたらいいのか。鈴木氏は「もう少し辛抱強く待つ」ことをするようになったと言っています。そうしていくうちに不思議なことに「こちらが待つというスタンスに立つと、相手から本当にクリエイティブな、これは使えるというようなアイデアがたくさん出てくる」ようになったのです。

 

そのため、鈴木氏は「今度、部下があなたに相談を持ち掛けたら、たとえどんなに素晴らしい提案が浮かんだとしても、あえて相手に聞いてみてください。『あなたはどうしようと思うの?』それに対して、“必ずあいては内側に何かを探り当てる”という超ド級の信頼を乗せて」といっています。

 

私からすると、ここまで相手を尊重するということをこれまでできていなかったと思うことがこの内容を見ていて思いました。自分の持っている提案と同じ答えが相手から返ってこないと不安になりますし、「相手に花を持たせる」というのは苦手です。しかし、こういった姿勢が部下の主体性につながるのでしょうし、自信にもつながっていくのだろうと思います。そういった意味では信頼関係づくりにまだまだ課題はあるのかもしれません。やはり聞くにあたり「なぜ」よりも「なに」に変えることは重要な質問方法であるのかもしれませんね。

導く

コーチングにおいて、初めに関係性を作り、次に問題点を取り出していきます。そのために、先日紹介したように、まずは「チャンク・ダウン」内容を具体的にしていき、次に小さい質問から大きな質問に変えて話しやすい環境を作っていくことがコーチングとしての聞き方であると鈴木氏は言っています。

 

そして、いよいよ、改善に向かう内容を聞きだしていくことになるのですが、そこで注意することは「なぜ?」聞くことです。問題究明には当然、「なぜ、そうなったのか?」ということを解決し、改善に向かわせていかなければいけません。しかし、「なぜ?」と聞かれると人は「現実を客観的にとらえその理由を挙げるというよりは、とりあえずそれ以上攻撃されないように防御壁を築きたくなる」のだと鈴木氏は言います。

 

確かに、「なぜ?」と言われるとともに考えるというよりはこちら側の責任を追及しているように聞こえます。そして、自然と責められることを想定して、防衛体制に入るのです。そのため、質問というよりも詰問に聞こえてくるので、自然と自己弁護に走ったり、言い出せなくなったりと内容すべてを聞き出すことが難しくなります。では、そういったときはどうしたらいいのでしょうか。そのときには「なぜ?」ではなく「なに」を使うことが良いと鈴木氏は言います。つまり、「なぜ目標達成しなかったのですか?」というより「何が具体的に目標達成の障害になったのでしょうか?」と聞くのです。すると、自然と客観的に目標への障害を挙げることが可能になってきます。

 

「なぜ?」という言葉に比べて、「なに」といった方が、より問題点にフォーカスが当たっていることが分かります。人に追求するのではなく、問題に目を向けさせるために「なに」という聞き方が良いのでしょう。

 

また、相手が話しやすくするために「沈黙」をうまく使うことも重要だと言います。これも重要です。質問を投げかけたあと、沈黙を嫌いすぐに話しかける人がいます。それとは対照的に、相手が考えているといつまでも何も言わない人もいます。このどちらも相手からすると意見がしずらい状況になります。こういったときに「好きなだけ時間を使ってゆっくり考えてください。それまで黙っていますから」と声を掛けることがいいのではないかと鈴木氏は言っています。沈黙とは、普通は偶発的に起きる「間」であり、それを相手の発見を促すためのかけがえのない時間に意図的に変える必要があると言っています。

 

私は沈黙があまり好きではないので、すぐに話しかけてしまいます。しかし、考えてみるとそうやって沈黙が無くなると相手が考える暇がありません。矢継ぎ早に質問をされているのとあまり変わらないのです。こういったときはだいたいこちら側がせっかちであったり、言わせたい答えがあるときかもしれません。相手に考えさせ、主体的に問題解決にいたらせたいのであれば、こういった関係性を一つのルールとして話を考えさせ、答えを出るような問いかけを提示する必要があるのです。

小から大

「心のシャッターを開け」「ともに考える姿勢」を見せたつぎに行うのは「チャンク・ダウン」だと鈴木氏は言います。チャンクとは“かたまり”を意味します。そして、それをほぐしていくのです。それが「チャンク・ダウン」です。人は経験談や体験談を大きなカタチとして捉えます。鈴木氏はこのことをハワイ旅行をテーマに説明しています。

 

ハワイ旅行に行った感想を聞いたとき、「あそことあそこにいったこんなことをした」と話す人は少なく、どちらかというと「楽しかった」とか「まぁまぁだった」といったざっくりとした感想が返ってくることが多いのではないかというのです。つまり、こういった大まかな感想をより具体的にほぐしていくのです。たとえば、「すごく楽しかったって、具体的に何をしたの?」と尋ねると「ゴルフコースを回ったんだけど、それがすごくよかった」「そうなんだ、どんなところがよかったの?」「海岸が隣接していて」といったようにです。

 

相手の固まった言葉を受けて、それをほぐしていくのです。そうしていくなかで、はっきりしないところを見えるようにしていき、相手のチャンクの中身を詳細に知ることができるのです。それは相手の今いる状況を理解することにも繋がりますし、相手にとっても情報を整理することにもなるのと思います。よく、東京大学に入学させた多くの親が子供に対して、かける言葉で多いのが、結果を褒めるのではなく、なにを頑張って、どういったところを大切にしたのかということを聞くと聞いたことがあります。それは過程を大切にするというだけではなく、自分に何が足りなくて、どうしていけばいいのかという自己評価と自己整理においても有用な方法であり、それに気づくことで、自分が主体的につぎに何をすればいいかを整理することにも繋がるからなのでしょう。相手から聞き出すためには相手に興味を持ち、聞く姿勢がなければいけないということがよくわかります。

 

そして、その次に重要なのが「すぐに答えられる小さな質問をする」コーチングの重要な部分に「相手の発見を促す」ことがあります。あくまで、自分自身で見つけることが目的なのです。だからといって、いきなり大きな質問は難しいというです。たとえば「君の持っているビジョンって何?」とか「会社をどうしていきたいの?」といった言葉です。いきなりこういった言葉をかけても確かに戸惑ってしまいます。まずは、「大きい質問に答えるには、自分の意識を深く内側に入り込ませる必要がある」というのです。言い換えると、「相手の意識を小さな質問で慣らすのです」。ここで紹介されているのは「昼飯、食べた?」とか「子どもはいくつになった?」とかです。こうやって徐々に質問に慣れさせていく中で、大きな質問を投げかけることが鉄則なのだそうです。

 

確かに、「大きな質問」に答えるときにはある程度の準備も必要ですし、ある程度何を言っても大丈夫という相手との信頼関係も大きな影響を与えます。そのため、ちいさな質問というのは相手との関わりの「アイドリングトーク」という意味合いがあるのでしょう。「相手の体験をほぐし、ちいさな質問から関係を作る」こういったプロセスを地道に作っていく中で、初めて大きなトピックを話をする土台ができてくるのです。