非行少年の見るもの・感じているもの

宮口氏は法務省矯正局の職員となり、医療少年院に6年間、非常勤である現在までの期間を入れると10年以上勤めています。医療少年院は特に手がかかると言われている発達障害・知的障害をもった非行少年が収容される、いわば少年院版特別支援学校といった位置づけです。全国にはこういった少年院が3つあり、非行のタイプは窃盗・恐喝・暴行・傷害・強制わいせつ・放火・殺人までほぼすべての犯罪を行った少年たちがいます。

 

宮口氏が勤務していた少年院もそういった少年たちが収容されていました。宮口氏ははじめとても恐ろしく感じられたのですが、よく見ると少年たちの表情はそこまで暗くはなく、むしろ穏やかで、近くを通ると元気よく挨拶してくれました。そこである出会いがあり、その子どもとの出会いが宮口氏にはとても特徴的で、衝撃的だったと言っています。

 

その少年は社会で暴行・傷害事件を起こし入院します。少年院内でも粗暴行為を何度も起こし、教官の指示にも従わず、保護室に何度も入れられている少年で、ちょっとしたことでキレて、机や椅子を投げ飛ばし、強化ガラスにひびが入るほどでした。いったん部屋で暴れると非常ベルが鳴り、50人はいる職員全員がそこに駆け付け少年を押さえつけて制圧します。そういったことを週に2回くらい繰り返していました。しかし、宮口氏との診察では、その狂暴な少年は小柄で痩せており、おとなしそうな表情の無口な少年でした。

 

その子との診察ではあまり会話が進まず、宮口氏はこれまでの診察の中でルーティンとして行っていたRey複雑図形の模写という課題をやらせたそうです。これは図1-1にある複雑図形を見ながら、手元の紙に写すという課題です。神経心理学検査の一つで認知症患者などに使用したり、子どもの視覚認知の力や写す際の計画力などを見たりすることができるものです。かれは意外にもすんなりと課題に打ち込みます。そこで書いた図1-2の絵をかきました。それは宮口氏にとって衝撃だったと言います。

 

にも従わず、保護室に何度も入れられている少年で、ちょっとしたことでキレて、机や椅子を投げ飛ばし、強化ガラスにひびが入るほどでした。いったん部屋で暴れると非常ベルが鳴り、50人はいる職員全員がそこに駆け付け少年を押さえつけて制圧します。そういったことを週に2回くらい繰り返していました。しかし、宮口氏との診察では、その狂暴な少年は小柄で痩せており、おとなしそうな表情の無口な少年でした。

 

この絵をほかの人に見せて感想を聞いてみるとその人は「この少年は絵を写すのが苦手なのですね」と答えられたのですが、ことはそんな単純なことではないと言います。なぜなら、このような絵を描いているのが、何人にもけがを負わせるような凶悪犯罪を行ってきた少年であること、そして、Reyの図の見本が図1-2のように歪んで見えていることは「世の中のことすべてが歪んで見えている可能性がある」ということだからなのだと宮口氏は言います。そして、見る力がこれだけ弱いとおそらく聞く力もかなり弱く、我々大人のいうことがほとんど聞き取れないか、聞き取れても歪んで聞こえている可能性があるのです。それと同時に、彼がこれまで社会でどれだけ生きにくい生活をしてきたのか、容易に想像できます。つまりこれを何とかしないと彼の再非行は防げないのです。

 

この衝撃的な絵を見た宮口氏はこの少年がいる少年院の幹部を含む教官たちにもこの絵を見せます。すると皆驚き「これならいくら説教しても無理だ。もう長く話すのはやめよう」といっていましたが、ここである疑問が生まれます。ベテランの教官たちがどうしてこれまでこういった事実に気づかなかったのか。気づかずに「不真面目だ」「やる気がない」と厳しい指導をしていたのか、もしそうだとしたら、余計に悪くなってしまいます。宮口氏はこの結果を見て、実は凶悪犯罪を行った非行少年の中にかなりの割合でこういった少年がいるのではないか、成人の犯罪者でも同じではないのかと思ったのです。