意欲と対話

齋藤氏は「新しい学力観」の中心に置かれているのは「意欲」だと言っています。意欲があり、チャレンジしてみようとする姿勢は国際的にも評価されるというのです。課題に対し何とかしてみようという意欲が国際的にも認められ、人物の優秀さを見る時の共通理解になっているというのです。真面目に勉強していても、グループディスカッションになると積極的に発言しなくなると、消極的と見られません。遠慮ばかりしていると意欲がないと誤解されかねないのです。

 

齋藤氏も大学で教えていると十分な準備があるのに前に出ようとしない学生が多いと感じるそうです。「クラスで発表するのは緊張するし、自分の意見は大したことがないと遠慮してしまう。だが、半強制的に発表させると、学生は発表に慣れてくる。そして、発表への簡素嘘を聞くことが次第に快感になり、より発表したいと思うようになる」といっています。そして、自分の意見を伝えるのが面白いと思うようになれば、アクティブ・ラーニングの回路が完成するのです。主体的な学びを活気づけるのは発表であり、相手が反応することで、次の発表へのモチベーションになるのです。

 

これは家庭でも同様のことが言えるそうです。家庭の中でアクティブ・ラーニングをするのです。たとえば、テレビのニュースを親子で見ているとき、親に知識があれば、ニュースについて解説し、子どもに対して問いを投げかけ、子どもの意見を求めることができるのです。ただ、漠然と漫然とニュースを見るのではなく、共通のテキストを使って、親が問題を設定するのです。

 

大切なのは様々な考え方をしり、対話することが、子どもの新しい学力を育てるのです。そういった意味では学校よりも家庭の方が学力を伸ばす場として適しているともいえるのではないかと齋藤氏は言っています。

 

先日、生活発表会を幼稚園でしました。そこでは、子どもたちが劇遊びを発表しています。面白いのが、セリフの決め方です。「子どもと決める」といっても、特定の子どもを中心にセリフを決めると、保育者が台本を決めたのとかわりません。結果的に子どもたちも「覚える」作業になり、なかなか声が大きくならない。一方で、シーンごとで登場する子どもたちそれぞれにセリフを考えてもらい、それぞれのシーンをつなげていくと劇の中でのセリフの声は大きくなります。これは子どもたちが台本作りに参画することで、主体的に関わる環境があるということ、そして、自分が決めるということで、齋藤氏の言うように発表の場がポジティブになっていくということが自信を持ってセリフを言えるようになることにつながっているのかもしれません。こういった発表会の取り組みの中でもアクティブ・ラーニングの場はあり、学校教育の現場だけではなく、保育現場の中においてもたくさんの学ぶ場があるのだということが分かります。対話の経験というのは、時間がかかります。そして、大人の余裕や学ぶ場の作り方が非常に重要になってきます。一つの活動に合わせて、どういった関わりを持たせる必要があるのか、そこにどういった意図を乗せて考えるのか、そういった目標をしっかりと持つことが教育者や保育者に必要な視点なのだろうと改めて感じました。