8月2020

言葉とコミュニケーション能力

では、赤ちゃんは言葉が出るまでにどのようなやりとりを養育者としているのでしょうか。コミュニケーション能力はどのように発展していくのでしょうか。

 

コミュニケーションには、人と人との情動性に富んだ、間主観的で対人的な調合的統合(親交:communion)のプロセスと、人と人との間の情報の流れ(伝達:transmission)のプロセスが含まれると言われています。つまり、対人的にお互いの気持ちを調整するというプロセスと、お互いに情報を共有するというプロセスがあると言うのです。

 

子どもは言葉でのコミュニケーションにつながるまでに、表情、視線、目の動き、音声、身振りなどでコミュニケーションします。これらの関わりを養育者や他児を通して行っています。そして、こういったことを通じて言葉につながっていくのです。逆にいうと、こういったことができるような環境がなければ言葉の表出につながらなくなる可能性があるということも言えるのです。

 

では、乳児期はどのような発達段階にあるのでしょうか。乳児は誕生時から、人間の顔、音声、スピーチへの関心を示し、生後数分でいろいろな顔の仕草や音を模倣すると言われています。そして、誕生直後の乳児でも人間の言語音と他の音、さらには母親の声を区別して反応できると言われています。視覚的にも人の顔を長い時間凝視します。人は生まれながらにして人に反応する能力を持っているのです。この人の「反応を見る」ということは人間の持って生まれた社会的能力なのです。そして、この能力を使って、養育者や周囲の人とコミュニケーションを取るようになってきます。

 

その後、赤ちゃんは3ヶ月くらいまでに養育者とのやり取りの中で、足、発声、凝視、表情など、全身で行動します。これは、大人の会話の非音声的側面のダイナミックな特徴と類似しているので、「原会話」と呼ばれます。つまり、身振り手振りといったものですね。では、その原会話の特徴はどういったものがあるのでしょうか。その一つは乳児があらわすコミュニケーション行動(たとえば、微笑)は単一の行動だけで起こるのではなく、乳児自身の他の行為(発声、手の身振り、凝視)と協応し、また、パートナーの発声、凝視、微笑などの行為とも協応しています。第二に、乳児は大人を単純に模倣しているだけではなく、大人の方も乳児を模倣します。第三に、情動や注意を力動的にお互いに調整しています。第四に乳児は相互作用をうまく維持しているだけでなく、いやなときにはその関係をうまく避けますと言っています。

 

このことから見ても赤ちゃんはうまく大人とのコミュニケーションを取っていることが分かりますし、「大人からだけ」や「赤ちゃんからだけ」といったやりとりではなく、あくまで「相互作用」の中で関係性が繰り広げられ、そのことが子どもの非言語(身振りや手ぶり、表情や音声)といった表現につながるということがわかります。そのためには養育者と子どもとの信頼関係や愛着が重要になってきます。このことが、保育所保育指針や幼稚園教育要領にある「応答的かかわり」の重要な意図の部分なのだろうということが分かりますね。しかし、この段階のコミュニケーションは感情の表現であり、意図的なものではないと言われています。

言葉と養育

 

ルーマニアの孤児院での子どもの発達から多くのことが見えてきます。スピッツ氏の研究からホスピタリズム(施設病)が見られ、孤児院や乳児院に収容された子どもたちの示す発達として、身体発育の遅れ、言語・知能の発達の遅れ、習癖、情緒的な障害、対人関係の希薄さなどが起きることがあった。ほかにも周囲に対する無関心や動きや発声の少なさ、笑顔や呼びかけ刺激に対する反応の無さ、体重増加停止、発達指数の著しい低下など、母親から突然分離されて育てられたり、乳児院で育てられる乳児にはこのような発達上の影響が出てくるのです。では、それらを防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。

 

これらを防ぐには4つの視点があると言っています。一つは小さい頃から褒められ、受容される体験が不可欠ということです。2つ目に、自分が誰かの役に立っているという実感を持つこと、3つ目に集団の中で認められる機会を増やす。最後に健全な自尊感情と他者への信頼感を育てることだと言っています。

 

このことはルーマニアの孤児院での養育者の保育の仕方からも見えてきます。当時の孤児院では20:1で0歳児を見ており、愛着を形成するためのふれあいなどは極端に少なかったと言われています。こういった体験があるために、上記の4つの視点にあるように自分という自我を感じることもなかったのかもしれません。そして、それは発達において、とても大きな影響を与えることになります。

 

では、言語発達についてはどうなのでしょうか。これについてはルーマニアの孤児院の調査を行ったウィンザーが2011年に調査しました。それによると15カ月までに里子に出された子どもたちは30ヶ月、42カ月で通常の年齢の子どもの表出や理解言語との差はなくなっていました。しかし、24カ月以降に里子に出た子どもたちは施設児と同じくらいの言語遅滞が見られたそうです。施設児が家庭養育児と比べると一番言語遅滞が見られたのは言うまでもありません。つまり、15~24カ月の間に里子にでることで言語遅滞に関していえば、改善が見られるということが言えます。

 

また、54名の里親に育てられた子どもと51名の施設に居続けた子どもの8歳時点での追跡調査によると、里親児は施設児よりも長い文章を話し、文反復能力にたけ、書かれた語の同定能力に優れていたそうです。そして、2歳1ヶ月(25ヶ月)までに里親に養育を開始された子どもは単語認知と無意味語反復能力に優れていました。1歳3か月(15ヶ月)までに里親に育てられた子どもは家庭養育児と同等の能力でした。2歳1ヶ月以降に里親の基に預けられた子どもは、8歳時点の書き言葉の発達も遅れているという結果で、乳児期の養育者からの働きかけがいかに重要かが示されているといいます。

 

ここまで、極端な環境はあまりないだろうということが見えますが、今社会の中で起きているネグレクトの子どもたちの状況は近いのかもしれません。そういったとき、保育施設としてはどのような関りを持つことが必要なのか、「愛着」というものがその根本にあるということが伺えます。

養育環境の影響

前回、子どもの言葉の習得は、遺伝的要素もあるということを紹介することがありました。しかし、それは遺伝的な要素だけではなく、環境による相互作用によっても習得は大きく関わり、一概に遺伝的な要素だけとは言い切れないということ言われているようです。

 

では、環境と言葉の発達とはどのような関係性があり、どのように影響してくるのでしょうか。そのうちの一つとして言われるのが、「養育環境と発達の遅れ」です。これは1800年に南フランスのアヴァロンで、4-5歳のときに森に遺棄され、自力で生き延び11-12歳で発見された野生児は叫び声をあげることはあったが「牛乳」という言葉を何とか発生した程度で会話は不可能のままであったと報告されています。

 

また、孤児院・乳児院に収容された子どもたちが示すホスピタリズム(施設病)では、身体発達の遅れ、言語・知能の発達の遅れ、習癖、情緒的な障がい、対人関係の希薄さなどの症状が現れたといいます。このことにおいて、重要な報告がルーマニアの孤児院の研究で起きています。これは2009年の報告で、この報告で、施設生活が幼児の正常な脳の発達を阻害することが明らかになりました。当時、ルーマニアはチャウセスク政権で、国力のせいちょうのために1966年に中絶が禁止され、子どもが5人以下の家族に税金を課したために多くの家庭が養育不能に陥り、170,000人もの子どもが捨て子となりました。その後、革命が起こり、1989年にこの政策を出したチャウセスクは処刑されることになります。

 

その際、アメリカの研究チームが2000年に研究を開始し、生後すぐに捨てられ施設に収容されている子どもを、ずっと施設で養育された子ども、養子に出された子どもの2群にランダムに割り当て、捨てられずに生みの親と地域で生育している子どもと合わせて3群の子どもの評価を行いました。そこで、①捨てられて施設で生活した子ども(施設児) ②里親の下で生活した子ども(里親児) ③捨て子ではなく地域で育っている子ども(家庭養育児)の3群の42カ月、54カ月時点での認知発達で調べました。すると、施設児の認知発達の遅れが非常に大きいことが分かってきました。そして、精神的な障害の発達率は54ヶ月の時点の評価で、施設にいたことがある子どもの55%が精神的な障害があると診断されたのに対し、家庭養育児の出現率は22%でした。そのうえ、施設にいた子どもは情緒的な障害(不安や抑うつ障害)や行動障害(ADHD)反抗挑戦性障害、行為障害、が地域で育った家庭養育児よりも高く出現していました。

 

また、これらの障害は施設児、里親児ともに出現しています。里子に出されることにより発達は改善することはあるのですが、里親に育てられた子どもにも、対人関係の困難や、注意や情動調整を含む実行機能の困難はあったのです。

 

では、言葉については、どうなのでしょうか。

相互作用

子どもの言葉の獲得が生得的獲得できるメカニズムがある一方で、言葉の獲得で生得的な基盤があることが認めたうえで、言葉を獲得するには多くの要因(成熟/生物学的要因、社会的要因、認知的要因、言語的要因)が相互に作用し、お互いを変容させると考えられている「相互作用アプローチ」があります。

 

これはピアジェの認知理論が有名です。ピアジェ理論では認知発達を言葉の発達の必要条件であると考え、非言語的認知は、言葉の発達を支える“エンジン”であり、言語と非言語スキルは両社とも両方の領域を超えたより深い操作システムから並行して出現してくるとしています。感覚運動期の最終の第6段階で出現する象徴機能(あるものをそれとは異なる他のもので代表させる働き)の一つの表れが言語であり、初期のシンボル(象徴)(言葉での命名)は、関連する認知領域のすべてにわたりほぼ同じ時期に生起する心的表象の一般能力の一つの現れに過ぎないピアジェはかんがえています。つまり、表現としての一つとして言葉があるというのです。

 

もう一つの見方は、言葉の獲得は社会的相互作用の中で発達するという考え方です。子どもの社会的コミュニケーションと子どもの言語技能を改善するために他者(養育者)を必要とするという考え方です。ブルーナーは言葉の獲得の過程について、社会的相互作用を重視し、言語獲得援助システムが人間には備わっているとしています。つまり、養育者は言葉を習得し始めた子どもに、言葉の機能、語彙、統語的規則を発揮しやすいようにさまざまな手がかりをあたえ、言葉の獲得の足場となるコミュニケーションの場をつくります。そうすることで、子どもが生得的に持つ能力を引き出すようになり、環境からの刺激を養育者が調整することで、ことばの獲得が行われていくと考えるのです。

 

このように、言語能力の発達は「教育的働きかけ」と「内的能力」の影響をうけ、時間的経過の中で進行していくとかんがえています。人間が本来持っている遺伝により脳にプログラムされた言葉の獲得の能力が生まれもっているとしても、それが発現するためには多くの要因が相互作用する必要があるということがわかってきました

 

このように、遺伝的な要因と、環境による要因によって子どもが言葉を習得していくということが今では言われているそうです。では、どれほどまで、環境というのは子どもの言葉の獲得に影響するのでしょうか。これはルーマニアの孤児院での研究が有名で、この研究によって子どもの言葉の獲得だけではなく、多くの発達における影響を環境によって影響を受けるということが分かってきました。では、それはどういったことから見えてくるのでしょうか。

言語の習得

最近、発達心理学について、多くのことが分かってきました。特に子どもの発達においては愛着関係がとても重要であるとも言われています。以前、私が受けた研修においても様々なことが紹介されていたのですが、今回はそれまでで見えてきた内容についてまとめていきたいと思います。

 

子どもは様々な発達の中でことばを習得していきます。今、幼稚園にいる子どもたちの中でも、1歳児の子どもたちがどんどん言葉を発してきています。最近での子どもの様子を見ていると、乳児から入園してきた子どもたちと、幼児から入ってきた子どもたち、言葉の語彙数に少し違いがあるように思います。それはどういったところにあるのでしょうか。そもそも言葉とはどういった意味が人にはあるのでしょうか。

 

そもそも言葉とはどういった役割があるのでしょうか。小椋たみ子氏・小山正氏・水野久美氏の共著「乳幼児期のことばの発達とその遅れ」の中で、言葉の役割について5つの役割があると紹介されています。1つ目は「子どもは言葉でコミュニケーションをする」ということです。当然この役割は誰もが思いつくことでしょう。コミュニケーションのツールとして言葉があるということです。2つ目に「子どもはことばでいろいろなことを考えられるようになる」ということです。これは前回紹介した森口氏の著書の中でもありました。「独り言をとおして、自分の考えを整理するという部分です。3つ目は「自分の行動をコントロールする」ということがいえます。これも2つ目と同様、独り言は自分をコントロールすることにも繋がるということが言えます。4つ目には「自分の思いや要求を示す自己表現の手段」としての役割です。言葉を習得するまでは泣くことで訴えることが多かったのが、言葉を使うことで、明確に自分の欲求につながるのです。最後に「言葉は私がわたしであるという自我の形成に中心的な役割を果たすとあります。言葉を発するというのは自分からの発信であります。そういった意味で、自我の芽生えというものにもつながるのでしょう。

 

では、子どもはどのようにして言語を習得していくのでしょうか。そこには二通りの見方があるようです。一つは「ヒトにプログラムされた生得能力」としてあるという生得要因。もう一つは「環境から言語入力」されるという環境要因です。言語学者のチョムスキーは人間には生まれつき言葉を獲得する言語獲得装置が備わっており、誰でも言葉を使いこなせるようになるという生得的言語機能というものがあると考えてました。チョムスキーは乳児は世界中の言葉のすべてに共通する普遍的な原理である普遍文法と彼らの母語を獲得するための特殊化された言語学習メカニズムを持って誕生すると考えています。たとえば、赤ちゃんが生まれてから、日本語を聞きます。すると言語獲得装置が作動し、言葉を聞きとることで、日本語の聞き分けが行われ、日本語の文法が出現するというのです。そして、言葉を聞いていく中で、母親や環境の中から正しい文法を見つけ出し、獲得していくというのです。そして、言葉を聞き取る言語資料はもともと持っているが不完全であり、断片的でもあると言っています。つまり、聞き分ける力はそもそも赤ちゃんは持って生まれてくるというのです。