脳の抑制プロセス

人が物事に集中するがあまり、他のことに意識が言っていないことがあるとゴプニックは言います。これには神経学的に裏付けがあり、脳の特定の神経伝達物質の影響を受けているからなのです。この物質はヒトが何かに注意を向けたときに放出される物質であり、ニューロンに働きかけ情報伝達を促します。それによって、注意の情報処理をする脳の特定部分だけを選んで、そこに向けて放出されます。しかし、それと同時に、それ以外の部分に対しては、抑制性の神経伝達物質を放出し、抑制ニューロンの働きを高めます。

 

ちなみにコーヒーやタバコにもこれに似た作用がありますが、コーヒーは集中力を高めますが、それは抑制ニューロンを抑制することで生じ、タバコに含まれるニコチンは集中を向ける神経伝達物質に似ているので注意力を高めます。つまり、「コーヒーは注意を解放し、タバコは集中させる。」と言えます。このように私たちの脳の働きは抑制と興奮のバランスで決まるのです。何かに注意を向けるというのは、脳の一部の働きを高め、他の部分を閉ざすことなのです。

 

また、注意は脳の一部の働きを高めるばかりでなく、他の部分より変化しやすくすると言います。その証拠に神経学者のマイケル・メルゼニッヒらのサルを使った研究から明らかになっています。これはサルの脳細胞の活動を実際に記録し、特定の音を聴く、体に触られるといった出来事には、其れ異なる細胞が反応することを確かめました。実験では、特定の音が聞こえたとき、サルが手を伸ばせばジュースをもらえます。しかし、体に触れたときは何ももらえません。するとサルは、ジュースをもらえる音に注意を強く向けるようになります。これは人が雑踏の中で、話し相手の声だけに注意を集中し、他の声が聞こえないというのと同じ状況です。また、このサルの脳細胞を調べると、聴覚に関わる脳細胞の接続が、この体験の前後で変化していることが分かり、以前とは違う反応を示すようになったのです。一方で、触覚に関わる脳細胞の方には変化がありませんでした。では、このサルに伝達物質を抑制する化学物質を投与するとどうなるでしょうか。結果は抑制する化学物質を投与されたことによって脳の変化が起こりにくくなります。結果、集中度によって学習の効果が違うということが分かりました。これは何かを学び、新しい情報を受け取った脳と心は、文字通り変化するのです。

 

それは人から注意を促されるだけではなく、「車に気を付けて」と自分に注意する場合のように、自発的な内因性注意でも、脳に学習を促します。これは人が目的に向かって特定の情報を求めることにも役立ちます。たとえば、本を正確に書くのに役立ちそうな情報をえるには、注意をテーマにした神経心理学の退屈な論文も読み通さなければならない時のように目的に応じた注意や意識が求められます。

 

このように意識とは何かという問いにおいて、鮮明で対象を絞り込んだある種の意識が心と脳に関連しているということはある程度説明がつきます。この種の意識をもつとき、心は世界の一部についての情報だけを取り入れ、それ以外の邪魔になる情報を抑制します。そして、取り入れられた情報は新しい学習に使われるのです。

 

これと関連して、ある種の無意識状態も説明がつきます。それは先に紹介したように「馴化」によっておきることです。ある出来事や作業に慣れて、理解や習熟が進むと、殆どが意識に上らない自動化された状態になるのです。そして、心や脳の中で起きていることは、多くが全く意識に上ることもなかったり、本来なら意識に上るような出来事をあまり意識せずに済ませることもできるのです。いずれにしても、脳の抑制プロセスが大きく関わっていると思われるのです。

 

では、赤ちゃんの意識はどのようなものなのでしょうか。