大切なもの

「脳機能イメージング」が発達していく中で、ここから導かれるものは何も子どもの脳機能だけではなく、お年寄りの脳機能の老化を防ぐ効果があったということも見えてきました。これはある市と国立大学の共同プロジェクトにおいて、お年寄りに簡単な計算や音読を指せると、物事を判断する役割をもつと言われる脳の前頭前野が活性化するというものでした。そして、これはお年寄りの表情や会話、歩行においても改善されたのです。

 

しかし、これも環境における影響がないとは言い切れないようです。たとえば「見る」ということは「客観性」につながるということもありますが、「誰かから注目されること」でもあります。そして、このことが効用をもたらすこともあると小西氏は言います。たとえば、スポーツ選手においても観客がいるときといないときとではそのポテンシャルが変わるように、お年寄りの読み書き計算プロジェクトにおいても、被験者のお年寄りが普段とは違う周囲の対応や新鮮な学習に感化されることで、表情の改善や歩行の機能向上につながった可能性も否定できないのです。つまり、このことは学習によってのみ、脳機能が上昇したとは言い切れないということを示してます。こういったように「人の脳機能には影響を与える因子が多い」のです。そのため、一つの機能の有効性だけを見るのではなく、総合的に見る必要があることが見えてきます。

 

そして、この研究においては、事実的なものと、もう一つの視点が見えてくると小西氏は言います。そもそも、イメージング研究によって学習効果が見られたからといって、脳機能の老化を防ぐという目的のために、お年寄りに読み書き計算をさせることが、本当にお年寄りの幸せにつながるのかということです。小西氏は「お年寄りの役割は、長い人生で得た経験や知恵を次の世代に引き継ぐことだと私は思います。」と言っています。そのため、大切なことは「人生の先輩であるお年寄りに対し、尊敬や敬愛の念をもって接することが重要ではないでしょうか」と続けています。

 

この視点は私も同様に感じるところであります。単純に学習効果だけに期待を寄せるだけが独り歩きするのは危険なことのように思います。そもそも、そういった活動は何のためにするのか、これは教育活動や保育活動にもつながる考えです。課題や成績を上げることが幸せな人生や豊かな生活につながるのでしょうか。小西氏はこのように脳への「学習効果」に期待を寄せることに対して「学ぶことの意味や生きることへの尊敬の念が抜け落ちている気がする」と言っています。

 

子どもの保育をすることに「子どもの最善の利益」が目標に掲げられています。この「最善の利益」というのは何を指しているのかをしっかりと捉えていかなければいけません。子どもたちはこれからの社会で生きていく存在であり、社会を支えていく人材です。ただ、与えられた課題をするロボットではないのです。できれば、もっと「幸せで豊かな」人生を暮らせるようなフォローができるようなものでありたいですね。