融通の利かなさ
非行少年の特徴の3つ目の特徴は「融通の利かなさ」です。私たちは何か困ったことがあれば、いくつかの解決案を考えます。そして、その選択肢からどの方法がいいか吟味し、選択して、実行し解決を目指します。うまくいかなければ他の選択肢を選び直し、再度実行していきます。ここで重要になってくるのは解決案のバリエーションの豊富さと状況に応じて適切に選択肢を決める「融通を利かせる」力です。これは頭の柔らかさと言い換えてもいいのかもしれません。一つの問題に対して、融通が利かない、頭が硬いとどうなるでしょうか。解決策の方法が少なく、その時に不適切な行動による解決策しかおもいつかなかったとしたらどうなるのでしょうか。宮口氏はこのように不適切な行動を繰り返してしまうことに対して、こういった「融通の利かなさ」があるということに非行少年たちと面接をしていく中で気づきました。
宮口氏は非行少年たちの面接の中で「日本版BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)」という神経心理学検査を少年たちにしたときに、この融通の利かなさに気づいたと言います。BADSはもともと、高次脳機能障害などの脳損傷患者の遂行機能を評価する方法として開発されたものです。遂行機能は実行機能とも呼ばれ、日常生活で問題が生じた際に、それを解決するために計画を立て、効果的に実行する能力です。この機能に関しても、ポール・タフ氏の著書に紹介されていましたね。そこでは、実行機能を混乱していたり予想がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力のことであると言われていました。どうやら宮口氏の言っているものと同じであるということが言えます。
高次脳機能障害ではIQは問題がないので周囲になかなか理解されず、日常生活で様々な困難が生じますが、BADSを使うとその困難の程度がよくわかります。宮口氏はこれを非行少年たちにも行いました。それは非行少年たちの中にはIQは高いのにどうも要領の悪い少年や、逆にIQは低いのに要領がよくて賢いなと思わせられた少年が何人もいたからです。結果、IQを図る検査では彼らの真の賢さを適切に評価できていないことに気づいたのです。
BADSの検査の中には「行為計画検査」というものがあります。透明な筒の中にコルクが入っており、その隣には真ン中に小さな穴が開いた蓋がかぶさった水の入ったビーカー、そして、手元には先の折れ曲がった針金、透明の筒と蓋が置かれています。ルールは手元の針金と透明の円筒所の筒と蓋の3つを使ってコルクを取り出すこと。コルクの入った筒やビーカーに手を触れることはできません。この問題の答えは、まず透明の筒に蓋をし、針金でビーカーの蓋を取ります。そして、コップの形状にした筒と蓋で水をすくい、ビーカーにそそぐことでコルクを取り出します。この実験に関して言うと、何手か先を見通さなければいけませんが、健常児ならばすぐにできるような実験です。
では、融通の利かない非行少年たちはどうするのでしょうか。少年たちはいきなり針金をつかって細長いコルクの入った筒をつつき、コルクを取ろうとします。しかし、針金は短いので、コルクを取ることはできません。無理とわかっていても、ひたすら続けたり、コップを作る筒や蓋でコルクの入った長い筒をペタペタ叩いたりして、制限時間が過ぎてしまいます。横においてある水の入ったビーカーには目を向けなかったのです。「どうしてこんなところに水があるのだろう」といった疑問すらわきません。目の前のコルクにしか目が向かず、水を使うといった解決策が出てこないのです。これでは悪友に悪いことを誘われたら躊躇なくやってしまうことにつながると宮口氏は言っています。