1月2020

ストレスと実行機能

エヴァンズとシャンベルクの研究はアロスタティック負荷の数値を新たに研究手法の中に導入したことで、実行機能と貧困の新しい関係性を見つけ出しました。貧困であることは実行機能に影響するのですが、それは貧困であるからではなく、貧困によるストレスによって実行機能に影響が出るというのです。この発見は貧困を理解するうえで大きな違いを生むとこの著者のポール・タフ氏は言います。

 

たとえば、二人の少年が一緒に座って、初めてサイモンで遊んでいたとします。一人は上位中流階級の家庭の子どもで、もう一人は低所得層の子どもです。裕福な家庭の子どものほうがパターンをよく記憶できた。そんな場合、結果を遺伝子のせいにしようとする思い込みがないとはいいきれません。裕福は子どものほうがサイモンに対応できるような遺伝子を持っているのだろうというのです。あるいは、物質的に恵まれている(本もゲームも電動の玩具もある)からだとか、いい学校に行けるから短期記憶に関するスキルも学べるのだといった思い込みや、この三つのすべて原因と考えるような思い込みもあるかもしれないのです。しかし、エヴァンズとシャンベルクの発見によれば、貧困層の少年が受ける不利益としてはアロスタティック負荷が多きことのほうが重要だというのです。

 

もし、別の貧困層の少年がやってきて、その少年のほうがアロスタティック負荷が小さかったら(貧しくともストレスの少ない少年時代を送っているとしたら)サイモンの競争で裕福な家の子どもと同程度のスコアを出す可能性は十分にあるというのです。そして、なぜ、サイモンのスコアが大事なのかといえば、ここから見えるのは高校においても、大学においても、職場においても、ワーキングメモリが成功の鍵となる作業が山ほどあるからなのです。

 

富裕層と貧困層の差に興味を持つ研究者たちが実行機能についてこれだけ騒ぎ立てるのは、この機能の高低が将来を見通すのに非常に役立つからでもあるが、それだけはなく実行機能が他の認知的スキルよりもはるかに柔軟だからという理由もあるのです。前頭前皮質は脳の他の部位よりも外からの刺激に敏感で、思春期や成人早期になっても柔軟性を保っているのです。だからもし環境を改善して実行機能を高めることができれば、その子どもの将来は劇的に改善される可能性があるからなのです。

 

ストレスと実行機能、実行機能とワーキングメモリ、これらの関係を見ていくと幼稚園や保育園、こども園のあり方もよく考えていかなければいけません。アロスタティック負荷の影響を受ける時代である子ども期の子どもたちを預かるこういった機関はこどもたちの将来に大きな影響を与えかねないというのをよく考えなければいけないですね。もちろんそれは園だけに限らず、家庭においても同じことが言えます。また、この実行機能は将来社会に出てからも影響の出るということも意識しておかなければいけません。

実行機能と生きる力

エヴァンズとシャンベルクの研究はアロスタティック負荷の数値を新たに研究手法の中に導入したことで、実行機能と貧困の新しい関係性を見つけ出しました。貧困であることは実行機能に影響するのですが、それは貧困であるからではなく、貧困によるストレスによって実行機能に影響が出るというのです。この発見は貧困を理解するうえで大きな違いを生むとこの著者のポール・タフ氏は言います。

 

たとえば、二人の少年が一緒に座って、初めてサイモンで遊んでいたとします。一人は上位中流階級の家庭の子どもで、もう一人は低所得層の子どもです。裕福な家庭の子どものほうがパターンをよく記憶できた。そんな場合、結果を遺伝子のせいにしようとする思い込みがないとはいいきれません。裕福は子どものほうがサイモンに対応できるような遺伝子を持っているのだろうというのです。あるいは、物質的に恵まれている(本もゲームも電動の玩具もある)からだとか、いい学校に行けるから短期記憶に関するスキルも学べるのだといった思い込みや、この三つのすべて原因と考えるような思い込みもあるかもしれないのです。しかし、エヴァンズとシャンベルクの発見によれば、貧困層の少年が受ける不利益としてはアロスタティック負荷が多きことのほうが重要だというのです。

 

もし、別の貧困層の少年がやってきて、その少年のほうがアロスタティック負荷が小さかったら(貧しくともストレスの少ない少年時代を送っているとしたら)サイモンの競争で裕福な家の子どもと同程度のスコアを出す可能性は十分にあるというのです。そして、なぜ、サイモンのスコアが大事なのかといえば、ここから見えるのは高校においても、大学においても、職場においても、ワーキングメモリが成功の鍵となる作業が山ほどあるからなのです。

 

富裕層と貧困層の差に興味を持つ研究者たちが実行機能についてこれだけ騒ぎ立てるのは、この機能の高低が将来を見通すのに非常に役立つからでもあるが、それだけはなく実行機能が他の認知的スキルよりもはるかに柔軟だからという理由もあるのです。前頭前皮質は脳の他の部位よりも外からの刺激に敏感で、思春期や成人早期になっても柔軟性を保っているのです。だからもし環境を改善して実行機能を高めることができれば、その子どもの将来は劇的に改善される可能性があるからなのです。

 

ストレスと実行機能、実行機能とワーキングメモリ、これらの関係を見ていくと幼稚園や保育園、こども園のあり方もよく考えていかなければいけません。アロスタティック負荷の影響を受ける時代である子ども期の子どもたちを預かるこういった機関はこどもたちの将来に大きな影響を与えかねないというのをよく考えなければいけないですね。もちろんそれは園だけに限らず、家庭においても同じことが言えます。また、この実行機能は将来社会に出てからも影響の出るということも意識しておかなければいけません。

ワーキングメモリ

実行機能は混乱していたり、予測がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力として知られおり、それは子どもの衝動性を抑制する力として近年注目されている能力だと言われています。そして、この実行機能に関わる能力は家庭の経済状況と深い関係にあると言われています。

 

2009年にコーネル大学の研究者、ゲイリー・エヴァンズとミシェル・シャンベルクが企画した実験によって、子ども時代の貧困が実行機能にどう影響するかを実験し証明しました。この実行機能の中でも二人が注目したのは作業記憶(ワーキングメモリ)「いくつかの物事を同時に記憶する力」でした。これは長期記憶とは全く違うと言います。一年生のときの担任の名前を憶えていられるかどうかといったこととは関係がないのです。スーパーマーケットで買うつもりのものを全部覚えていられるかどうか、これがワーキングメモリと関係ある問題なのです。

 

このワーキングメモリの働きを測定するためにエヴァンズとシャンベルクが選んだ道具は「サイモン」という子ども用の電子ゲームでした。これはハズブロ社製のゲームで、LPレコードくらいの大きさで厚みがあります。UFOのようなカタチの玩具で、異なる色と音を発する4つのパネルがついています。このパネルがランダムに光り、挑戦者はパネルが光った順番を記憶します。このゲームを使ってエヴァンズとシャンベルクはニューヨーク州北部の田舎町で195人の17歳の若者を対象にワーキングメモリのテストを行いました。全員が生まれたときからエヴァンズの研究対象だったのです。

 

この対象者のうち、約半数が貧困ラインよりも下の家庭で育ち、残りの半数はブルーカラー、あるいは中流階級の家庭で育った。そんな中でエヴァンズとシャンベルクの最初の発見は成長期の間にどれだけの時間を貧困のうちに過ごしたかによって、サイモンのスコアをおおむね予測できるというものだったのです。つまり、十年を貧困の中で過ごした子どもは五年後の子どもよりもスコアが悪かったのです。しかし、この貧困とワーキングメモリの関係性はこれまでの研究ですでに分かっていることでした。

 

そこでエヴァンズとシャンベルクはストレスを測るのに新しい生物学的な物差しを導入しました。研究対象の子どもたちが9歳のとき、次いで13歳のときに、コルチゾールのようなストレスホルモンのレベル、血圧、肥満度指数などの生理的なデータを全員から集め、それらを組み合わせてアロスタティック負荷(ストレス対応システムが酷使されたことによる身体への影響)を測る独自のものさしを作り出しました。データを目のまえにすべて並べ、それぞれの子どもについてサイモンのスコア、過去の貧困度合、アロスタティック負荷の3つを見ていると3つの数値には相関があったのです。困窮した暮らしが長いほどアロスタティック負荷は大きく、サイモンのスコアは低かったのですが、ここで驚くべき発見があったのです。二人が統計学の手法をつかって、アロスタティック負荷の影響を除外すると、貧困の影響も一緒に完全に消えてしまったのです。サイモンのスコアが悪くなった、つまり実行機能の能力を阻害しているのは貧困そのものが問題なのではなく、貧困に伴うストレスにこそ問題があったのです。

実行機能

貧困家庭の子どもと中流の子どもの間の成績格差をうめる有望な手段としてとりあげられた「実行機能」ですが、現在分かっているところではこの実行機能とは高次の精神活動の集積であると言われています。ハーバード大学にある児童発達研究センターの所長ジャック・ションコフは、脳全体の機能を見渡して、実行機能を航空管制官のチームに喩えています。つまり、実行機能とは、ごく大まかにいって、混乱していたり予測がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力のことを指します。

 

この実行機能の働きを試すテストとして有名なものにストループ・テストがあります。これは緑色の文字で書かれた「赤」という単語を見せられ、単語は何色で見えているかと尋ねます。「赤」と答えないためにはいくらかの努力が必要です。とっさに赤と答えそうになる衝動に抵抗するときに使うのが実行機能なのです。この機能は特に学校で大事なスキルであると言われているそうです。なぜなら、学校で子どもたちは常に矛盾した情報に対処することを求められるからです。Cという文字はKと同じように発音されます。taleとtailは、発音は同じでも意味が違うということが分かります。ほかにも「ゼロ」という概念にはそれ自体に一つの意味があるが、「1」と並べられると全く別の意味を持ちます。こうした多種多様なトリックや例外を飲み込むには、ものごとを認知する際の衝動の抑制がある程度求められます。これは神経学的には感情面の衝動の抑制(お気に入りの玩具の車を他の子にとられたときに、たたくのを我慢する力)と関連のあるスキルです。

 

ストループ・テストの場合においても、オモチャの場合においても、とっさの本能的な反応を抑えるために前頭前皮質がつかわれています。感情の領域で使うにしても、実行機能は学校生活を乗り切るための極めて重要な能力です。そして、この実行機能を必要とすることは幼稚園だろうが、高校生だろうが変わらず必要とする力です。

 

最近、自身の衝動性を抑えられない人の話をよく聞きます。前回の内容においても、そのことに触れましたが、それだけ、今の社会において「実行機能」が育っていない現状があるのかもしれません。そして、このことについてコーネル大学の研究者、ゲイリー・エヴァンズとミシェル・シャンベルクが企画した実験によって貧困と実行機能の関係性が見えてきました。この結果によって、保育の内容や今求められている子どもの環境が見えてくるかもしれません。そして、そこで見えてきた環境は今の日本においても非常に重要な意味を持っているようにも思います。

ストレスと脳

バーグ・ハリスはACE(子ども時代の逆境)に関するフェリッティとアンダの質問表に多少の変更を加えたものを使ってクリニックで700人を超える患者からアンケートを取ったところ、ACEの数値と学校での問題のあいだに不穏なほど強烈な相関が見つかりました。ACEの数値がゼロの患者のあいだでは、学習や行動に問題が見られるものは3%に過ぎなかった。しかし、ACEの数値が4以上のもののあいだでは、それが51%に上ったのです。

 

ストレス心理学者たちも、この現象を生物学的な側面から説明しています。脳の中で幼少期のストレスから最も強く影響を受けるのが前頭前皮質、つまり自分をコントロールする活動(感情面や認知的におけるあらゆる自己調整機能)において重大な役割を果たす部位である。このため、ストレスに満ちた環境で育った子どもの多くが、集中することやじっと座っていること、失望から立ち直ること、指示に従うことなどに困難を覚える。そして、それが学校の成績に直接影響する。抑えることのできない衝動に圧倒されたり、ネガティブな感情に悩まされたりしていれば、アルファベットを覚えるのも難しい。実際、幼稚園の教諭を対象とした調査の結果によれば、いちばん問題になるのは文字や数字を知らない子どもたちではなく、癇癪を抑えられない子どもたち、挑発を冷静に受け流せない子どもたちであるというのです。ある全国調査では、幼稚園教諭の46%が、自分のクラスの子どものうち少なくとも半数は指示に従うことができないと答えている。また、別の研究ではヘッドスタート(低所得層の就学前児童を対象とする、アメリカ政府の育児支援プログラム)の教員からの報告が取り上げられています。彼らの生徒の4分の1以上に、ほかの子どもを蹴ったり脅したりといった自制心の欠如を示す深刻な問題行動が、少なくとも週1回は見られると伝えています。また、ストレスの前頭前皮質への影響の中には、感情又は心の問題として分類されるものもある。それが不安と抑鬱です。前頭前皮質に過重な負荷がかかった結果、感情を制御することが困難になることがあるのです。

 

しかし、多くの場合は、ストレスの影響はおもに思考を制御する能力を弱めるかたちで出ます。これは「実行機能」として知られる、認知をつかさどる特定の機能が前頭前皮質にあるからなのです。富裕な学区では「実行機能」は教育上の新しいキャッチフレーズになっています。評価・分析すべき最新の事象というのです。しかし、貧困家庭に育つ子どもの研究をしている科学者のあいだでも、「実行機能」は別の理由から魅力的な新分野となっています。それは実行機能の改善が、貧困家庭の子どもと中流の子どものあいだの成績格差を埋める有望な手段に思われたからです。

 

子ども時代の逆境という環境は身体的な影響だけではなく、脳の前頭前皮質にまで影響をあたえ、その影響が子どもの集中力や衝動性、問題から立ち直るレジリエンスといったものにまで影響するのですね。このことを受けて考えてみると、今、教育現場の中で言われている「小1プロブレム」や学級崩壊、うつ病やひきこもり、最近のニュースでは「あおり運転」なども衝動性を抑制する力が無くなってきているといことにつながっており、社会の中で起きている問題行動と子ども時代の環境は決して無縁ではないのだろうと思います。乳幼児期の保育や環境というのは調べれば調べるほど、いかに重要な時代であり、それを受け持つことがいかに責任のあることなのかと感じられます。「環境を通して」ということは保育所保育指針でも、幼稚園教育要領にも書かれていますが、その重要性をもっと深く考える必要がありますね。