困難な環境

「子どもたち、とくに困難な環境にいる子どもたちを支援すること」というのは様々な国で取り上げられています。ここで紹介するエリザベス・ドージアと後に紹介するナディーン・バーグ・ハリスもその一人です。彼女たちは「困難な環境にいる子どもたちを支援する」ということを共に使命感を持っているだけでなく、似たような根深い不満を抱えていました。二人とも、職務の範囲で最善の手段をもってしても、目の前の問題を解決することができないといった結論に達したばかりで、キャリアにおいても、人生においても、転機を迎えていました。そして、いままでにない新たな戦略の手引きを探していたのです。

 

2009年にエリザベス・ドージアはシカゴのサウスサイド、ローズランドの中心にあるクリスチャン・フェンガー高校の校長に任命されます。しかし、その学校は危機に直面していました。いやむしろ、その学校は過去20年以上を遡っても危機的状況にない瞬間を探す方が難しいような学校です。このローズランドという土地はいまや市内でもあらゆる尺度から見て(貧困率・失業率・犯罪率・あるいは荒れ果てて閑散とした通りの雰囲気など)をみても最悪の部類に属する場所の一つです。また、ローズランドは辺鄙な土地で、人種隔離に使われているかのような地域です。そして、98%が黒人の土地です。フェンガー高校はこういった貧困地域にある多くの大規模公立高校の例にもれず、惨憺たる記録を保持していた。試験における得点は常に低く、出席率も低い。校内は慢性的に荒れており、退学率が高かった。しかし、こういった「行くところまで行った学校」は町の有力者やワシントンの官僚からも無視され、放置されるものでしたが、このフェンガー高校は無視されてきたわけではないのです。むしろ、ここ20年以上、なんども大掛かりな改革の対象となってきました。予算もたっぷりと割かれ、国内の有名な教育官僚や慈善家が何人も関わってきた。教育困難校に対する改善策としておおよそ思いつく限りのすべての戦略が手をかえ品をかえ試されてきました。その中で校長に任命されたのが、エリザベス・ドージアです。

 

彼女は着任したとき、事態を好転させるために必要な道具はすべて現代的な教育改革理論の中にそろっていると信じ込んでいた。そして、着任前の一年、彼女はニュー・リーダー・フォー・ニュー・スクールズと呼ばれる最高峰の研修プログラムを受けて過ごしました。研修では、行動力のあるリーダーなら生徒の成績を高いレベルまで引き上げることができる、熱心な教員が指導に当たる限り生徒の経済状況は関係ないとたたき込まれたのです。そこで彼女はフェンガー高校の事務員や教員を入れ替えました。ドージアは求める基準に達しないものを容易に解雇できるのです。そうして学校の環境を思うように作っていきました。

 

しかし、ドージアはこう言っています。「学校がうまく機能しないのは校長が悪いか、教員が悪いせいだとずっと思っていました。だけど、現実にはフェンガーは地元に根差した公立高校であり、地域社会のありようを反映しているにすぎません。学校の問題を解決しようと思うなら、地域で怒っていることに目を向けないと」

 

フェンガー高校について知っていく中で、生徒たちが家庭で直面している問題の深刻さに何度も驚かされたと言います。「ここの生徒の大半は経済的に恵まれていません。常にお金に困っています。そして、多くが、ギャングの問題のある地域に住んでいます。深刻な逆行を免れている生徒なんて一人もいないのです。」事実、女子生徒の4分の1は妊娠しているか、10代にしてすでに母親である。実の両親と暮らしている生徒はどれくらいいるのかと聞くと「思いつきません。そういう生徒もいるはずなのですが」とドージアは言います。

 

そんな中、大きな事件が発生します。