定期考査の評価

工藤氏は定期考査を無くしたことで一つの大きな問題に直面したと言っています。それが「生徒の評価」です。本題であれば2000年ごろから評価方法が「相対評価」から「絶対評価」に変わっているので、点数の序列ではなく、一人一人の到達度に応じて評価する方向に舵が切られています。そのため、生徒全体に「5」の評価をつけることができます。しかし、全員に「5」の評価を与える学校はないというのです。その理由は教育委員会から「不適切だ」として指導が入るだろうというのです。その理由があるとすると、高校受験の内申点とそれに伴う推薦入試があるからだというのです。この内申点の基準となるのが通知表で、ここで順位がつかなければ、推薦入試が成り立たないというのが主たる理由として考えられるのです。しかし、この方針は国の方針と矛盾しています。ここでも、「これまでの教育」というマイナスのベクトルが働いていますね。

 

しかし、結果として麴町中学校では定期考査を廃止し、単元テストに切り替えたことで、生徒たちはこれまで以上に自分で考え、よく勉強するようになりました。勉強時間が増えた子もいます。「自宅で机に向かっている時間が増えた」という声も保護者から聞こえてきました。そのうえで、効率的に学習できるようになった結果として、勉強時間が減って場合もありますが、それでもいいのです。子どもたちが自分の意志で主体的に学ぶことが大切なのです。単元テストの回数は定期考査を実施していた時よりも多くなりました。しかし、その点で生徒たちが同じ時期に複数の単元テストが集中すると、部活動も両立しては負担が大きくなりパンクしかねません。教員同士が連絡を取り合う形で単元テストのスケジュールを調整します。

 

日本の学校には「ある時点で評価する」仕組みが浸透しています。基本的な理由は生徒の「評価」のためです。しかし、こんなことを続けているようでは、学生が社会で役立つ本物の専門性を高められないのではないかといいます。まずは大学が前期・後期のテストを廃止し、日々の授業の中で、プレゼンテーションやディスカッションする様子を適切に評価するなどの仕組みを整え、学生の本質的な学びを促すべきだとおもいます。

 

よく保育の中で、自由遊びが多いと子どもたちは小学校に行ったときに勉強ができるのでしょうか。と言われることがあります。そして、45分座れることにとても心配される保護者がたくさんいます。しかし、45分座れるから勉強ができるようになるのでしょうか。それよりも学びたいという「意欲や好奇心」があるほうが学びにつながるのではないかと思います。そのために、いろいろと遊び込むことや試すことで知る楽しみや試す楽しみを得ることにこそ、学びの始まりはあるように思います。「やらせる」ことは簡単ですが「やりたいこと」を見つけることは子どもが主体的に動かなければできません。いかにその意欲を持てるようにできるのか、それは乳幼児教育だろうと中学校教育だろうと変わらないのが分かります。