宿題よりも本質

麴町中学校でははじめ工藤氏が校長で赴任した当時、宿題の多さに驚いたそうです。そして、その後、段階的に宿題を無くしていき、4年を迎えるころに「全廃」に至りました。

 

当初は宿題の全廃には一部疑問を持ち、抵抗感を出す教員もいたそうです。そう言った教員の方に工藤氏は「批判や誤解を恐れずに言えば、教員が宿題を出すのは子どもたちの『関心・意欲・態度』を測り、評価(通知表)の資料とするためではないですか。もっと私たちは専門性を発揮しないといけない」と説明したそうです。そして、この問題には一つの流れがあるといい。そもそも「評価」が、かつての相対評価から絶対評価へと変わっており、その中で「関心・意欲・態度」という観点別評価を行うようになっています。通知表には、学習の理解度・到達度だけではなく、学習に対する「関心・意欲・態度」は目に見えない尺度だけに、評価するのが難しいものです。そのため、宿題の提出量や授業中の挙手回数などをカウントし、それを評価に活用していることは珍しくありません。

 

本来であれば、そうした数字に頼らず、子どもの成長や可能性を読み取るのが専門職たる教師の役割です。と言っています。そして、宿題のために学習机に向かうことで保護者は安心はするが、本当に大切なのは勉強時間よりも勉強内容であり、自律的に学ぶ経験をつけないと、決して工夫して仕事をする人にはならないと言っています。

 

「関心・意欲・態度」は保育においては「心情・意欲・態度」です。その本質を知ると決してその活動そのものに意図はないのです。「その活動で何を意図するか」のほうが大切なのです。中学校でこのことを行うのはとても容易なことではなかったのですが、多様な社会の中で生きていくためには、その中心となる意図をシンプルに考えることはとても必要とされているように感じます。やはり意図や理念、先の見通しといったものを意識することは大切です。