社会脳と規模

自己と他者を結ぶきずなとしての社会意識がどのように脳内に表現されているのかを探る気の遠くなる作業は、始まったばかりであると藤森平司氏は著書「保育の起源」で書いています。社会脳を研究する認定脳科学者・苧坂直行(おさかなおゆき)氏の著書「社会脳科学の展望―脳から社会を見る―」の一説には「脳というわずか1リットル半の小宇宙には、銀河系の星の数に匹敵するほどの膨大な数のニューロンがネットワークを形成し、相互に協調あるいは抑制し合いながら、さまざまな社会的意識を生み出しているが、その脳内表現についてはほとんどわかっていない」と言っています。

 

脳の研究は20世紀後半から現代にいたるまで、その研究を加速させてきましたが、それは主として「生物脳(バイオロジカル・ブレイン)」の軸に沿った研究であった。つまり、脳がどのような機能があるのかということを研究することが大半だったということです。しかし、21世紀初頭から現在に至る10年間で、研究の潮流は人を対象とした「社会脳(ソシアル・ブレイン)」あるいは社会神経科学を軸とする研究にコペルニクス的転回を遂げてきているというのです。

 

そして、社会脳の中核となるコンセプトは心の志向性(intentionality)にあるようです。志向性とは心の作用を目標に向けて方向づけるものであり、社会の中の自己と他者をつなぐきずなの基盤ともなる。つまり、この志向性がなければ人は人と関わることがかなわないという機能のことです。人類の進化とともに社会脳は、その中心的な担い手である新皮質(特に前頭葉)のサイズを拡大してきました。霊長類では群れの社会集団のサイズが脳の新皮質の比率と比例すると言われるが、中でも人の比率は最も大きく、安定した社会的つながりを維持できる社会成員もおよそ150名になると言われているのが2003年のダンバー氏の論文で言われています。

 

つまり、人が全員とつながりまんべんなく関わることができる集団は150人くらいの集団であり、これくらいの大きさまでは安定したつながりを持つことができるというのです。それ以上になると、顔は知っているけれど、関わったりすることが無かったりという人が出てくるというのです。このことを考えると大規模園では集団の作りかたを考えていかなえければいけません。また、少なくとも、よく3人寄れば文殊の知恵というように、この程度の集団成員に達すれば新しい創発的アイデアも生まれやすく、新たな環境への適応も可能になり、社会の複雑化にも対応できるようになると言います。人はこうやって他者と集団をつくる中でアイデアを出し合い、様々な環境の中で生存戦略を駆使してきたのでしょう。

 

そういった脳の進化の中、社会脳は個々のヒトの発達のなかでも形成されていくと言っています。たとえば、幼児は個人差はあるものの、およそ4歳以降に他者の心を理解するための「心の理論(theory of mind)」を持つことができるようになると言われています。これはこの年齢以降に成熟してゆく社会脳の成熟とかかわりがあるといわれています。他者の心を理解したり、他者と共感するためには、他者の意図の推定ができることが必要であるが、このような能力はやはりこの時期に始まる前頭葉の機能的成熟がかかわるのである。志向的意識やワーキングメモリがはたらき始める時期とも一致するのである。オキシトシンやエンドルフィンなどの分泌性ホルモンも共感を育む脳の成熟を助け、社会的なきずなを強めたり、安心感をもたらすことで社会脳と関わるということがわかってきた。

 

ヒトの集団の中で一番効率のいい集団の人数ということも分かってきているということは実に考えさせられます。特に子ども集団においても、海外ではもっと少人数で行っているところもあれば、日本のように1クラス30人ほどの集団を作っていることもあります。子どもと集団はよく議論にも上がってきます。脳科学を通して見ていくことで、集団の人数や見え方も少し変わってきますね。そして、集団と社会脳の成熟。集団を作るにあたっても、心の理論というものは非常に重要な要素となってきます。4歳ごろに前頭葉の成熟が起きるとあります。それまでにどういった環境で保育をしたらいいのかと考えます。ただ、言えるのは成熟したからできるようになるのではなく、経験があるからこそ成熟していくのであるということは忘れてはいけないのでしょう。つまり、それまでの子どもの経験というものは非常に重要になってくるのだと思います。