6月2020
デューク大学のカスピ博士らのグループは2011年の報告で、子どものときの実行機能から、32歳になったときの健康状態や、年収や職業、さらには犯罪の程度までを予測できることが明らかになりました。この研究では、5歳から10歳ごろまでの子ども期に実行機能を、親や保育士などに評定してもらいました。マシュマロテスト一つで調べたわけではなく、
様々な側面から実行機能を調べたのです。
それらの子どもを大人になるまで追跡し、大人になったときにどのような影響がみられるかを検討しました。その結果、子ども期において実行機能が低い子どもは、家庭の経済状態やIQなどの影響を統計的に除外しても、大人になった時に以下のような点で問題を抱えやすいことが示されているのです。
まず、健康面ですが、特に循環器系疾患のリスクが高く、肥満になりやすい、性感染症になりやすい、歯周病になりやすい。といったことがあるそうです。次に依存症に関しては、ニコチン依存症になりやすいことや、薬物依存症になりやすいことが言えます。経済面では、年収が低くなる。社会的地位が高いとされる職業にはつきにくい。将来への資産運用ができない(貯金が少なく破産もしやすい)ことが見えてきました。犯罪面では、何らかの違法行為を行って、裁判で有罪判決を受ける可能性がひくい。これは「ケーキの切れない非行少年」でもあったように、実行機能の力により、自己抑制力がきかない場合があり、性犯罪の割合が多いということも紹介されていましたね。最後に、家庭面です。子どもがいる場合、シングルで育てることになりやすい。ということが言えるそうです。
この結果はかなり衝撃的ですね。それだけ、子どもの頃の実行機能が大人になったときに、経済面だけではなく、健康面や犯罪面においても、多岐に渡る影響が出てしまうのです。逆に実行機能が高い子どもは、大人になったときに肥満や循環器系疾患で悩むことや、ニコチンや薬物に依存することが少なく、年収や社会的な地位は高く、犯罪を起こす確率が低かったのです。
もちろん、この結果は全体的な傾向に過ぎず、必ずそうなるとは限りません。それでも、子どもの時の1つの能力が、これほどのちの人生に様々に影響することはなかなかないのです。こういったことが見えてきたので、「失敗する子・成功する子」のポール・タフ氏においても、「ケーキの切れない非行少年」の宮口氏にしても、実行機能というが大きく子どもたちの将来に影響するということを紹介しているのですね。
では、その実行機能というのはどのようにして育っていくのでしょうか。森口氏は実行機能には2つのものがあると言っています。
2020年6月5日 5:00 PM |
カテゴリー:教育, 社会 |
投稿者名:Tomoki Murahashi
森口氏はマシュマロテストではさまざまな要因で、子供の将来を予測するためには重要ではないということが分かってきました。しかしその一方で、実行機能が子どもの将来を予測するものということに変わりはないとも言っています。
そして、その根拠となる研究を二つ紹介しています。
それはニュージーランドのダニーデンという人工10万人強の小さな町で、1972~73年に生まれた、1000人以上の赤ちゃんを対象にしたもので、長期間の子どもの発達を追跡した、長期縦断研究があります。この研究が世界中から注目されたのには2つの理由があります。
その1つ目の理由は、参加率が高いことです。こういう長期縦断研究では、年々参加者が減っていきます。たとえば、最初1000人の子どもが対象だったとしても、引っ越しなどによって参加が難しくなり、10年後には半分になるということも少なくない。参加者が減ると、データの信頼性が落ちてしまいます。ところがこの研究では、38歳の時点において、90%以上の参加率を誇るのです。つまり、非常に信頼できるデータということになります。
ほかにも、イギリスでは1958年・1970年・1990年・2000年に生まれた子どもたちを追跡する4つの大きな長期的な追跡研究が始まっています。そのうち、1990年のものと2000年のものについては、まだ、十分な成果が出ていないそうです。そのため、1958年と1970年のものを森口氏は紹介しています。この研究では、バウマイスター博士らのグループは、ある一週間に生まれたイギリス各地の子ども1万7000人が、誕生時に与えて、幼児期、児童期、青年期、成人期に研究に参加し、どのような人生を歩むかを検討しました。特にこの研究では就労状況への影響が調べられています。
具体的には、子どもが10歳前後のときの実行機能を、教師が評定しました。1958年・1970年のどちらの研究でも、教師が評定した結果から、子どもたちは、実行機能が高い群、中程度の群、低い群に3つに分けられ、それぞれの群の失業率を調べています。その結果、実行機能の違いによって、成人してからの失業率が、1~2%程度違うことが明らかになっています。実行機能が高い群は、中程度の群よりも、失業率が低く、中程度の群は低い群よりも失業率が低いということです。
この研究でも、子どものIQなどを総合的に評価しています。マシュマロテストとは異なり、ダニーデンとイギリスの研究から、子どもの他の能力や家庭環境を差し引いても、実行機能が将来にわたって重要であることが明らかになったのです。
では、日本ではどういった研究が行われているのでしょうか。
日本でも、イギリスやアメリカとは規模や内容は異なりますが、いくつかの長期横断研究があります。有名なものとしては、環境省による、化学物質などの環境中の有害物質が子どもの発達に及ぼす影響を調べるエチコル調査や、厚生労働省による21世紀出生児縦断調査などがあります。しかし、多くの調査で知能や子どもの社会性の発達は取り上げられているのですが、子どもの時の実行機能と大人になってからの経済指標や健康指標との関係に打ち手の科学的に妥当な証拠は森口氏の知るところとしてはないそうです。そもそも、日本では実行機能についての理解は十分ではないというのが現状だそうです。
アメリカ出身の医学者の知人が、日本の学校や医療機関で働いているときに、大いに困惑したそうです。というのも、アメリカでは現在、実行機能の重要性が広く知られており、教育や子育てに生かそうと動きが広がっているのですが、日本では、実行機能を周りの教師や医療関係者が全く知らず、明らかにこの能力に問題を抱えている子どもに接していても、その問題に気づかないことにとても困惑したそうです。
日本ではまだまだ、その理解や認知は少ないそうですが、特別支援学校や小中高の教師、保育現場などでは少しずつ広がってきているようです。私も様々な研修で「非認知能力」という言葉は聴くようになってきました。最近では日本でも少しずつデータが集まりつつあり、子どもの時の実行機能が、後の学力や人間関係に影響を及ぼすことが示されています。今後日本においても実行機能は子どもの発達に重要だといわれることになりそうです。
2020年6月4日 5:00 PM |
カテゴリー:教育, 社会 |
投稿者名:Tomoki Murahashi
幼児期の実行機能を測り、幼児期のテストが将来を予測するというマシュマロテストですが、最近になって、この結果が疑問視されているようです。というのは、心理学の過去の有名な研究結果によっても、実はあまり信頼できないといわれることがしばしばあるからです。
科学的研究の前提として、同じ方法を使えば、同じ結果が得られなければならないというところがあります。しかし、心理学においては、同じ方法を使っても、同じ結果が得られないことがあります。一つの例として、森口氏は新生児模倣を挙げています。生まれたばかりの赤ちゃんが、大人の表情を真似る。たとえば、大人が口から舌を出せば、赤ちゃんも舌をだすという保育の世界では有名な研究で、養成学校でもならうものです。この40年ほど前の研究報告ですが。最近の大規模研究によると、生まれたばかりの赤ちゃんに同じような実験をやっても、赤ちゃんはほとんど新生児模倣をしないことが報告されました。新生児模倣らしいことをすることはあっても、統計的には偶然の範囲内だったというのです。こういうことを聞くと、研究者が結果を捏造したように思いますが、実際のところは、技術的な問題や、他の重要な要因を考慮していなかった場合などがほとんどです。
マシュマロテストについていうと、ニューヨーク大学のワット博士らが、ミシェル博士らのテスト同様、同じ年齢の子どもを対象にマシュマロテストを実施し、その子どもたちの青年期まで追跡して、ミシェル博士らと同じ結果が出るかを調べました。この研究では、さまざまな要因を考慮したのです。それは、青年期の学力や問題行動は、マシュマロテストの成績以外にも、家庭の経済状態(裕福か貧困か)や子どもの時の知的レベルなど、さまざまな要因に影響を受けるということを考慮に加えても、マシュマロテストが影響力を持つかをしらべたのです。その結果、価値の経済状態や子どものときの認知機能などを考慮すると、幼児期のマシュマロテストが青年期の学力や問題行動に与える影響は極めて小さいということが示されたのです。
様々な研究は時代によって、新しい知見や要因によって大きく変わってくることはこれまでにも多々ありました。特に、人の心理というのは環境や成育歴によっても要因が出てくるでしょうから、一筋縄ではいかず、非常に多岐に渡る要因を洗い出さなければいけません。今回の森口氏の話は一概に今の研究を鵜呑みにし、研究結果を子どもに当てはめるのではなく、あくまで子どもに目を向けることが重要であるということのサインを送られているようにも思います。
森口氏はマシュマロテスト自体は重要ではないとはしていながらも、実行機能は子どもの将来を予測することはしっかりとできると言っています。
2020年6月3日 5:00 PM |
カテゴリー:教育, 社会 |
投稿者名:Tomoki Murahashi
マシュマロテストを行った研究グループは幼児期のマシュマロテストの成績と、その20年後における自尊心や拒否感受性などとの関連を調べました。拒否感受性というのは、周りの他者が自分を拒否するのではないかと予想したり、些細な行動から自分は拒否されたと考え、過剰反応したりするような傾向のことです。この傾向が強い人は自分は拒否されると考えがちなため、人間関係に問題を抱えやすく、自尊心も低くなってしまいます。
この研究では、子どものときに実行機能が高ければ、たとえ拒否感受性が高くても、自尊心に問題を抱えにくいことを示しています。少しの出来事でも拒否感受性が強い場合とそうでない場合では考え方は大きく変わってきます。森口氏は学校生活で持ち物が見当たらない時を例に挙げて説明しています。自分の持ち物が無くなったと仮定して、拒否感受性が強いと(事実がどうであるかは別として)自分の持ち物が誰かに隠されたとかんがえてしまい、トラブルになります。そのため、周りから人は離れていき、例えば教師からも問題扱いされてしまいます。こうなると自尊心も低下してしまいます。逆に実行機能が高いと思い込みを抑え込み、別の可能性についても考えられるようになるのです。たとえば、自分の持ち物を別のところに忘れた可能性を考えたりなどです。その結果、人間関係に問題を抱えにくく、自尊心も保たれます。このような経験が積み重なることにより、子どもの時の実行機能は大人になってからの自尊心に影響力を持つのです。
このプロセスは「非行少年」の話でもありましたね。非行少年たちのほとんどはこういった考えの元、トラブルを繰り返し、結果として、仕事が長続きしなかったりすることで、結果的に手っ取り早くお金が手に入る犯罪に手を染めることが多くあるということが言われていました。つまり、こういったことを見ても、マシュマロテストで犯罪率にも、違いが見られたと理由が物語っています。
また、他にも興味深い結果をマシュマロテストが示しています。幼児期にマシュマロテストで待つことができた時間が1分長いと、30年後のBMIの値が0.2低くなることも示されました。それはマシュマロテストですぐにマシュマロを食べてしまう子と5分待つことができる子どもは、大人になったときのBMI値が1低いということになります。
確かに30代でBMIを1減らすというのはなかなか難しいことです。このマシュマロテストを通した長期的な研究では、非常に多くのことに幼児期の実行機能が将来に大きな影響を与えているということがわかりました。しかし、このマシュマロテストの結果は衝撃的なニュースであった一方で、その結果に疑問視もされています。それはどういったところなのでしょうか。
2020年6月2日 5:00 PM |
カテゴリー:教育, 社会 |
投稿者名:Tomoki Murahashi
マシュマロテストはアメリカの故ウォルター・ミシェル博士によって進められた研究で、実行機能の重要性を分かりやすい形で実証しました。このテストは、保育園や幼稚園に通う年齢のこどもを対象にしたものです。実験者は子どもと少し遊んだ後、子どもに「幼児があるので部屋の外に行くけれど、もし何かあったらベルを鳴らして私を呼んでね」と告げます。そして、子どもにベルを渡して部屋を出ます。そのとき、子どもは2つの選択肢を提示されます。マシュマロ1つの選択肢とマシュマロ2つの選択肢です。
実験者は、子どもに自分が部屋に戻ってくることを待つことができれば、マシュマロを2つもらえることを告げます。また、実験者が部屋に戻ってくるまで待てないと思ったら、ベルを使って実験者を呼んでもいいこと、しかし、その場合マシュマロは1つしかもらえないこともあわせて告げます。
この実験の過酷な点は、実験者が戻ってくるまで10~15分もかかることです。子どもは、自分の目の前に魅力的なお菓子があるのに、それを食べたいという欲求をコントロールして、10分程度待ち続けなければならないのです。この写真の男の子の顔を見ているといかにその過酷さがあるかが伺えますね。このテストでは、子どもが今すぐに少ないマシュマロを得るか、その欲求をコントロールして2倍のマシュマロを得るかを調べることができます。つまり、後で2倍の報酬を得るという目的のために、今目の前の誘惑に抵抗できるかを調べるテストだという点です。
では、実際、マシュマロテストに参加した子どもたちが青年期になったときにどういったことになるのでしょうか。ミシェル博士らは、マシュマロテストに参加した子どもたちを長期的に追跡し、目の前のマシュマロを食べたいという欲求をコントロールできた子どもとできなかった子どものその後の成長にどのような違いがあるかを調べました。具体的には、幼児期のマシュマロテストの成績を記録し、その子どもたちに10年後にもう一度調査にさんかしてもらい、青年期における様々な能力との関連を調べたのです。
ここで調べられたのは、青年期の学力、友だちとの対人関係スキル、さまざまな問題を起こす頻度、問題が起きたときの対処能力などです。主に、学校に適応できているかどうかが調べられました。その結果、幼児期にマシュマロテストの成績が良かった子どもは、そうではなかった子どもに比べ、青年期の学力や対人スキル、問題が起きたときの対処能力などが高いことが示されました。さらに欲求をうまくコントロールできた子どもは、青年期ストレスにうまく対処できることもしめされています。青年期と言えば、友だち関係に悩んだり、いじめにあったり、受験のストレスがあったりと、決して楽な時代ではありません。大変な青年期を乗り切るために、子どもの実行機能が役に立っているのです。
また、この研究には続きがあり、実行機能だけではない部分に影響があることも分かってきました。
2020年6月1日 5:00 PM |
カテゴリー:教育, 社会 |
投稿者名:Tomoki Murahashi
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