愛と生存戦略

動物の様々な種によって仮親行動が見られます。しかし、なぜ、他人の遺伝子を守るためにこんなに多くのエネルギーを使うのでしょうか。そこには何か意味があるのでしょうか。仮親行動をする種には、色々と他と違った特徴が見られるようです。こういった種は比較的小さな血縁集団をつくりますが、その社会は複雑で、メンバーは互いに協力し合って暮らし、強い子育て欲求を持ちます。社会的単婚を採る鳥のように、母親だけでは子どもの面倒を見切れない場合には、仮母が育児を手伝います。サルにおいても、長距離を移動するのに、母親だけでは赤ん坊を運べないサルには仮母が広く認められます。しかし、こういった種の行動は仮母によってさまざまな利益を得ることができるようです。

 

種によっては、仮親がいないと赤ちゃんが育たないことが見られます。次に、血縁関係にある子どもの成長を助ければ、自分の遺伝子の一部を残ることもできます。お互いの子育てを手伝うことで、どちらも助かることになりますし、仮母をすることで子育ての経験値を上げることにつながり、自分が本当の親になったときに役に立ちます。こういった要因は種によっていろいろ組み合されているようなのです。

 

その他にも人間の仮親行動には、今あげたような生態学的な要因以外の背景もあります。人間は通常、一度に1人の子どもを育て、多くても生涯せいぜい十数人しか育てません。そして、複雑で緻密な社会ネットワークをつくり、多くのことを協力し合って行います。一方で人間の子どもは、他の種よりも格段に手間がかかり、成熟するまでの期間が長いうえに、必要な学習量がどんどん増え、手間のかかる養育期間はさらに延長されました。その結果、仮親も、社会的単婚も、人間に一番近縁な大型類人猿より、はるかに普及することになったと考えられるのです。

 

子どもの成長期間を延長するといった人類の進化戦略は、大人の寿命も延長させたらしく、人間の女性は、とても長い期間を子育てにあて、妊娠能力を失った後も長生きします。ヒトの寿命はチンパンジーよりも長く、ホモ・サピエンスはほかの原人より長生きだったと思われるのです。しかし、それは考えようによっては二重の災難をもたらすことになります。発達過程にちょっと手を加えたばかりに、子どもはこんなに長い間勉強するはめになり、女性はおばあちゃんになっても子どものお守りをさせられることになるのです。

 

人が子どもを愛するということは、親にとってだけではなく、それ以外の人における恩恵も多くあり、人が人であるために必要なことなのです。人は成長と共に変わっていきます。信念や情緒のどれが生まれつきのもので、どれが後の学習や想像の産物なのかを見分けるのは簡単ではないのです。しかし、わたしたちが親子関係を超えて子ども全般を大事にするのは、進化的な要請からきていると思われるとゴプニックは言います。

 

そして、人間における子どもという存在は両親の遺伝子を再現する以上の役割を担っているだけではなく、世代から世代へと知識を蓄積して、環境に適応し、人間の方からも新しい環境を作り出すことで生き延びてきたというのです。その観点から考えると、子どもたちに長期にわたる教育を行い、必要な能力を身につけさせることは社会のすべての成員に望ましいことになるとゴプニックは言います。

 

つまり、長い教育期間を持ち、子どもに知識を与えることは人間社会の発展に大きな意味があるということが言えるのです。知識の伝承が行われていく環境を人間は作っていくことで、今に至る生存戦略を進めることができたのです。