赤ちゃんの信念とこれからの課題

子どもの信念は成長につれて、だんだんと固まってきます。内部意識においても、外部意識においても、赤ちゃんは自らの体験をもとに世界の情報を取り入れることを優先的に行っています。そうしていく中で、信念を裏付ける証拠を固めていくことで、ある程度の量になると、もうそれ以上は信念を変えたくなくなるようです。今ある、信念をできるだけ保守し、どうしても必要なとき、一部だけを変える。それが次の課題となるのです。これまで作り上げてきた信念を効率よくカスタマイズしていくのです。そうしていくように変化していくためには、行動も変わってきます。記憶の方式も変わり、今度は身に付けた信念の出所や経緯も大事になってくるのです。新しく得た情報が、既存の信念よりも正しく、信頼できるという確信が得られない限り、信念を変えようとはしなくなっていくのです。

 

このように赤ちゃんの思考や信念は成長と共に大人のような思考形態に変わってきます。科学的に証明されているわけではありませんが、大人の自由連想や入眠時の思考は、革新性や創造性と関連があるとゴプニックは言っています。長椅子に横たわって自由連想すると、隠れた自己を発見した気分になり、夜中にベッドの中で大発見する科学者が実際にいたりします。洞察瞑想も優れた洞察を得ることが目標です。批判抜きで自由に意見を出し合うブレインストーミングも、自由連想や入眠時の思考と似て、斬新なアイデアを生むのに適しています。鮮明な注意が、学習や脳の可塑性を現象的に示しているように、このような意識体験は、頭の中で新しいアイデアや情報がまとめられていることを示す現象的な指標と言えそうだとゴプニックは言っています。

 

このことに対して、自伝的記憶と実行制御は、大人がもつ長期的な計画を立案し実行する能力を反映しています。ゴプニックは自分の体験において、過去、現在、未来を通じ一貫したものと捉えるからこそ、嫌なことも我慢すると言っています。確かに、何か長期的目標を持つためには近くのことばかりを見ていてはできません。そして、大きな目的を持ち続ける根気さや困難にぶつかったときに目的を見失わないからこそ、我慢できるのです。そのためには未来の自分を見通す力が必要です。そして、それは過去から現在の自分とつながっているという事を認識していなければいけません。

 

実行制御の実験は、1960年代に初めて行われました。その後、このテストの結果は、その子がティーンエイジャーになったときの学業成績と強い関連があることが分かりました。5歳の時点で欲求の充足を先延ばしできた子は、できなかった子よりも、ティーンエイジャーになったときに有能で成熟していると評価されることが多く、SAT(大学進学適性試験)でも一貫して高得点でした。そして、将来に絶望したティーンエイジャーは、自己破壊的な行動をとりやすい、ということを指摘する心理学者たちもいます。マイケル・チャンドラーは、カナダ先住民コミュニティのティーンエイジャーに注目しました。彼らは自殺のリスクが高く、自己破壊的な行動が多いことで知られていました。そのことを調べてみると、自殺リスクの高い青少年には、一貫した自己の感覚が希薄であることが分かりました。現在の自分から過去へ、そして、とりわけ未来へとつながる自己が、自殺リスクが高い成長年にはあまり確立していないというのです。

 

このことはいかに乳幼児期での自己の確立が将来に大きく関わってくるのかということが見えてきます。乳幼児期に自らの体験における情報を多く取り入れ、思考や信念をしっかりと持たせることができるのかということかが、将来にも重要になってくるのと同時に、昨今の日本の自殺者の多さや「キレる」といった人の増加、SNS関連の事件などはこういった子どもたちの信念や思考形成において、大きな課題があるのかもしれません。

赤ちゃんの脳の変化

子どもは6歳になるころには、自伝的記憶、実行制御(機能)、内なる監視人の基本的な機能が出来上がり、意識体験も大人とほぼ同じになるとゴプニックは言います。では、この内部意識の変化はどうして起こるのでしょうか。これには子どもの言語能力によるものが大きいようです。というのも、自伝的記憶と自己制御は、言語能力とともに発達するのです。言葉を使うことで、あったこと、するべきことを、他人だけでなく、自分にも言い聞かせられるからです。大人は言語能力が十分発達しているので、出来事に対して、内語を盛んに使います。頭の中で、言葉にして表現するのです。しかし、フラベルの研究では子どもはその内語をほとんど使わないらしいことを示唆しています。

 

このように言語は、大人の内部意識において、大きな役割を果たします。自分の「うちなる声」に叱られ、せかされ、指示され、説き伏せられます。このことについて、哲学者ジェリー・フォーダーはあるエピソードを紹介しています。「哲学の文章を書いているとき、意識の流れはどんな感じですか?」と聞かれ、彼は「がんばれジェリー、君ならできるぞ、ジェリー、その調子だ、ジェリー」と答えました。大人はこのように、内語を使っています。しかし、子どもの場合は少なくとも口やかましい内語は使わないし、聞いていないようです。目標に向かって彼らをせきたてるのは、内語よりも親の生の声だというのです。

 

大人と子どもの内部意識の違いは、外部意識の違いもそうだったように、大きな目で見れば一種の役割分担だとゴプニックは言っています。つまり、子ども特有の意識は、子ども特有の課題に対応しているというのです。それは、外部意識のときと同様に、子どもにとっては、そのころはより多く、より早く世界を学ぶことが目的だからです。このことを中心に考えると、情報源を忘れる「出典健忘」と、そのために生じる被暗示性も説明ができるというのです。信念をスピーディーに更新するには、古い信念や出所は捨ててしまうほうが効率がいいのです。

 

その中でも、乳幼児は顕著なようで、乳幼児期の学習は迅速で、貯えた知識が数カ月ごとに入れ替わり、しかも3歳から4歳の間に、おおきなパラダイム交換、つまり、捉え方が大きく変わります。この変化は子どもの成長の中で、様々におきています。例えば、以前紹介したように、子どもたちが絶え間ない学習によって、世界の因果マップを描いていくようになったり、発達心理学では、生後9ヶ月から12カ月の間に物の概念が、3歳から5歳にかけては心の理解ががらりと変わると言われています。子どもの時代においてはたったの2、3か月で世界像を総入れ替えできるのです。大人でそんなことができるとしたら、よほど柔軟で革新的な心を持つ人であって、それでもせいぜい2,3度起きることではないかとゴプニックは言っています。

 

大人で表してくれているのは面白いですね。赤ちゃんの脳の中で起きているのことを考えると赤ちゃんがいかに天才的な脳を持ち合わせているのかということが分かります。こうやって短期間の間に非常に高度な知識を取り込み、自分の世界を作り上げているという脳の構造のすごさを感じます。確かにこのことをみていくといかなる高性能なコンピューターでもできないことを赤ちゃんはやってのけているのですね。