文化と実行機能

これまで、親の影響、家庭の影響、地域の影響を挙げてきました。では、文化はどれだけ影響をあたえるのでしょうか。森口氏は世界から見て日本は自分をコントロールできる人々というイメージがあると紹介しています。森口氏はアメリカ、ヨーロッパ、南米、東南アジアの知人に、日本人は勤勉で感情を表に出さず、自分を律するイメージがあると言われたことがあるそうです。確かに他の国に比べて、そういった紹介をされることもありますし、そういったことを聞いたこともあります。しかし、果たしてそうなのでしょうか。日本人の中でも、実行機能が高い人もいれば、低い人もいます。逆に世界においても、日本人より実行機能が高い人もいれば、低い人もいます。

 

実際のところ、実行機能の文化さについては、主に西洋諸国と東アジア諸国の比較がなされ、西洋諸国の子どもよりも、東アジアの子どもの方が実行機能が高いことが示されているそうです。中国とアメリカの幼児の思考の実行機能を比較した研究では、中国の子どもはアメリカの子どもよりも思考の実行機能が高いことが示されています。また、韓国の幼児と、イギリスの幼児を比較した研究でも、韓国の子どもの成績が良いという結果が報告されています。

 

森口氏は日本の幼児とカナダの子どもの思考の実行機能を調べてみたそうです。しかし、その結果、思考の実行機能において日本とカナダの違いは見られませんでした。この結果は森口氏以外の研究者らにおいても、日本の子どもと欧米の子どもの間には大きな違いが見られないことを示していました。このことから読み取れるのは自分を律するというイメージのある日本人ですが、だからといってほかの国と比べて日本人が特段優れているという証拠はほとんどないということが分かります。

 

また、バイリンガルの子どもは思考の実行機能が高いということが示されています。ヨーク大学のビャリストク博士は、ルールの切り換えテストで英語と中国語のバイリンガル時と英語のモノリンガル時に与え、その結果を比較しました。その結果、子どもの言語年齢はモノリンガル時のほうが高いにも関わらず、ルールを切り替える能力はバイリンガル自のほうが高いことが示されました。森口氏は日本とフランス語のバイリンガル児と、日本のモノリンガル児を比較したところ、やはりバイリンガル児のほうがルール切り替えテストの成績が良いという結果が得られました。なぜ、バイリンガル児のほうがルールを切り替えることができるのでしょうか。

 

それは2つの言語のうち1つの言語に焦点を当て、もう一つの言語を無視するという経験と、言語を柔軟に切り替えるという経験によって、頭の切り替えが得意になるようです。そして、切り替える経験が思考の実行機能が育まれるのだと考えられるのです。ただし、最近の大規模実験で、バイリンガルの効果は非常に小さい可能性も報告されています。バイリンガルの家庭(たとえば、母親が日本語で父親が英語のような言葉を使う家庭)は、そうではない家庭よりも裕福であることが多く、裕福な家庭の子どもは実行機能の成績が良いことから、家庭の社会経済的地位を統計的に考慮すると、バイリンガルの効果が小さくなってしまうのです。つまり、バイリンガルかどうかよりも、家庭が裕福であるかどうかのほうが実行機能に与える影響が高いのではないかということが言えてしまうのです。