自己と他者

心理学において、人はどのようにして自己の心にアクセスし、他者の心を読み取り、社会的コミュニケーションを行うかということは難問でした。その中で、「心の理論」と呼ばれているものがあります。それは心理学でいうところの「相手の心を推察する」「他者が自分とは異なる意識を持つと考えることができる」能力のことです。いわゆる他者の心を推測・想定する能力です。こういった他人からは見えない心の動きを、行動として見える物理的なものと関連付けて研究するのが「心の哲学」と呼ばれる分野です。そして、「心の理論」において重要な切り口になっているのが「ミラーニューロン」の存在です。ミラーニューロンの働きは前回にも話したように「裏の道」の働きをするもので、他者の感情や動き、感覚、情動を自分の内部で起こっているかのように感知する能力です。

 

そして、この能力を通して、人はどのように自分自身の心にアクセスし、他者の心を読み取り、社会的コミュニケーションを行うかというのが研究されてきました。「模倣」「共感」「心の理論」「マインドリーディング」「自己・他者関連単語」「ミラーニューロン」などの研究は、「自己と他者」の問題を正面切って取り上げるものであり、その研究は大いに進展しました。哲学の基本問題である「自己と他者」が哲学の分野から科学的研究の対象になったのは、近年の認知心理学と脳科学の発展によるところが大きいと『ミラーニューロンと〈心の理論〉』(子安増夫・大平英樹編)に書かれています。そして、「自己と他者」について論ずる際にはミラーニューロンと「心の理論」が重要かつ代表的な視点として取り上げられています。

 

藤森氏はこれまでの研究を踏まえてこう話しています。「元々「心の理論」としての研究が始まったころは、子どもにおいて、このような行動がはじまるのは4歳と考えられていました。特に心理的な世界の理解については3歳から4歳に欠けて変化することが、他者が誤った信念(belief)を持っていることが理解できるかどうかという「誤信念課題」と呼ばれる実験でわかっています。そこで、集団における保育が必要とされているのが4歳児からということで3歳児クラスからの保育が行われているのかもしれません。しかし、最近の研究では「自己と他者」との関係において「模倣」や「共感」という心の動きや行動から考えると、0歳児から他者が重要な役目を持ってくることがわかってきました。」そう考えると「幼児」と「乳児」との区分もこういったところがあるから、そこで区切られているのでしょうか。

 

「ただ、この時期における他者は、子どものまわりに自然な社会の中にいる存在するものでした。家庭内においてもきょうだい間での関係です。しかし、現在の家庭事情は少子化により、地域に子どもがいなくなり、自宅内には母子だけが存在することが多くなっています。しかも、母親は家事をしなければならず、子ども一人でテレビやゲーム、スマホで動画を見るといったものを相手に過ごすことが多くなっています。いくら子どもが小さいうちは母親の下で育てるべきだといっても、自宅内に母親たった一人で育てるとなると、このような育児になる可能性は多くなる気がする」と藤森氏は言います。

 

確かに最近の子どもたちの様子を見ていても、登園時にスマホでyoutubeを見ている子どもはいますし、ショッピングモールに買い物に行ってもベビーカーに乗ってスマホを見ている子どもたちを多く見ます。子どもを落ち着かせるためにはとてもいいツールであり、都合がいいのはよくわかるのですが、それが育児の中で大きな部分を占めていくというはとても危険なことです。特に社会的コミュニケーションはこういったツールでは経験することができないというのはよく考えなければいけません。「赤ちゃんは白紙で生まれてくる」といった白紙論が出てきたのも家庭内でこういったコミュニケーションが土台としてあったからであって、今の少子化の時代とは子どもを取り囲む環境が変わっているということを踏まえて教育や保育を考えていかなければいけないということを改めて感じます。それは脳が発達していくメカニズムを考えると今の社会のウィークなところも見えてくるように思います。