生活空間に関する意識

マサビュオーは私たち日本人が自然と共存しながら暮らしてきた中で培ってきた生活空間に関する意識を、4つの次元と定義しました。

 

1つ目は「空間の把か握」。地震が多いなどの厳しい自然環境の下で農村や都市をつくってきた日本人が、自然を自分たちの内部としておのずと組み入れてきたことにまず注目します。

 

2つ目の次元は「空間の秩序」日本では農村であれ都市であれ、共同体のしっかりした枠組みの中で人々の生活が展開してきました。それについてマサビュオーはこういっています《日本では、住居がみなお互いよく知り合っていて、毎日のように行き来する小部落や街路のレベルで、まとまった空間が認められ、そこに一定の秩序が生じている》《比較的狭い空間を占有し、そこを自分たちの生活空間として確保しているような共同体では、家族や近所の人たち、また生産関係による付き合いのある人たちとの間に序列関係が存在し、そのためにさまざまな義務が生じる。こうした状況に共同体成員の行動が基礎づけられるのである。空間的にも時間的にも枠組みが限定されているので、こうした共同体的構造が見出されるのは、特に小さな部落においてであり、都会の街区で、先祖とのつながりや伝統的な雰囲気が欠如しているようなところでも、それほど純粋な形ではないが、認められる》と言っています。このような共同体的構造が、日々の務めのために必要な空間的、時間的な枠組みを成立させていると彼は言っているというのです。そして、その務めとは、生産、商売、整備の維持、祭り、葬式の時の相互援助など多岐にわたります。

 

たとえば、農村地帯では小さな共同体での協力・相互援助体制によって灌漑のための水路や屋根や道路の定期的修復作業を行ってきたのだろうといいます。実際、私の父親の幼少期などは田んぼに通す用水路の掃除を地域の人と一緒になって定期的に掃除をしていたといいます。そのなかで、幼少期の父親は魚を捕まえたり、遊びながら手伝いをしていたといいます。こういった幼少期のお手伝いを大人と一緒に行うことで自然とその地域の社会的規範を学んでいたのでしょうね。また、人口の密集し住居がせまく、隣の家との間がないような江戸の町には「頼まれたら厭と言わぬが江戸っ子気質」という気風があり、江戸に住む庶民を表す言葉があるそうです。そして、それは江戸という都市での協力・相互援助体制を表す言葉なのでしょう。

 

そして、3つ目は「空間の使用」です。これについてマサビュオーは「まず、空間が把握され、占有され、秩序が与えられたならば、その空間はつぎに人間生活のさまざまな局面に適したものにされなければならない」と言います。日本における自然の特徴は、自然条件が厳しく、また自然空間が細かくわかれていることだといっています。それはどういうことを言っているのでしょうか。