日本家屋の影響

モースは、日本家屋と欧米家屋との玄関についてこう比較しています。

「アメリカの場合であるが、家に入って直ちに目につくのは玄関広間ないし玄関口の会談である。この階段の手すりと、美しくカーブする手すりとは自慢の造形なのである。比較的つくりのよい家屋では、特にこの部分に建築家の注意が払われている。しかし、日本では家屋が二階建てでも階段は、目に触れる場所には滅多にない」というのです。

 

実際、海外の園では玄関ホールを広くとる園が多くあります。そして、そこでは集会が行われたり、運動遊びをしたり、保育室としても使われています。私自身が海外研修で行った時も運動遊具が置かれていることが多くありましたし、そこで遊んでいる様子をよく見ました。一方それに対して日本の園では、玄関には靴箱がおかれるだけのことが多く、玄関で保育をすることはまずありませんし、そのような使いかたをするような空間は作られていません。

 

また、このつくりはミュンヘンの宮殿と日本の城 熊本城にも見られると藤森氏は言います。「ミュンヘンの宮殿は玄関の大広間から長く廊下がつながっていて、その廊下は左右対称に延びています。そして、その廊下に面して各部屋の扉がついています。こうしたつくりはミュンヘンではスタンダードな平面構成のようです。それに対して、日本の宮殿である熊本城はどのような作りをしているのでしょうか。熊本城の本丸御殿の1階平面図が、かつて熊本城のHPに掲載されていました。それを見ると、日本の家屋同様、そこには廊下というよりは、部屋の内外をつなぎ合わせたような縁側があります。昭君乃間と大広間はふすまで区切られ、おもてなしの場所として使われたであろう茶室が、廊下ではなく部屋でつながっています。」

 

確かに、ネットの熊本城の平面図を見てみるとそれぞれの「間」と呼ばれる部屋はすべてふすまによって仕切られており、その周りを縁側が廊下としてつながっている構造になっています。そして、奥の茶室として使うであろう場所も部屋でつながっているのです。モースはこのことを「開放感のある空間」と言っていますが、まさに、空間の自由度があり、柔軟に空間を作ることができるということに関して日本家屋の作りは非常に適した作りになっているということがわかります。日本の保育室はどうでしょうか。私の園ではオープンな環境をつくり、間仕切り壁や移動式の家具によって仕切りを作っています。どちらかというと日本家屋よりですね。しかし、以前は廊下に面して各部屋があり、そこには壁があることで各部屋が隔絶されていました。どちらかというと欧米式の形態です。実際のところ、「どちらがいいのか」ということは保育の形態によって違うのでしょうが、広さを柔軟に移動できる分、今の家具や間仕切り壁があるほうが、子どもたちの遊びの流行りや新たなゾーンづくりに関して、柔軟にその広さを確保できます。そして、保育のシーンに合わせて動かすこともできるので、子どもの動きに合わせやすさを感じます。

 

また、壁があるわけでもないので、「常に他者を意識する」ことも必要になってきます。こういった意識や環境によって日本特有の「おもてなし」や「思いやり」といった道徳性というものにも大きく影響したのではないかと感じています。あまり閉鎖的な保育室を作るよりも、開放的で他者と触れ合うことや意識せざるをえない空間が「思いやり」や「道徳心」といったものにつながるのかもしれません。日本はとても共同的な意識が強い文化であると思うのです。その文化になっていくにあたってこういった日本の家屋の作りにも大きな影響を与えられてきたのではないでしょうか。