2月2020

ターニングポイント➁

キーサはアンジェロの事件のあと決意を固くしていきます。彼女は「最悪のことはもう過ぎた。今はプラスの園を探している。今のままでいるのはもううんざり、だからいろんなことを変えるためにできることは全部するって決めた」その後、彼女は学校に行くようになります。当然勉強は遅れていたのですが、大都市の高校にある制度で、成績が足りない場合に短期間でそれを埋め合わせるシステムがあるのを利用し、卒業します。彼女はこのころ勉強と名のつくものをするようになって以来初めて真剣に課題に取り組みました。夜間学校には週5日間参加し、朝から晩まで学校にいることも度々あったそうです。その後、フェンガー高校を卒業し、公立の短大に入学します。そして、そこで美容に関する学位を取るための勉強を始めます。

 

キーサが高校を卒業する数カ月前、タフ氏はフェンガー高校のカフェテリアでキーサにあい、将来の計画について聞いたそうです。その時彼女は短大を卒業後美容師のライセンスを取ったら、フルタイムでラニータ・リードの美容院に雇ってもらえるといったそうです。そして、「今から5年後には、自分で稼いだお金で自分ひとりのアパートメントに住んでいると思う」といっており、「妹たちも、何かあればあたしのところに来ればいい」とも話していました。タフ氏はこの自分の現状を抜け出す道を探すだけではなく、家族の子とも忘れないということに感心したそうです。そして、「毎日見ているものよりもっといい人生があるって、妹たちに教えたい。」というのです。「そうしないと、あの子たちはどうせたいしたものは手に入らないと思ってしまうかもしれない。だけど、人生にはもっとたくさんのものがある。本当に、はるかにたくさんのものがある」

 

彼女はまさに幼少期に逆境のある生活をしていました。これまでの話であると幼少期に逆境のある生活をしているとストレス対応システムがうまく働かないという話でした。ではなぜ、キーサはそんな幼少期にあり、それでもストレス対応システムがうまく働くようになったのでしょうか。

 

タフ氏は「幼少期の支援こそが重要であるとする科学的根拠に異を唱えるのは難しい。子どもの健康的な発達において、最初の数年は非常に大切だ。子どもの将来を良いものにするための唯一の機会のようにも見える。しかし、感情的、心理的、そして神経科学的な経路をターゲットとしたプログラムの一番有望なところは、子どもが成長してからでも充分に効果がある点だ」と言っています。そして、この点に目を向けることは学力面のみの支援よりもはるかに効果が高い。知能指数だけを見るなら、8歳を過ぎたあたりからなかなか伸びなくなる。しかし実行機能やストレスに対処したり強い感情を抑制したりする能力は、思春期や成人になってからでも時には劇的に改善できるというのです。

 

10代はどんな子どもにとっても難しい時期です。ましてや、逆境に育った子どもたちの場合、思春期が最悪のターニングポイントにもなりかねません。幼児期の傷が良くない決断をうみ、良くない決断が破壊的な結果を生むこともあります。しかし、キーサのように逆に思春期は逆のターニングポイントにもなりえます。最もは深い変化の時期でもあり、その時期にラニータ・リードとの出会いのような機会があることで軌道修正し、成功へのコースに変化することもあるのです。

 

これまでの内容では幼児期の環境による影響が大きいということが特に言われましたが。、思春期にもう一度、変われるチャンスがあるのですね。よくその時代にグレていた悪たちが良い先生と出会うことで構成するという話を聞きます。ここでのラニータ・リードのように自分を受け入れてくれる「安心基地」との出会いは、子どもたちにとってとても重要な存在であり、将来においてもとても重要な出会いになっていくのだと思います。まさに、人間形成とは保育や教育に携わる期間において起きるのですね。

ターニングポイント①

タフ氏は10代は難しい時期と言っています。ましてや逆境に育った子どもたちの場合、思春期が最悪のターニングポイントになることも少なくないと言っています。しかし、10代の子どもというのは幼児にはできないやり方で人生を考え直したり、つくり直したりする能力を持っていると言います。そして、このことをYAPにいたキーサ・ジョーンズを実例にあげています。彼女はYAPにおいて先の見通しが一番明るい生徒であったが、タフ氏の知る限り一番痛ましい過去の物語を持った生徒だと言っています。

 

彼女はフィンガー高校の3年生で腕にはタトゥーがあり、下唇にはスタッドピアス、不揃いなカットの前髪に赤いメッシュと非常にハードな見かけでありました。そして、住んでいたところはローズランドの特に荒れたところに母親の家でした。そして、その環境はキーサの成長期を通じていつもうるさく、間借り人が大勢いていつももめごとが絶えませんでした。実のきょうだいや半分だけ血のつながったきょうだい、叔父といとこがつねに出入りしていました。父親はキーサの言葉を借りると「遊び人」で近所中に愛人がいる人だった。

 

キーサの母親は80年代にはフェンガー高校の生徒でしたが、3年生の時に酒に酔った状態で登校し退学になった。いまじゃクラック依存症とキーサは言っています。大家族の中にもコカインまで手を出しているものがいて、たびたび警察の手入れがあり、家の中をひっくり返しては銃とドラッグを探し、家の中の一人ふたり手錠を掛けられ連行されているのが常だったのです。キーサも親戚のひとりから性的ないたずらを受けたこともあったが、母親に信じられないのではと黙ることが多かったそうです。そして、彼女はその不満を学校で喧嘩をすることで解消していたのです。

 

2010年にドージアはキーサにYAPの助言者をつけてもらうよう申請しました。それがラータ・リードとの出会いです。彼女は「ギフティド・ハンズ」という美容院を経営しており、そこにキーサをシャンプー係として働かせてみました。彼女は若い女性にとっては外見も大事とキーサの内面と外面を同時に変えようとしました。そして、何時間も一緒に過ごしたり、ボーリングしたりなどを美容院でのセラピーの延長のようなものと捉えて過ごしました。彼女は完璧な姉みたいとキーサは言っています。

 

その後、キーサは6歳だった一番下の妹がいとこのアンジェロから性的虐待を受けたことを打ち明けられ、アンジェロが刑務所に入ることになったことが大きな転機になります。母親は彼の告発をあまり歓迎しなかったそうです。というのも、いたずらをされた娘よりも家賃収入の一部が無くなるのが痛手になるのでそちらに気が言ったり、アンジェロが刑務所でやっていけるかを心配したりしたのです。しかし、これがきっかけとなり、キーサは自分の人生を変える決意をし、アンジェロの事件があったために決意はますます固まります。

アタッチメントと世代間の連鎖

子どもとの良好な愛着関係があることで、逆境な環境においても、子どもたちがストレス対応システムに改善が見られるということが分かってきました。そして、それは子どもたちの将来においても影響があるということが見えてきたのです。タフ氏はシカゴに拠点を置く慈善団体「1オンスの予防基金」の自宅訪問プログラムを20年以上監督した幼児の専門家ニック・ウィクスラーとの話し合いのなかで彼はこれまでの経験の中で、新しく親になった人々との従来の話題(禁煙や乳幼児の栄養、言葉の発達など)に対応する内に、子どもの後々の成果をより良いものにするためにはアタッチメントの改善が最も強力な手段であるという研究に納得いったと言っています。

 

しかし、実際にはアタッチメントの改善に向かう訪問のスタッフが本分を思い出さなければいけないことがたびたびあったそうです。というのも、本来はあくまで愛着関係の改善が目的であって、若い親たちが抱える問題のすべてを解決することが仕事ではないのです。その様子をニック・ウィクスラーはこう言っています。「訪問スタッフにとってはかなりの難題なんですね。もっと何かしたいと本能的に思ってしまうんです。しかし、住環境の悪さや学校環境の悪さは、いつも解決できるとは限らない。我々にできるのは、親に心の強さやレジリエンスを持たせることです。可能な最良の親になれるように」

 

この言葉を受け、「1オンスの予防基金」の運営するプログラムで、「カトリック・チャリティーズ」のスタッフ スチュワート・モンゴメリーをタフ氏が見たときです。そこではジャッキーという16歳の少女と8カ月になる彼女の子どものマケイラを訪ねたときでした。その時のスチュワート・モンゴメリーの対応にさすがと思ったそうです。タフ氏はジャッキーたちの様子を見ていた時にまさに住環境や様々なことを思ったのですが、彼女はジャッキーに集中していたのです。まるで、彼女はマケイラに対して同じことをしてくれればいいと願うかのように、ジャッキーがマケイラを見る様子を見守り、励ましの言葉をかけ、温かく育むようなサポートを実践していたのです。

 

ひと世代まえの支援技法は、幼少期の言語スキルが重要だとしたハートとリズリーの研究の影響のもとに展開され、おもに子どもの語彙をふやすことを親に勧めていました。しかしこの方法には無理があったのです。それは低所得層の親の多くがそうであるが親自身に限られた語彙しかない場合、子どもに豊富な語彙を持たせようとするのは至難の業なのです。読み聞かせをたくさんするのも確かに一つの手ではあるのですが、幼児は親が語彙の増強に専念しているときだけではなく、あらゆる瞬間に言葉を吸収していくのです。そのため語彙不足は次の世代へと引き継がれる。英才教育の幼稚園にでも通い始めれれば世代間の連鎖を断ち切るのに役立つかもしれないが、親のみに重点を置いた支援では無理なのです。

 

しかし、これまでのフィッシャーやドージア、リーバーマンらの主張によれば、愛着関係を育むほうが、子どもの成長や改善に寄与する可能性がはるかに大きいというのです。そして、それは語彙の不足と違い、不安を生む親子関係は比較的小さな支援で対処できるというのです。つまり、不安定な愛着関係の連鎖は完全に断ち切ることができる。アタッチメントに問題を抱えた低所得層の母親が、適切な支援を受けることができることで子どもと安定した関係を築けるようになるのです。そして、それが子どもの人生に極めて大きな違いを生む可能性があるというのです。スチュワート・モンゴメリーの助けでジャッキーとマケイラが安定した信頼関係を築くことができれば、マケイラはいまよりは幸せな子ども時代を過ごせるだろうとこれまでの様々な実践の内容をうけてタフ氏は言っています。

関わりの改善

 

リーバーマンは過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実をミネソタ大学のスルーフやエゲランドの研究では充分に強調されていないと言っています。不安定な愛着関係を健全な機能する安定した関係を育む接し方に変えるのためにはどういった助けが必要なのでしょうか。リーバーマンは親子心理療法を開発し、エインズワースの愛着理論と心的外傷につながるストレスに関する最近の研究とを組み合わせました。親所心理療法では幼児のセラピーと危機にある親のセラピーを同時におこなって、親子関係を改善し、親と子の両方を心的外傷の影響から守ろうとしています。このように親子の関係を強化することで子どもの行動を改善しようとする姿勢はアメリカ中で様々な支援方法を生んでいます。

 

ミネソタ大学の心理学者ダンテ・チケッティは137家庭を追跡し、児童虐待の経歴を記録しました。これは子どもが極めて高いリスクにさらされていた家庭の記録です。そこでは「安定群」に分類された幼児はひとりだけであり、90%の子どもが、葛藤に満ちたアタッチメントを抱く「無秩序群」に分類されていました。その後、137の家庭は無作為に治療グループと対照的群に分けられ、親子の心理療法を受けます。すると、1歳の子どもが2歳になった時点で治療グループの61%の子どもが安定した愛着関係を形成しました。その逆に「対照群」ではそれはたったの2%だったのです。つまり、このリーバーマンの親子心理療法は安定した愛着関係を育むことは問題を抱えた親にも可能であり、親と子の双方にとって極めて有益なものになるということを示したのです。

 

また、オレゴン大学の心理学者フィリップ・フィッシャーは里親制度においても実験されていました。というのも、里親制度に頼って暮らす子どもたちはしばしばストレス対応システムにトラブルを抱えていたのです。そこで家庭内の対立や困難な状況をうまく処理するためのアドバイスを6ヶ月おこなっていくと子どもに「安定群」の兆候だけではなく、コルチゾール分泌のパターンに変化が見られ、機能不全から完全に正常になっていることが見られました。

 

里親と幼い子どものための介入プログラムには、他にもデラウェア大学の心理学者メアリー・ドージアが開発した「アタッチメントと生物学的行動のキャッチアップ(ABC)」があります。これは幼児の発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応するよう里親に促すという方法がとられました。すろと10回ほどの家庭訪問をしただけで子どもたちが安定したアタッチメントを示す割合が高くなり、コルチゾールレベルも一般家庭の子どもと変わらなくなったのです。また、ドージアの支援プログラムにおいて注目すべき点は、親だけが治療を受け、子どもには何もしないところです。それでも子どものHPA軸の働きに極めて大きな効果を及ぼしているのです。

 

このことから見ても、「大人が子どもたちにどのように関わるのか」は、子どもたちの将来に大きな影響を与えるということが分かります。そして、親が家庭内の対立や困難な状況をうまく処理することや子どもの発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応することなどが挙げられていました。このことは保育に置き換えると「行事に追われるのではなく」といったことであったり、「余裕を持って子どもたちと関わる」といったことであったりと置き換えることができます。子どもと関わる大人や保育者、保護者自体にある程度の余裕や寛容さがなければ、それは子どもにとっても有益なものは与えられないのだろうことが分かります。