子どもと進化論

子ども研究の始まりが「知識はいつから持つようになった」のかという純粋な疑問から出てきたことから始まっているというのを前回紹介しました。そして、そこから赤ちゃんは何も知らない状態から生まれるという「白紙説」と生まれながらにして観念や知識をもっているとする「生得説」の議論が行われていました。そういった時代を経て、乳幼児観や発達心理学に大きな影響を与えた人物がいました。それがチャールズ・ロバート・ダーウィンです。

 

その著書「進化論」には「生物にはさまざまな個体差があり、環境に適応できる個体は存在すること、生存した個体はその形質を遺伝によって子孫に残すこと」という考え方を出したのです。つまり、環境に適応するように進化し、適応した姿を維持するために遺伝子を残し伝えていくといった生物の「進化」を見出したのです。この考えは遺伝的要因の重要性を示唆することになり、ジークムント・フロイトやジャン・ピアジェ、ジェームス・マーク・ボードウィンといった、心理学の偉大な先人たちに大きな影響を与えています。

 

「進化論」以前にもっとも主流だった世界観が「神が生命を創り出した」という創造論でした。しかし、これはヒトと他の動物との間の非連続性を強調するものでした。人は他の動物から進化したものではないという考えかたですね。進化論によって他の動物との連続性が科学的な視点から理解されると、ヒトも他の動物との連続性からヒトの個体発生について考えるといった空気が出来上がってきたのです。

 

「進化論」が発達心理学に与えた影響は「個体発生は系統発生を短縮した形で繰り返す」という生物学者エルンスト・ハインリッヒ・ヘッケルの生物発生原則(反復説)に典型的に見られます。ある個体が個体発生の中で遭遇する次の段階は、その祖先が系統発生の発展過程において通過した生体の段階を反復するという考え方です。つまり、個体発生(子どもが生まれる)中で、祖先の系統発生(過去の進化でたどってきた動きなど)は発達過程の中で見えることができ、これまでの進化の過程を学びなおしているというのです。ダーウィンも個体発生と系統発生の間に関連があると考えていて、それは彼の「先祖返り」に関する議論に見られるそうです。先祖返りとは「生物が進化の過程で失った形質が子孫にある個体に偶然に出現する」とされています。ダーウィンはある形質の発達が阻害された場合に、その形質は当該の生物が別の種と枝分かれする前の共通祖先が持つ形質に類似することがあると説いたのです。常に生物は環境によって適応しており、過去の進化の中で培った能力を使って、共通先祖である形質に似てくるというのですね。確かにチンパンジーと人間を比べても系統は同じでも、環境において違った発達をしているのがわかりますし、その反面、似ているところを見出すこともできます。

 

彼はわが子の観察日記をもとに著した「一人の子どもの伝記的素描」を「いくつかの能力の発達時期は、子どもによって、それぞれかなり異なるだろうと思っている」と個人差の問題から始めています。この中でダーウィンは乳児のさまざまな側面について記述しています。

運動面では生後数日間に見られる息子の反射行動を書きとどめ、「まばたき」が生理的なものであると断じています。感覚・知覚能力については「彼はすでに生後9日目にはろうそくを注視した」と述べ、視覚や聴覚は比較的早期から原初的には機能していることを示唆しています。それに対し、観念や推論、記憶などの認知的な能力や道徳観上は、比較的発達が遅いことも認めています。しかし、かれもまだまだ全体的には乳幼児の知的能力は低いものだと考えていたようです。

 

ダーウィンが出てくることによって、かなり根拠や理論的な子ども研究が見られてきたのですね。初めは哲学的なところから始まった子ども研究が次は思想的になり、進化論につながっていくことで、子どもの見方は多角的な議論がされてきたのですね。そして、20世紀初頭になるとIQ(知能指数)という概念が生まれてきます。この概念を作った心理学者ウィリアム・シュテルンらによって新しい考え方が開かれていきました。心の特性が遺伝的に決まっているのか、環境によって決まるのかという問題です。これが「輻輳節(ふくそうせつ)」です。