ミラーニューロンの矛盾

最近の神経科学者の中で人の共感する力に関わるものとして「ミラーニューロン」の存在が非常に注目されていました。このミラーニューロンはこれまでもたびたび登場していました。このミラーニューロンは自分がある行動を取るときも、他の個体がそれと同じ行動をとるのを見たときも、同じように活性化するというのが特徴です。つまり、このニューロンの働きにより、他者の感情や、動き、感覚、情動を自分の内部で起こっているかのように感知することができ、人の感情や情動に共感することが出来るようになると言われているのです。ただ、ゴプニックはこの理論について誤りではないかと言っています。その理由には3つあります。

 

その一つはこのミラーニューロンはサルの研究から見つかったものですが、サルは他のサルを模倣することはないということです。このことから見るといくらミラーニューロンがあるからといって、人間の赤ちゃんが普遍的に見られるあの素晴らしい模倣能力がミラーニューロンのおかげであるとは到底言えないのではないかとゴプニックは言うのです。

 

2つ目にサルで見つかったミラーニューロンの活性化は、たぶん行動の原因ではなく、結果ではないかという点です。どういうことかというと、サルが自分の手を動かすと、サルはその手が動くのを見ることになります。すると、そのうち手を動かしたときの感覚が、手が動くのを見る感覚と関連付けられてきます。それがニューロンを活性化させるのだろうと言います。ミラーニューロンによって手の模倣になるというのではなく、手の模倣を見ることがニューロンを活性化させているということです。

 

3つ目は脳の一部には物の形を識別する働きがあることは知られていますが、一方で、ごく単純な脳の動きにも、数百種類ものニューロンの複雑な相互作用が関わっていることも知られています。必ずしもミラーニューロンだけで起こることではないということですね。

 

こういった視点から見ても、赤ちゃんの模倣に、脳の何らかの仕組み、神経学的な働きが関わっているのは間違いないとしても、ミラーニューロンだけでは説明しきれないのです。しかし、そうはいっても、神経学的な起源により共感という心の動きがあるのであれば、人間の道徳的行動もそこから発している可能性はあります。他人の苦痛を見た赤ちゃんが自分も苦痛を感じるのであれば、赤ちゃんは自分が楽になるために他人の痛みを取り除いてあげたくなります。他人が喜んでいるのを見ると自分もうれしくなるならば、他人を喜ばせようとします。自分が良い気持ちになるために他人の苦痛を取り除くのは、一見利己的に見えますが、結果的に利他的行動の動機になります。

 

しかし、ゴプニックは共感という心の作用は、これとは違ったふうに利他的行動を動機づけている可能性もあります。赤ちゃんはひょっとしたら、自分の苦痛と他人の苦痛の違いが本当に分からないかもしれないというのです。つまり、赤ちゃんは誰のものであっても、苦しみを無くしたいのかもしれないというのです。偉大な思想家は「自他の境界を無くすことが道徳の基本」と言っています。つまり赤ちゃんはその境地に居るのではないかというのです。