昔と今

以前から、保育のことを考えていくなかで、学校教育に疑問を感じることが多くなってきました。保育では、「主体性」や「自主性」というものをもとに「環境をとおした」保育を考えていき、実践していこうとしているのですが、よく保護者から、「そんな保育をして小学校でやっていけるのでしょうか」という質問を受けます。

 

「勉強」と聞いて私たちはどう感じるでしょうか。ベネッセが2014年に行った実態調査に「勉強をする理由」のアンケートを行いました。そこで76.3%の小学生は「勉強しないといけないと思うから」と回答しました。それが中学生になると「将来いい高校や大学に入りたいから」に78.4%が答えました。どうやら、今の時代学校教育を受ける生徒たちは「知る楽しさ」や「勉強することの楽しさ」よりも「しなければいけない」という義務感で勉強していたり、「将来何をしたいか」というよりも「いい大学に入る」というように大学に入ることが「手段」ではなく「目的」になっていることが多いようです。

 

話は変わりますが、以前NHKの歴史ドラマで「坂の上の雲」を見ました。明治維新の頃、主要産業が農業といった列国とは大きく遅れた日本が世界に名を連ねるほどの大国になり、日露戦争でその頃最強と言われたロシアのバルチック艦隊やコサック師団を破っていくほどの発展を遂げていきます。その日本が発展していく過程を見ていくのは胸を熱くする思いです。そして、劇中の登場人物は日本が発展していくことに夢を見て、切磋琢磨していきます。その頃の人たちにとって「勉強」や「学習」といったものはどうだったのでしょうか。そこには「勉強しなければいけない」という思いはなかっただろうと思います。

 

このことを例に挙げたのは決して戦争を理想化するのではなく、今の時代の「勉強はやらなければいけないもの」と明治時代の日本国の発展における人々の「学び」の意味を比べると、明治時代の人々は日本が世界に向かう国になっていくことを「夢」に見、発展し、時代が進んでいくことに「わくわく」したのではないかと思うのです。そして、なにより、なぜ、これほどまで急速に日本は発展していくことが出来たのだろうかということです。

 

2016年の内閣府の「今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの~」の調査に置いて、自己肯定感において諸外国の子どもたちが70~80%くらいなのに対して、日本は44%しかおらず、諸外国に比べると低いことが分かりました。将来の希望に関しても、諸外国が80%~90%なのに対し、日本は66%とこれも低いことが分かります。日本において若い人たちは将来に対してや自分に対してネガティブな印象をもっているのです。悲観的になるのではなく、将来にポジティブになっていくにはどうしたらいいのでしょうか。保育や教育において、子どもたちにどういったことを伝えることが、将来明るい印象を持って、社会に生きる力を与えることになるのでしょうか。

言葉の発達する環境

最後の言葉の獲得につながる土台は「物の認知」です。言葉の発達は物の認知にも大きく関わるのです。これは前回のコミュニケーションの内容でもお伝えしていましたが、赤ちゃんの関係性は発達するにつれて、1項関係から2項関係、それからものを介した3項関係になっていきます。物というのはそれ自体を介在として、大人や他者との関わりをもたせるツールとなります。また赤ちゃんは物を通して、触ったり叩いたりします。その中で、物について知識をつけていき、それが増えてくると、様々なものや出来事を分類し、それに名前を付けて整理していきます。

 

1歳頃になると、歩行も可能になり、身近なものや人間に能動的に働きかけます。そして、動作模倣や音声模倣を通して、周りの世界を取り込んでいくのです。言葉を獲得していくなかで物をどう認識していくのかというと、その過程の中では、子どもは物をいくつかの事物に共通の意味を見出して同じグループのものとして扱ったり、同じ名前で読んだり、同じやり方で反応したりする能力が必要としていきます。1歳児頃になると、この「言葉(記号)」と「言葉(記号)によりあらわされるもの」とが対応してくるのが分かり、少しずつ語彙を増やしていくことになります。そして、物の名前や特徴を記憶するとともに、「あるものを、それとはことなるものであらわすはたらき」であるとみなす「象徴機能」を使って、「砂」をつかって、「ケーキ」をつくるといった物のイメージを広げていくことになるのです。

 

このようにこれまで、紹介した4つの言葉を獲得する土台を通して、子どもたちは言葉を使えるようになり、語彙を増やしていくことにつながっていきます。どの機能も当然のように必要になってくる能力です。こういった土台を使うことが出来る環境が多いほうが子どもの言葉の獲得というのはよりよく伸びていくのだろうと思います。

 

では、一番初めの要因「幼稚園に3歳児から入園した子どもの課題」として、私が感じた子どもの語彙の少なさを照らし合わせるとどうでしょうか。私はこれまでの土台としてあった。①音声を聞く(音声知覚)➁音声を発する(音声表出)③コミュニケーション(対人関係)④物の認知(対物関係)といったものの経験が少ないということも少なからず関係しているのではないかと思います。少子社会になり、家庭において子どもが少ない核家族家庭が増えてきているように思います。そういった環境の中で、子どもたちが言葉や会話に触れる機会や使う機会が母親とだけでは少なくなって入りするのではないだろうかと感じます。それに比べ、乳児期からの保育を経験した子どもたちは子ども同士の関係性や関わり、そして、保育者との関わりを通して、言葉に触れる経験が多いことも要因としてあるのではないだろうかと思います。しかし、これには一つの条件があります。よくある担当制で子ども対大人といった関わりだけを中心にするとこういった言葉の発達は見られないかもしれないということです。大人が子どもと関わることについて、こういった土台をどう保障し、保育の中に落とし込んで考えていくのか、こういった環境構成をしっかりと捉えなければ、子どもたちにとって経験や体験を増やす機会になりません。様々な研究から見えてきたことを「生かす」ということもしっかりと考えていきたいと思います。

言葉を獲得する基盤③

言語の獲得における土台の3つ目は「コミュニケーション」(対人関係)です。言葉を発しない赤ちゃんはコミュニケーションを取っていないかというと、決してそういうわけではありません。表情や視線、音声、身振りなどを用いて自分の欲求や意志を示し、他者とコミュニケーションを取ろうとしています。赤ちゃんのこういった時期にはすでに人の顔に似た図形に興味を持ち、人から発せられる感覚刺激に特別な反応を示すことから、人が人と積極的に関わろうとする力は、生得的なものであると考えられています。

 

では、この赤ちゃんの姿がどのように言語獲得に影響があるのかというと、4ヶ月頃になるといろいろな音の発声が可能になり、音声や表情で自分の欲求を示し、それに応答する他者との間に情緒的な絆が形成されるのです。6か月頃の子どもは喃語や反復喃語も表出し始め、まるで言葉を発しているようになってきます。そのため保育者の働きかけを喜び、応答を通じてコミュニケーションが豊かになってきます。大人の話す言葉の意味は分からなくても、褒めているのか怒っているのか、相手の表情や抑揚から理解できるようにもなってきます。短期記憶の発達に伴い、「いないないばあ」の遊びや、動作模倣も発達し「おつむてんてん」を楽しめるようになってきます。9ヶ月になると、自分と他者、自分とものという2項関係の認知世界から、自分と他者と対象物という3項関係の認知世界へと移行します。たとえば、物を受け渡したり、玩具を他者に得意げに見せたり、指差しといったことも出てきます。他にも受取る役と渡す役を交互に演じることも行い、双方向のやりとりが可能になってきます。このような3項関係の成立によって、相手の意図や欲求が表情や身振り、簡単な言葉のイントネーションから推測できるようになります。このやりとりが、後の対話の基礎となるのです。

 

その後、1歳3か月未満頃には有意味語が出始め、音声や身振りで意志表示をすることにも意欲的になってきます。コミュニケーションが一層発達する1歳から2歳頃になると、片言や動作などで親しい人に自分の意志を伝えるようになり、動作模倣や象徴遊びをもとに「言葉」と「言葉が表すもの」を理解するようになります。2歳以上になると、それまで大人へのコミュニケーションだったものが同年齢の子どもにも関心が向くようになり、ごっこ遊びなどを通じて、認知の発達や言葉の獲得が促されていくと言われています。

 

子どもたちは子ども同士のやり取りや大人との関わりを通して、言葉を獲得していくのだということが分かります。つまり、関わる経験や体験が多いことが言葉の獲得につながるのです。私はこれが3歳児から入園してくる子どもたちの言葉の発達の差異に見えてくるのではないかと感じられます。どうしても家庭だと、大人とのやり取りは起きていても、子ども同士の体験は少なくなります。そして、大人が子どもの相手をすると言葉を掛けることもありますが、先回りして子どもの相手をしてしまうともあります。つまり、乳児期からこども集団に居る子どもたちよりも経験や体験は少なくなっていることが言われるのではないかと思うのです。今の時代は少子化が進み、家庭の中でも子ども集団というものが少なくなっている時代です。関わる相手が大人だけであることも状況として多くあるという事を意識する必要があるように思います。そして、その環境を考えることが幼稚園においても重要な意味があるということをかんがえなければいけません。

言葉を獲得する基盤➁

前回、言葉の獲得の基盤となる1つ目の基盤「音声知覚」を紹介しました。まず「聞く」ということですね。その次となるのが「音声表出」です。つまり今度は「音を発する」ということです。発話には聴覚機能の発達とともに、音声器官の発達が不可欠になってきます。でなければ、言葉を使って関わることができません。乳児はこの音声器官における構造は未発達です。そのため、段階を踏んで発達していきます。

 

初めの誕生から2か月くらいまでは不快な状況での反射的な泣き(叫喚)、げっぷ、しゃっくりを発するくらいで、発声できる態勢にはなっていません。それから音声器官の発達とともに、「クー」や「アー」といった母音を中心とした音声を発するようになります。これがクーイングです。4か月ごろになると喉の構造が変化し、声を上げて笑うようになり、まわりの大人との心の交流を図り始めます。5カ月ごろになると、不明瞭ながらも母音と子音の組み合わせの音声を発するようになり、喃語が始まります。6か月頃になると「バババ」といった子音と母音をからなる音声を繰り返す反復喃語が多出し、1歳前後に初語の獲得時期を迎えます。「マンマ」など、一語文で、意味のある言葉を発するようになります。2歳前後になると、発語はより明瞭になり、2語文の発話がなされ語彙が増加していきます。このとき、助詞も使い始めるようになります。

 

この二歳児の頃の発話の爆発的な増加は保育をしていると非常によく感じます。2歳児なので実際のところは1歳児クラスの子どもたちです。では、その子どもたちは2歳になったからといって、必ずそういったそういった発達がおきるのでしょうか。ではなぜ、個人差が生まれるのでしょうか。このことに影響してくるのが3つ目の基盤「コミュニケーション」です。そして、前回紹介した中で3歳児入園の子どもたちの語彙が乳児から入ってきた子どもとに差があるのも、これに関係しているのではないかと思います。

 

このコミュニケーション(対人関係)において、赤ちゃんはもちろん小さい頃は言葉を発しません。しかし、赤ちゃんの前言語期においてでも、表情や視線、音声、身振りなどを用いて自分の欲求や意志を示し、他者とのコミュニケーションを図ろうとします。それは新生児でも、母親や周囲から発せられる育児語に同調するかのように手足を動かして反応します。このようなことから人が「人と関わる」ということは後から身につく能力ではなく、生得的な能力であると考えられています。

 

では、このコミュニケーションは赤ちゃんの活動において、どのように変化していくのでしょうか。

言葉を獲得する基盤➀

以前、学会での発表で、3歳から幼稚園に入園した子どもが1歳から入園した子どもたちに比べて、語彙が少ない印象があるという事を発表しました。ただ、これはあくまで自園の職員に聞いた感覚的な印象であるため、証明されたわけでもなく、3歳から入園したからといって語彙の獲得ができないというものではありません。では、子どもたちはどのようにして語彙を獲得していくのでしょうか。

 

子どもの言語の獲得は1歳前後から2半ごろまでといった非常に短い期間の中で獲得していきます。そして、語と語を一定のルールに従って結合し、構造化された発話をするようになります。3~4歳になるとどの子どもも、まわりで話されている言語の主な要素を獲得するようになります。この言語の習得ですが、これには生まれ持っている能力を基盤とすることと、環境からの要因によって発達していきます。つまり、環境からの働きかけがなければ発達していかないと言われています。そして、言葉の獲得のために、前言語期の重要性があげられています。

 

この前言語期は「意味のある言葉を発するのではなく、他者の言葉に敏感に反応したり、五感を通じて物や人と関わったりするなど、言葉を獲得するための準備期間」にあたる期間のことを言います。そして、その前言語期において言葉の発達を支えるものに4つの基盤があるといわれています。

 

その一つが「音声知覚」です。これは簡単に言うと「音を聞く」といことです。赤ちゃんは生まれながらこの音声知覚を持っていると言われており、様々な音の中から音を聞き取る能力や聞き分ける能力は乳児期の早い段階から発達していると言われています。たとえば、生後間もない赤ちゃんに人の話す言語音と機械音を聞かせると赤ちゃんは機械音よりも、人の話す言語音の方をより長く注意を向けることが知られています。ほかにも母親の声と他の女性との言葉を聞き分けて、母親の語りかけに対して手足を動かして反応します。

 

子どもは当初母語に依存しない音声知覚能力を持っていると言われています。その一つがたとえば赤ちゃんは生まれた直後は英語の「L」と「R」の違いが分かるとされています。しかし、意味のある言葉を発するようになると母語に存在しない音韻の違いは聞き分けられなくなり、母語の言語体系に適した音声知覚能力となっていくのです。

 

赤ちゃんは生まれた直後から決して、受動的に存在しているのではなく、常に頭の中をフル活動して、周りの音を聞き分けながら、音韻や音節を聞き分け、自分が環境の中に適応していくために、様々なことを取り入れようとアンテナを張っているということが分かります。では「音声知覚」の他にどういった言語を習得するための基盤があるのでしょうか。