赤ちゃんの模倣

道徳性は「他人と自分の関係についての基本的な考え方」とゴプニックは言っています。つまり、それは自分の気持ちだけではなく、他人の立場に立つことが想定できていないとできない部分があります。そこで重要になってくる能力が「共感能力」です。また、その始まりに新生児の頃から他人に共感できるだけではなく、自分が相手と感覚を共有しているということも認識できているということが分かってきています。新生児の頃から相手の感情を自分に取り込めるのです。では、こういった研究はどのように進められ、どのように解明されてきているのでしょうか。

 

これまで、この新生児の活動はあまり深い意味としては注目されていませんでした。しかし、このような新生児模倣は、赤ちゃんに生まれつき備わった深い共感能力を示すものだと分かってきたのです。たとえば、新生児は人の表情をまねします。しかし、新生児は自分の顔を一度も見たことはありません。そのため、他人の表情を模倣するときは自分の感覚だけが頼りです。たとえば、母親の顔からピンクのものが出くるのが見えたら、それを自分が舌を出す感覚と結びつけられなければ、真似はできません。ところがなぜか新生児は自分が舌を出すときの感覚は、母親が舌を出すときの感覚と同じだと知っています。つまり、特定の表情は特定の運動感覚を反映していることを、なぜか生まれつき知っているのです。

 

顔の表情は、運動感覚だけでなく情緒も反映します。世界中どの国でも、唇の隅をキュッと持ち上げ、目の周りをしわくちゃにしたら、それは幸せな表情です。歯をむいて眉を顰めたら怒った表情です。赤ちゃんは舌を出すといった簡単な仕草ばかりでなく、感情のこもった表情も真似することができます。つまり、顔の表情を、運動感覚だけでなく、情緒とも関連付けられるのです。

 

この感情のこもった顔を赤ちゃんが模倣することで情緒を豊かにする訓練をしているのではないかとゴプニックは言います。感情のこもった表情をすると、それだけでその感情がわいてきます。これは以前、紹介した「シンク・シビリティ 礼儀の正しさこそ最強の生存戦略」にも礼節を持つ一つの事柄に、「まず笑顔でいることの大切さ」を紹介していました。また、アフガニスタンで駐留しているアメリカ人が現地の人に囲まれたとき、指揮官が銃を下ろして、笑顔を見せることを部下に命じたところ、現地の人との有効な関係が作ることができたというように、笑顔は自分のみならず、相手にも大きな影響を与えます。赤ちゃんにとってはこういった感情のこもった表情をすることで、自分が何だか幸せな感じがしてい来るのを感じ、相手もそうなのだろうと推測するのです。

 

赤ちゃんの模倣は生得的な共感能力の表れであるとともに、その共感を広げ、精緻にしていく手段でもあるのです。赤ちゃんはうまれつき、ママの喜びや痛みは、自分の喜びや痛みと同じものだと知っています。そこからさらに、いろいろな表情の模倣をしながら、人間の複雑な情緒を学んでいくとゴプニックは言います。