動物実験から見えるもの

小西氏はつぎに「刺激の有無が生物の生育にどのような影響を与えるか」を調べた二つの実験を紹介しています。その一つ目が、D・H・ヒューベルとT・N・ヴィ―ゼル(共にノーベル医学・生物学賞受賞)が行った仔猫の実験です。これは生まれたばかりの仔猫の片目を完全に遮断し、数週間そのままにしておくとどうなるのかという実験です。結果としては、仔猫の遮断された側の目は普通に開けることができても、目に映ったものが何であるかを認識する機能は失われていました。生後間もない時期に脳に適切な刺激が与えられなかったために、脳の視覚野が発達できなかったのです。

 

次に、心理学者グリーノーらによる豊かな刺激と貧しい刺激に関するラットの実験です。遺伝的に同じラットの子どもを2つのグループに分け、一方にはえさや水だけの環境を、もう一方には餌や水だけでなく、広い場所と様々な玩具などを備えた豊かな環境を与えました。つまり、前者は刺激が少なく、後者は刺激の多い環境で育てたのです。すると、成長したラットの脳には、はっきりとした差が出ることが分かりました。豊かな環境に置かれたラットの脳の方が、そうではないラットに比べて重く、シナプスの数もずっと多かったのです。しかも、それだけではなく、迷路を使った実験でも、豊かな環境で育てられたラットの方がいい成績を収めたのです。

 

では、この2つの実験はどういったことを示しているのでしょうか。まず、1つ目の仔猫の実験です。この実験の示すものは、「生後間もない時期に適切な刺激が与えられないと、使われない脳の神経細胞が退化してしまう」ことを意味しています。しかし、これも「オオカミ少女」の話と同じで、刺激の遮断という極端な状況を設定した実験であり、これを持って学習の時期を限定した早期教育が必要、というのは飛躍しすぎていると小西氏は言っています。

 

後者のラットの実験はというと、これを人間に当てはめると「より刺激の多い豊かな環境に乳幼児を置いたほうが、脳が発達する」といえるように思います。しかし、ここには大きな問題があると小西氏は言っています。このとき実験に使われたラットは日齢(生後)21~24日で、その後30日間異なる環境で育てられた後、日齢50日で解剖が行われています。これは何を意味するかというとラットは通常日齢45日で繁殖が可能になります。つまり、この実験で使われたラットの日齢50日というと、乳幼児期ではなく、少年期から成人するまでの期間にあたるといえるのです。そのため、後にグリーノーは、1歳(ラットとしては老年にあたる)のラットで同様の実験を行います。するとやはりシナプスの数に差が出たのです。このように動物実験においては、時期の設定が人間とは違うので注意が必要です。この実験からは成育環境と脳の発達の関係を見る上では意味があっても、乳幼児期の脳への影響を考えるには不適当ではないかというのです。

 

動物を使った実験というのは、確かに実験としては様々なことが見えてきます。しかし、その受け取り方をしっかりと分析し読み取らなければ、勘違いされた解釈になりかねません。特に時期を限定する(たとえば、今回では乳幼児)とするものであればなおのこと気を付けなければいけません。ただ、今回の実験では脳と環境というのは何らかの因果関係があることが分かってきました。そして、刺激があることで脳に影響が出てくるということも見えてきました。

 

次に、小西氏は実際に人間の赤ちゃんを使った認知能力の高さを示す実験を紹介します。