リーダーシップとしての関わり

吉田松陰の師弟関係は「師弟同行」と言われるほど他の塾生と同じ立場で議論することを大切にしていました。それは松陰亡き後、弟子たちも同じように他の塾生に関わっていきます。松下村塾において松陰亡き後をまとめた久坂玄瑞のリーダーとしての役割は「真理を追究し、時代の改革者たろうとする建学の志を高く掲げ、進むべき道を明らかにすること」を求められました。その中で他の塾生と同じ立場で議論し、悩み、行動し、しかもリーダーたらねばならぬ認識から、一時の感情によってではなく、冷静に進むべく道を求め続けたというのです。

 

この姿勢はリーダーとしての志として見習うべきところが多くあります。しかし、そのためには同じ立場での議論ができるだけ周りの人を認め、信頼する関係性をつくらなければいけなかったり、進むべく道を求めるためには、自分自身の私欲や顕示欲を捨てたりする必要があります。また、それと同時に周りの意見からも学ぶことができるだけの度量や器がなければいけません。真の志に向き合う誠実さとそれに応じた謙虚さがリーダーには必要とされます。「型」にこだわりすぎると「実」を見抜けないこともあります。そのために、普段からアンテナを張り、知識を得て、裏付けをもとにした選択を行える準備をしていなければいけないのでしょうね。

 

また、久坂玄瑞は入江杉蔵に向けた手紙を送りますが、そこには命令口調はありません。「〇〇は読まれましたか。お読みになるなら送ります」「○○を学ぶのが良いと思います」とか「(あなたの)識見は相当なもの。到底僕などが及ぶところではない。(ムダな本を読んで)いたづらに、歳月をもてあそぶことはやめてほしいと思う」というような書き方がされており、そこにも師弟同行といった姿勢が貫かれていました。

 

この文章を見ていても、相手の技量を認めるところはしっかりと認めていたうえで、より良くなるための「提案」をしています。ある先生に「無いとこねだりではなく、あるとこ探しをしなさい」と言われたことがあります。それと同様に相手の素晴らしいところをしっかりと「認める」ということの重要性がこの文章から見えてきます。そして、「あるとこ探し」をする姿勢というのは、逆に「短所を言い換えて長所として見る」ということでも言えます。この姿勢が無ければ、同じ立場になるということが出来ませんし、議論においても発言は無くなっていくのだろうと思います。

 

こういった松下村塾のリーダーシップがあることで、松陰の死後においても、塾生たちは成長を続けていくような組織風土になっていき“同行の連鎖”として脈々と伝承されていったのだろうということが分かります。