働き方と時代

職員の働き方と業務内容を考えると思うことはたくさんあります。保育という業態である以上、様々な問題が出てきます。業務としては、各種行事における会議や職員会議、次の日の教材研究や、研修といったように様々あります。細かなクラス会議なども入れると必要に応じて多種多様あり、単純な保育業務以外の時間を使うことになります。また、それとともに保育園や認定こども園は職員がシフトで動くため、みんなが集まる時間の確保を効率よくするためには様々な工夫をしていかなければいけません。

 

今の時代、特に頭を悩ますのが研修の仕方です。シフトで動くと15時には上がる先生がいます。しかし、夕方の18時ごろにならなければ、全員の職員が集まることは難しい。では、土曜日にしたらいいのかというとその日は土曜日出勤の先生もおり、結局のところ全員が話を聞くという時間を確保するのは難しくなります。また、それによる残業時間というものもなかなか難しい。働き改革というものはなかなかに頭を悩ませます。

 

ただ、今の時代はリモートでの活動ができるようになったので、全員が共有してほしいものは各々の時間や場所においてリモートであったり、動画視聴によってカバーできるケースが出てきました。こういった時代にあったツールを利用することも非常に有用であると考えられます。

 

しかし、そうすると今度は意見交換や意見のやり取りをつなげた職員間の共有やコミュニケーションといった研修はどのようにしていくかという問題も起きています。インプットだけの一方的な情報を得る研修であればそれは可能ですが、それだけでは情報を得て現場にフィードバックすることは難しいところがあります。これが今の様々な現場で起きているコミュニティづくりの難しさなのかもしれません。

 

インプットとアウトプット、その評価を通しての次への展開にもっていくことにどう進めていくのか、この内容を書いている中でふと感じていくのが、経営者や管理者自身がいかに現場を信頼するのかなのかもしれません。あくまで管理者は情報を与えることしかできません。結局のところそれを実現していくのは現場なのです。うまく現場が動くことができないのであれば、その内容を見て、改めて情報をアップデートする必要があるのだろうと思います。それから先はどう任せていくのかを信じなくてはいけません。

 

今の時代と研修といった新しい情報と現場とをつなげる形作り、まだまだ悩むところばかりです。

退職代行

 

最近、退職代行という言葉を初めて聞きました。そういった業態があるということ自体にびっくりしているのですが、最近の若い子たちにとってこういった代行サービスを使って退職することが当たり前になっているそうです。その内容を調べてみると、退職代行を行っている会社の中には弁護士が行っている場合もあり、それもあってか仮に会社に訴えられても対応できたり、会社からの電話や訪問に関しても無視して対応を行うということも行っているようです。

 

また、その背景には職場のパワハラ体質、退職の意思を伝えると退職まで不当な扱いを受けるかもといった心配、退職交渉が気まずい、職場の人と関わりたくない、引き留めを断るのが面倒といった理由が多く、一番多いのが有休消化や退職金などの権利をこうししてやめたいということだそうです。これらの理由を見ているとその人の性格やパーソナリティ的なものもある一方で、会社の体質により、こういった代行サービスを利用しないとやめづらい状況もあるということが伺えます。それぞれの理由を見ていくと一概に退職代行を使うということが悪いこととは思いませんが、やはり人とのつながりの中である社会において、お互いが納得しないような形での離職が起きてしまうというのは残念に思います。

 

それと同時に、こういった退職代行サービスが使われる時代的な背景もこれによって見えてきます。有給休暇や退職金などの権利を行使したいという理由からは逆にいうとそれらが職場によって保障されないということが見えてきます。また、パワハラや退職を伝えると不当な扱いを受けるというのは、そういった職場が未だにあるということが問題になってきます。しかし、その反面、引き留めるのを断るのが面倒や退職交渉が気まずいというのは、その人自身のコミュニケーション能力によるものに感じます。

 

何にしても会社は社員のため、逆に社員は会社のため、保育園や幼稚園でいうと、施設側は職員のため、職員は園のためといったような双方の思いやりが必要とされるのでしょうね。こういったことは私自身も悩むところです。園の理念に向かうことの必要性と職員の方々の理解やモチベーション、これまでのようなトップダウン形式の風土ではなく、個々人が一つの目標に向かって、集団全員で共通理解し、共有していく風土というのはこれからの社会においては非常に重要になってくるのだろうと思います。

まだまだ精進

相手の良いところを探すというのはなかなかに難しいことです。これは会社や人間関係だけではなく、保育や教育においても同様のことが言えるような気がします。どちらかというと私も人を褒めることは苦手で、ついイライラしてしまって相手に言葉を投げかけてしまうことがたびたびあります。そのたびにどううまく相手との関係を作っていけばいいのかと考えることばかりです。

 

最近では、様々な育児書を読むというよりも、マネジメントの本を読むことがおおくなりました。そういった意味でマネジメントに悩んでいるのですが、その反面、マネジメントやコーチングの話はそのまま保育や子どもをどう見るかという姿勢と非常に共通しているという事に思うことも多くあります。

 

たとえば、今読んでいる佐久間亘志の「ずるい仕事術」にこう書かれていました。「どうしてもいやな人と仕事をするとき、おすすめの方法がある。~~相手とのやり取りを不毛なバトルに発展させないためのテクニック」というところからコントのタイトルこーるのように「コント:性格の悪い人」とコールを入れるだけで自分と相手を客観的に眺められるようになり、こうやって相手との関わりを客観的に見ていくことで、「後でどうやってネタにしよう」と面白がるようにしているそうです。

 

この「面白がる」という考えは育児においても、保育においても大切な要素であるように思います。ある先生がうちの園に見学に来た時に子どものいたずらに対して「よくその発想が思いついたね」といたずらを肯定的に見ていました。一見人から見るいたずらといったネガティブな行動も、その人から見ると可能性のある活動として捉えたのです。

 

また、佐久間さんは「悪口はコスパが悪い」とも言っています。悪口を言っていると自分が相手の欠点に目を向けやすい状態になると話しています。最近では自分がまさにこの状況で、よくよく気を付けていないと、よく陥ってしまっているように思い反省する内容です。しかし、これも保育の中や育児において同様の状況はあるように思います。子どもの様子をどうポジティブに見るか、一度深呼吸して今の自分の状況を客観的に見てもいいのかもしれません。

 

最後に「人を褒めるのが苦手、良いところを見つけるのが苦手という人は、同僚を褒めたら相手の評価が上がってしまうかもという対抗心や嫉妬心がその理由になっているのかもしれない」とあります。これは保育というよりもマネジメントの中での話ですが、この言葉は自分自身にとても響いた言葉です。つい、悪口を言ってしまうことが最近あり、人の悪いところばかりを見てしまい、「どうしたらいいのか」と迷っていましたが、こういったポジティブな人の本を読むと、自分自身まだまだ人としての器が小さいという事を痛感します。

 

GWが終わる、、

今、GWを終えて新幹線で新大阪駅に向かっています。明日から仕事だと思うと気が重いのですか、決して仕事が嫌いなわけではありません。色々と悩まされることもあるし、楽しいだけではないのですが、保育という仕事はやりがいのあるものです。

 

自分は今役職について先生たちとコミュニケーションをとりながら保育をしていますが、先日保育園でこんなことを話しました。「私は先生たちの相談には乗りますし、保育のビジョンは話せます。しかし、それを実行に移すことはでしないですし、それをするのは先生たちです。私ができるのは思いを託すことだけです。」そうなんです。私ができることはない思いを託すことしかできないのです。いくらいいことを思っても、それを先生たちが良いと思ってくれないと実現はできません。これはどの仕事でもそうだと思います。

 

どうやったらこのことが実現するのか、永遠の課題となりそうです。でも、今はそう言わせてもらえる環境があるだけマシかとも思います。ここまで言い切るのはこれまで怖かったということもあります。「はいはい、また言ってるわ」と、思われることが怖かったのもあります。しかし、今は言えるのは職員の皆さんを信じることができるようになったからなのだろうと思います。今ある環境をありがたいと思える。これは自分の成長なのかなと思います。

少子化対策

未曽有の少子化と岸田総理大臣が言っておりますが、果たして金銭的な対策だけで対応できるのでしょうか。このことについて、日経新聞の2023年3月28日の記事に「子育て世代の幸せな姿 重要」という記事が書かれていました。この記事を書いたのは関東学院大学教授の吉田千鶴教授です。吉田さんは少子化対策について3つのポイントを挙げています。「結婚意欲も希望子ども数も低下傾向が続く」ということ「夫の家事育児参加へ男女間賃金格差正せ」「子どもとふれあう機会を増やすのも有効」といったポイントを挙げていました。

 

特に参考になるのが経済学での「幸せ」視点です。1つは子どもを持つ喜び、2つめは物質的豊かさ(消費量)、3つ目は余暇時間量(好きなことに使える時間)です。そして、人は自らの嗜好に基づき、最も幸せになれるよう子どもの数、労働時間量、余暇時間量を決めるのです。しかし、これには問題がこの三つの要素を同時には増大させることはできないということです。労働時間を増やしてより多くの所得を得れば消費量は増やせるが、余暇時間は減ります。所得が増えれば子どものための支出は増やせるが、子育てに使える時間が減ります。こういったロジックで子どもを持てる数には限界が出てくるというのです。

 

3つの要素は大きく分けて、「子どもの数」と「時間」という事に分けられます。少子化の問題においてはこの余暇時間量と労働時間量というのは大きな影響があると言います。子育てにおいて、未だ日本は男性の育児参加というものは少なく、多くは母親がまだまだ担当することが多いです。そのため、余暇の時間はほとんど育児に費やされます。そのため、大人の時間を作るために子ども1人で余暇を確保するほうが幸せになれると感じる母親が多くなっているとあります。これは昨今のYouTubeやテレビに育児を任せる親の問題につながるように思います。そうでもしなければ自分の時間というものが確保できないのです。さらに母親がより幸せを感じるために消費量を上げるためには労働時間の問題も出てきます。母親の昇進や仕事のライフバランスを考えるとどうしても子どもに向かう時間というものが削られていきます。少子化により労働力も減ってきている世の中を考えると、こういった労働者の確保というのも重大な問題です。そういった時に夫の育児参加というのはとても大きな改善策になります。日本がここに課題があるというのは、OECD所得の内、日本は男女の賃金格差は未だ大きいほうであるようです。また、男性と女性では家事育児で使うことによる経済的損失の大きさは違うとも言われているようです。こういった男女差の是正は今後求められていくでしょうね。

 

その他にも、若者世代が結婚しなくなっているということも大きな問題です。若者たちが子どもをもつ喜びを鮮明に想像できるようにし、結婚意欲を高めることも重要です。これは「結婚しろ」といっても高まるものではありません。ここで吉田さんが言っているのが若者が赤ちゃんや小さい子どもとふれあう機会がよくあると答えた人ほど、「いずれ結婚するつもり」と回答した男女が9割と、結婚意欲が高い傾向が見られたそうです。つまり、現役で子育てする世代が子どもをもって幸せでなければ少子化は無くならないと言っているのです。

 

これは保育においても何でも言えることなのですが、人は正論では動かないということなのかもしれません。「産め産め」といっても、少子化は止まりません。やはり子育てしている世代が楽しそうに、そして幸せそうにしていないと子どもを持とうとは思えないのは当たり前のことなのです。そして、その解消に労働時間や余暇時間というものは大きく関わってくるのだろうと思います。自園でもお子さんを持たれた先生が多数います。そういった先生たちが働きやすくする環境作りをどう作っていくのかは大きな問題となっています。しかし、そのしわ寄せが子育て以外の世代に降りかかってしまうのもよくありません。どうそのバランスを持たせるのか。それは社会時代の子どもに対する子ども観は大きく変えていかなければいけないのでしょうね。