緩衝材としての大人

ニューヨーク大学の心理学者クランシー・ブレアは、1万2千人をこえる幼児を生後まもないころから追跡するという大規模な実験を行いました。子どもが生後7か月のころから初めて毎年、ストレスのある状況に反応してコルチゾールのレベルがどれだけ上がるかを計測したのです。そして、この実験はアロスタティック負荷がわかる必要最低限の数値、つまりストレスにいかに対処しているかを評価するシンプルな方法です。家庭内の騒動や混乱、人の出入りといった環境上のリスクが子どものコルチゾールの値に大きな影響を及ぼすことをブレアは発見しました。しかし、それは母親が無関心であったり、無反応だったりした場合だけであった。つまり、母親の反応が高ければ、環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼ消えてなくなるようだった。いいかえれば、質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージをやわらげる強力な緩衝材として働くのです。

 

ワーキングメモリの実験をしたエヴァンズは、ブレアと似た実験を続けていました。ただし、その対象は中学生です。エヴァンズはそれぞれの子どもから3種類のデータを集めましたまずは①累積されたリスクの値。これは近所の騒音から家庭内の軋轢まであらゆるものを考慮に入れた値です。②アロスタティック負荷の測定値。血圧や尿中のストレスホルモンのレベル、肥満度、指数などを含んだもの。③母親に関する質問への子どもの回答と母子で一緒にジェンガで遊んでいるところを研究者が観察した結果を総合したもの。これらの3つデータを集めました。

 

すると、環境上のリスクの値が高いほどアロスタティック負荷の値も高いということが見えてきました。ただし、母親が子供に特別の関心を寄せているのでない限りです。では、逆に特別な関心が寄せられている場合にはどうだったかというと、その場合には家の中が過密であるとか、困窮しているとか、家庭内に騒動があるなどといった環境からくるストレス要因はすべてないものと同然になったのです。ジェンガのゲームの最中に母親が子どもの感情の動きに敏感であったら、子どもが人生で直面する苦境がアロスタティック負荷に影響を及ぼすことはほとんどないのである。

 

保育において「共感」は非常に重要な要素であることはいうまでもありません。しかし、少し手のかかる子どもとの関わりは時間がかかったりすることもあります。一人担任であればなおさら、そういった子どもとの関わりをじっくりするというのは難しくなります。しかし、先の子どもたちの育ちや発達、将来の影響を考えると大人も粘り強く共感したり、関心を持っているということを伝えていくことが子どもたちの「最善の利益」につながっていくのだと思います。面白いことに、こういった事例は自分が保育をしていく中でも多々巡り合う機会があります。保育をしているときはとても手がかかり、喧嘩も多い子どもだったのですが、その都度、うまく子どもの気持ちを汲み、共感を基とした関係性を作っていくと、小学校で見違えるような成長を見せてくれることがあります。保育をする上で大切なことは関わる中で「すぐの効果」を見るのではなく、「先伸びする力」を信じることなのだと思います。