若返る脳

人間の脳は非常に面白いもので、実は脳自体は1万2000年ほど前の原始時代から大きさは変わっていないそうです。そして、活発に動くことで脳はより敏感に反応するようです。ある動物実験では、ゲージで飼育されているマウスのうち、回し車をこいだマウスの脳は老化が遅いことがわかっています。これは人間でも似たような実験をしています。それは60歳の被験者を週に数回ウォーキングをするグループと同じ頻度で心拍数が増えない程度の軽い運動をするグループとを設け、MRIによる脳の検査を行います。その際、脳の働きを調べるために、各種の心理テストを受けながらMRIを行います。それを実験時と一年後にチェックします。すると、脳の領域が個別に活動していることが分かったそうです。側頭葉が後頭葉や前頭葉と複雑に連携して、活動することが明らかになりました。またこの発見は被験者が健康になっただけではなく、各部位が連携をしたことにより、脳全体の働きが1年前より向上したことが見られました。これはウォーキングを通して、体を活発に動かしたことで、脳内の結合パターンに良い影響を与えることが分かったのです。つまり、脳の加齢進行が食い止められ、若返ったといえます。

 

それだけではなく、定期的なウォーキングは「実行制御」といわれる認知機能(自発的に行動する、計画を立てる、注意力を制御するといった機能)が向上していたことがわかりました。これは体を活発に動かした人の脳は機能が向上し、加齢による悪影響が制御され、脳が若返ることを見られたのです。つまり、運動によって脳は物理的に変えられるのです。そう考えると昨日の「スマホ脳」を見ても、脳は非常に柔軟に変化することが見られますね。それと同時にやはり運動するということは非常に人間が生きる上で重要な活動でもあるということが見えてきます。

 

子どもたちを見ていると常に動き続けています。特に乳児期の子どもたちは本当に止まることがないくらい動いているのは脳を発達させるための行動を四六時中行っているからなのかもしれません。そう思うと子どもたちの動きにも何かしらの意味があるように思います。単に体をうごかしているのではなく、脳を発達させている過程の現れ方だと思うと一つ一つの子どもたちの動きも神秘的に見えてきます。

スマホ認知症

先日、テレビ番組で、「スマホ認知症」という症状が最近に人たちに多くなっているということが言われていました。この症状はスマートフォンの過度の使用により脳が疲労し、認知症と似た症状がでる状態のことを指すようです。物忘れや集中力、記憶力の低下などが主な症状で、放置しておくと日常生活に大きな影響が出る可能性も言われています。つまり、脳がオーバーヒートした状態に起きる症状なのですね。

 

現代社会ではスマートフォンは重要なツールであるのは間違いないですし、日々膨大な情報を脳に送ることになっています。そのうえ、身近なデバイスであるがゆえに、枕元までもっていく人も多いほど、常に情報が頭の中に流入するような状態と言えます。結果、脳の前頭葉が疲れてしまい情報処理能力が限界を突破するのですね。

 

実際、オーバーヒートした脳は様々な影響を出し始めます。①伝えたいことを言語化できないことや、受け取った言葉を理解するのに時間がかかるといった「コミュニケーション能力の低下」。②物忘れが多くなり、新しいことを覚えないだけではなく、昔のことを思い出せないことで、仕事や生活にも支障の出る「記憶力の低下」。③一つのことに集中できず、集中力が続かないっといった「注意散漫・集中力の低下」④ひらめきやアイデアが生まれず、簡単な作業で手間取ったり、効率よく作業を進められない。また工夫したりチャレンジすることを避ける傾向が起きる「創造力の低下」⑤計画通りに作業を進められない、段取りを考えられないといった「実行力の低下」。最後に前頭葉が疲労することで感情をコントロールすることが難しくなり、イライラしたり、怒りっぽくなったり、涙もろくなったり、それと同時に、昼間に眠く、夜に眠れないといった症状から、より重い疾患に発展する可能性もある「情緒不安定・体調不良」といったものが症状としてあげられています。結果、これらの症状は睡眠負債や睡眠不足からくる肥満や抑うつ、将来の認知症リスク、にまで影響があるそうです。いくつかのチェックリストが様々なHPに書かれてありますので、気になる方はご自身がどうか調べてみてください。

 

では、これらにならないようにするためにはどうするのか、簡単な方法はスマートフォンを遠くする「デジタルデトックス」が一番早い方法です。使用する時間を決めたり、思い出せないことや調べることをスマートフォンに頼りすぎない。人とのコミュニケーションを重視することや、良質な睡眠をとるといったことが対策になります。まるで、子どもたちがゲームを止められているときのようですね。

 

ただ、そんな疲労困憊の脳ですが、一方で、若返らせることや老化を遅くしたりすることができることもわかってきました。そのキーワードが「運動」です。

GDPと保育

最近日本のGDPがドイツに抜かれ世界4位になったというニュースがみえられました。これを見てどのように思うでしょうか。私は「これからどうなってしまうのだろうか。世界的に見て、日本は弱くなってきているのだろうか」と不安になりました。しかし、池上さんは「after2040」でGDPについて「先進国では『GDP』という概念の抜本的な見直しが一段とすすむ」と話しています。そもそもGDPとは消費してものが生まれることで初めて増えます。つまり「お金をかけない『コト消費』ではふえません。」と話しています。このコト消費ですが、例えば、家族でレストランに行って1人1500円のものを4人で食べれば6000円になり、GDPに反映されますが、家で1000円くらいの素材を買って料理すると1000円しかGDPに反映されません。もっというと、月500円と破格の値段で畑を借りて、野菜を作って自給自足すると当然まったくGDPに反映されません。しかし、その人が畑作りに生きがいを感じていれば、GDPが低くとも生活の豊かさや幸せが生まれると池上さんは言います。

 

一方で、アメリカはGDPが世界1位ですが、「訴訟社会」です。ちょっとした揉め事でも裁判になります。そのため、弁護士の支払いは増え、GDPに上乗せされていきます。また、アメリカは医療費の補助がないので、医療費は高いです。虫垂炎に掛かろうモノなら、手術に100万円かかります。果たしてGDPは高いが結果的に国民は幸せなのでしょうか?と話されています。つまり、GDPが世界で何位かということを国の豊かさの指標にするのではなく、「何が幸せか」という幸福度の方に目を向けた方がいいのではないかということを池上さんはおっしゃられています。このことには私も同感です。

 

最近の新入社員の就職における大切なものの優先順位は給料ではなく、年間休日など自分のワークライフバランスのほうが優先しているようです。まさに今の若い子ほど、幸福度を優先しているのかもしれません。それが悪いことであるとは思いませんが、そういった今の人たちの意見も取り入れて幼稚園を運営していかなければいけなく、思考を柔軟にしていかなければいけないのだろうと思います。

 

保育でも保育活動において似たようなことが言えます。例えば製作活動においては、これまで「作品作り」が活動の中心でした。それは「上手に作る」ということが中心です。しかし、大切なことは作品を作ることではなく「製作活動が楽しい」と思えることが本来の目的であると思います。そして、「楽しい」というのは保育者が「思わせる」ことではなく、子ども自体が実感することです。これが「主体」の捉え方です。いつの間にかその意識が保育者が「楽しませる」ものになっていたり、「製作を上手に作れる方がいい」というふうになってしまうとそれは保育者主体になります。

 

保育と社会とを比較すると同じ構造が見えて来るように思います。要は「主体」がどこにあるのかということです。「幸福度」で見ると、個々の感じ方が中心になります。GDPになるとその指標は「お金の流動」が指標になります。つまり、人の感じ方ではなく「お金=幸福」という見え方になりかねません。保育で言えば、「作品の出来=保育の成果」ではない、ということでしょうか。大切なことは「保育=楽しさ」に目を向けるためには「作品の出来」といった結果に目を向けるのではなく、「作品を作ること自体」といった仮定に価値を求める必要があるでしょうし、「子ども達が熱中しているかどうか」に目を向ける必要があります。

 

少し話が一貫性のないものになってしまいましたが、日本は良くも悪くも結果ばかりに目がいくことが多い社会なのかもしれませんし、結果で良し悪しを考えすぎなのだろうとも思います。当事者に目を向けるということが保育においても、社会においても求められるのかもしれませんね。

教育の変化と通信制

池上さんはこれからの教育についても言及しています。最近は通信制高校の話もよく聞きます。学校に通うのが苦手な生徒や自分のペースで勉強したいと考える生徒から、通信制の高校は人気になっているそうです。通信制高校は毎日決まった時間に投稿する必要がなく、登校の頻度は学校によって違うのですが、レポート提出が中心で年間でも投稿は4回というそうです。なんだか、これまでの学校教育を受けてきた私からするとそれで子どもたちは勉強するのだろうかとか、学ぶことができるのだろうかと考えてしまいます。しかし、この通信制高校の生徒の入学は2020年5月には20万にも上る生徒が在籍しています。23年度の高校生全体の生徒数が291万9000人なので全体の9%の生徒が通信制に通っているようです。これは高校生の約11人に1人に上るそうです。それとは別に定時制高校に通う生徒は約7万4000人で2.4%のようです。定時制よりも通信制のほうが多いのですね。

 

通信制高校は数も00年から21年の間に4倍以上に数を増やし、通信制高校は株式会社の学校設置に対する規制緩和が起きたことが大きな要因です。有名なところは「N高等学校(N高)」(沖縄県)「S高等学校(S高)」(茨城県)ですね。これはテレビのコマーシャルでも多く放送されていたので、私も知っていました。この学校は出版や映画で有名なKADOKAWAと、その子会社のドワンゴが運営している学校で、23年6月の生徒数はN高、S高あわせて約2万5000人になるそうです。高卒資格を取りながら自分の好きなことや将来へつながることを学べる点が人気で、授業のほか、生徒同士のコミュニケーションやレポート提出、部活もオンラインで行います。選択制の課外授業ではプログラミング、ボーカロイドなどの音楽づくり、ゲーム制作など、180以上のプラグラムが選択できるそうです。このような授業の編成は「一斉授業では自分のペースで学べない」「個別最適な学びには通信制が適している」という考えに基づいているからです。

 

これらの様子を見てどう思うでしょうか。細かくN高のことを調べてみると、週3回や週1回の登校のプランもあり、オンラインのみというだけではないようです。また、「メンター」といった生徒の学びや進路実現に向けたサポートをする教育スタッフが生徒にはつき、一人一人のニーズに合わせて複数のメンターがつきます。日々の学習進捗確認や面談、ホームルームなどもメンターと一緒に行います。また、全員が同じ質の授業を受けられるよう、一流の講師陣の講義映像を観て学習します。また、基礎学力を身に付けるための授業の他に、アクティブ・ラーニングやグループワークを行っています。この辺りはKADOKAWAの持っているコネクションなども踏まえ、オンラインの技術が発展したこともあり、見て学ぶといったこれまでの学業スタイルにおいてはそれでもいいのかもしれません。実際、有名大学に入学する人も多くなってきているようで、うまくメリットを取り入れているように思います。

 

はじめは通信制ということで、どこか疑わしいところも多くありましたが、内容を知っていくと「個別最適な教育」や「協働的な学び」というものの一つの解釈が見られたように思います。技術の発展とともに学業のあり方もこのように様々な変化が今後起きてくるでしょうね。

社会の変容と好奇心

前回まで、「モラル」ということを軸に人間性や人間力、人とのかかわりを保育の中で重要視していく必要があるという話を書いてきたのですが、これはこれからの社会で生きていくにあたっても重要になってくる事案だと思います。その人間を思いやるような力はこれまでのような学歴や成績以上に重要になってくるであろうと思っていたのですが、このことについて池上彰さんの「未来予測 After2040」にもこれまでとは違った能力が未来の社会では必要とされることを示唆する内容が書かれていました。

 

これからの時代の変化は間違いなくAIが業務にかなり多くの割合で使われるようになります。そして、今現在ある仕事が無くなってしまうものも多くあり、それは簡単な単純作業の代替だけではなく、業務によってAIに置き換わるようにもなってくるといわれています。たとえば、裁判の判決を行う裁判官や検察官、弁護士が判決を出す際、判例によってある程度結果が決まりますが、過去の判例のデータを効率よく出すのはまさにAIの得意とするところです。なので、弁護士の補助的な業務をするパラリーガルのような仕事は減ることになるだろうと言っています。また、会社の経理もAIと相性のいい仕事です。記者の仕事も、結果を伝えるような記事やデータをまとめるような「コタツ記事」のようなものはAIが得意とするところです。驚くことに生成AIは日本経済新聞が主催する文学賞「星新一賞ており、2022年AIと人間が共同で作った作品が初めて入選しました。最近ではNHKの番組でのニュースの読み上げがAIをしていることもすでに行われています。このようにすでにAIが社会の中で少しづつ浸透している現状があります。もうすでに無くなってきているものもあります。レストランではタッチパネルでの注文になっていたり、コンビニやスーパーのセルフレジなど、こういったものはすでに代替が始まっており、スタッフがいなくてもよくなっている現状があります。

 

しかし、一方で、AIをうまく使いこなす人は確実に生き残るといっています。現在アメリカでは生成AIに対して優れた指示(プロンプト)を出し高品質な答えを引き出す「プロンプトエンジニア」という仕事が需要や年俸も高くなっているそうです。しかし、この職業も2040年には消えるとみられており、今後需要として増えるのは「企業ごとの専門知識や個性を身に着けた『最適な』な生成AIを作っていく『AIトレーナー』という仕事」だそうです。このように新しく需要のある仕事を生み出すのは「困っている誰かのために」などと仕事の目的や意義を常に考えられる人でないと不可能であり、やはり人間力が大事になると池上氏は言います。「だれのためにAIを使って作るか」といったクリエイティブな能力と思いやりを持った人を予測する力が必要な世の中になるのだと思います。

 

このように仕事の価値がこれまでと大きく変わると思うと不安になってきます。しかし、池上さんは「2040年は暗い未来が待っていると思えるかもしれません。しかしそういう時は思い切って好奇心をもって、新しい仕事に挑戦するしかありません」と言っています。ここに教育の一つ目の重要点が隠れています。それは「好奇心を持てる人材を育てる」点です。新しい社会が待っていており、それに対して悲観的にしていても、しかたありません。その時代にどう生きていけるかといったときに、そこに柔軟に対応する力が必要になります。そのために「好奇心」は非常に重要なスキルになります。

 

特に乳幼児教育は学校教育とは違い「できること」を目的としていません。「楽しむ」や「味わう」「豊かにする」という言葉が教育要領にも多く語尾として出てきます。私はそういった意味で乳幼児教育は「好奇心や探求心」を育むことができる一番の時期であると考えています。そして、社会で一番重要なことを得る時期において、乳幼児教育の影響はかなり大きいように思います。