コグトレ
非行少年たちの特徴に認知機能が低いことがいわれています。そして、それが学習へのつまずきにつながっているのですが、では、認知機能は向上させることはできるのでしょうか。宮口氏はこの認知機能向上のための治療教育について「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」を紹介しています。そのコグトレとはどういったものなのでしょうか。
コグトレは認知機能を構成する5つの要素(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断)に対応する、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。教材はワークシートを利用し、紙と鉛筆を利用して取り組みます。
1つ目は「写す」を行うもので、内容は「点つなぎ」です。これは視覚認知の基礎力を付けます。ほかにも、見本の星座を写すのですが、写す側の台紙が回転してくるものや鏡面や水面ではどう見えるかを想像し写すものがあります。
2つ目は「覚える」を行うもので、「最初とポン」と言ものです。出題者が3つの文章を読み上げ、対象者に最初の単語だけを覚えてもらいます。ただし、動物の名前が出たら手をたたきます。これを通すと、例えば、授業中に先生の話を聞いている途中にちょっかいを出してくる子がいます。そうするとそちらに気がとられて先生の話を聞き逃す子が出てきますが、こういったトレーニングを通すことで、先生の話をしっかりと聞く力が付きます。ちなみにこの「最初とポン」と定期テストの関係を調べたところ、国語と算数の点数との関連において、かなり高い相関があったそうです。つまり、テストの点数が高い子は「最初とポン」もよくできたのですが、逆であるとテストの点数はあまり良くない子は、この「最初とポン」においても成績は良くなかったのです。こういったゲームは聴覚のワーキングメモリをトレーニングすることにつながります。
3つ目は「見つける」を行うもので、「同じ絵はどれ?」といったものでした。複数の絵の中から同じ絵を2枚見つけるものです。
4つ目は「想像する」を行うもので「心で回転」です。ある図形を正面から見たときと、右側、反対側、左側から見たらどうなるかを想像する課題で、相手の立場にたってみる練習です。これにより相手の気持ちを考える力につながる可能性もあるのです。
ほかにも新しいブレーキをつける方法として、「数える」ことを行う「記号探し」があります。例えば、いろんな果物が並んでいる中でりんごの数を数え、そこにチェックをつけます。しかし、そのりんごの左側にある決めれた果物(たとえば、みかん、メロンなど)があった場合、数えず、チェックも加えません。つまり、ここでは、しっかりとブレーキを掛けなければいけないので、ブレーキの弱い子どもに新しいブレーキをつけることができる訓練になるのです。非行少年たちにとっては、このブレーキの力が弱いことが言えるのではないかと考える宮口氏は、教育によって「被害者の気持ち」や「命の大切さ」「またやったらどうなる」を教えてもなかなか「人を殺してみたい」という衝動は消えなかったのです。そのため、こういった自分でブレーキを掛けるという力が必要であり、宮口氏はこういった指導を通して、殺したい衝動にブレーキを掛ける練習をさせたのです。もちろん、この「記号探し」のトレーニングだけで解決はしませんが、従来の矯正教育だけではなく、こういった認知トレーニングも組み合わせる必要があると言っています。
これらの認知トレーニングにおいて、幼児の環境にも「点つなぎ」や「間違いさがし」などのものは置かれていますし、「いまさら」という感も受けます。しかし、逆を返せば、非行少年たちはもしかすると、学校教育に入る前に、しっかりとこういった遊びを通して学ぶという環境が少なかったのかもしれません。私は、子どもたちは遊びの中から様々なものを学んでいると思っています。それは大人が教えるものよりももっと豊かなものでもあると思います。宮口氏はこのコグトレを子どもたちにしてもらった中で、どの子どもたちもかなり楽しんでやってくれると言っています。なぜならそれは「学ばなければいけないもの」ではなく、「遊びを通して学ぶ」ものだからです。そして、もし「難しい」という子どもがいたら、それは難易度の設定が不適と考えられ、易しい課題から取り組ませればいいといっています。コグトレは学習の土台になる認知機能を学習と感じずにゲーム感覚で向上させ知らず知らずのうちに学習の土台を固めるものだと言っています。これはまさに乳幼児教育における課題でもあるのです。宮口氏が言っているコグトレは乳幼児教育でこそ、必要なものなのかもしれません。