幼児

いつから待てるのか?

では、実際に子どもはいつ頃から待つことができるようになるのでしょうか。様々な研究においては総じて2歳以下の子どもは目の前に魅力的なお菓子や食べ物があると待つことができません。つまり、2歳以下の子どもには感情の実行機能は備わっていないのです。2歳頃から少しずつ待てるようになり、3歳、4歳になると待つことができる時間が著しく伸びます。ストレスブール大学の巣ティーランド博士のグループは、クッキーを2枚得るために目の前にあるクッキー1枚への欲求をどれだけコントロールできるかを調べました。その結果、2歳児は1分待つことができれば良いほうで、3歳児では2分程度、4歳では4分以上待つことができるようになることが示されています。このようなテストでは5~6歳頃には10分待つことができる子どもも増えてきます。これ以外にも幼児期に感情の実行機能が発達することが確認されています。

 

ではなぜ、2歳児や3歳児は長い間待つことができないのに、5歳児や6歳児は待つことができるのでしょうか。これには大きく2つの理由があると森口氏は言っています。

 

1つは当然のことながら、欲求を抑える力そのものが発達することです。つまり、ブレーキの性能が2歳よりも3歳、3歳よりも4歳のほうが高くなります。そのため、食べ物に対する欲求をうまく抑えられるのです。ですが、より重要なのが、もう一つの理由です。それは「欲求の工夫ができるようになる」ということです。2歳児や3歳児は直接的に欲求や感情を押さえつけようとしますが、実際にはこの方法はあまりうまくいきません。大人でもそうですが、感情や欲求を抑えつけようとすればするほど、むしろその感情を意識してしまって難しくなります。つまり「パンドラの箱」のような状態になるのです。見てはいけないと思えば思うほど、見たくなるのです。しかし、5歳児や6歳児になると、長く待つために自分なりの工夫をするようになります。

 

マシュマロテストでは2歳児や3歳児はマシュマロを見て、その美味しさについて考えてしまうと、待つことができなくなります。どうしてもマシュマロの美味しさを考えてしまうため、なかなか誘惑に勝つことができません。一方、5~6歳児はマシュマロの誘惑に負けないようにいろいろと工夫します。もっとも簡単な方法は、マシュマロをみないという方法です。魅力的なマシュマロから目をそらすことで、マシュマロのことを忘れようとするのです。このような簡単な方法でもかなり効果的です。しかし、よりレベルの高い方法を使う子どももいます。その一つが、想像力です。こどもは想像力を働かせて、マシュマロの形は雲と似ているな、などと考えると待てる時間が長くなります。そうすることで、マシュマロの美味しさから注意がそれるのです。子どもは想像力を駆使して、空想上の友だちを作り出すことすらあります。また、何か別の楽しいことを考えると、マシュマロテストで待つことのできる時間が長くなります。たとえば、マシュマロテストの後に大好きな電車を見に行くことになっている場合、電車のことを考えると、待てる時間がなくなります。5~6歳児は、だれに教えられることもなく、自分なりに待つ時間を長くする方法を生み出します。このような工夫を経て幼児期に感情の実行機能は著しく発達すると森口氏は言っています。

 

このことは保育における「我慢」というのも同様のプロセスが見えてきますね。以前、保護者との間で、「どう子どもに椅子に座らせることを教えたらいいのか」という質問を受けました。私はその保護者に「では、お母さん。3時間立っていてください」と言いました。そして、「それはしんどいことです。しかし、ディズニーランドでアトラクションを待つときには3時間はまてるでしょ?それはさきに楽しいアトラクションがあるのを知っているからです。」と話したのです。つまり、先に楽しいことが待っていることが見通せてないと待てないのです。単純に我慢させるのは拷問かもしれません。今回のマシュマロテストのように5~6歳は想像力を駆使し待てるかもしれません。しかし、それもそれまでのプロセスがないとなかなか難しいのです。こういった研究は見方を変えると保育の中で当たり前にやっていることをより具体的に理論がついてくるのが分かります。

実行機能とは

実行機能とはどういったものなのでしょうか。ここでもう一度整理して生きたいと思います。まず、自分にとって、一番のご褒美となる飲み物や食べ物を想像します。ある人にとってはケーキかもしれませんし、それはビールかもしれません。自分が、とてもお腹を空かせている、または、とても喉が渇いているときに、そのご褒美が目の前に置かれていたとします。たとえば、ご褒美がビールだったとしたら、今すぐにでも飲みたくなります。

 

しかし、ここで友人が、次のような選択肢を与えます。今すぐビールを飲むのであれば、小さなコップ一杯だけ。でも、もし荷物を運ぶのを手伝ってくれたら、ジョッキ1杯に増やしてあげるというのです。ここで、荷物を運ぶのにかかる時間は15分だとします。今すぐ喉を潤したいなら、目の前のコップ一杯のビールに手を出すほうが良いかもしれません。でも、コップ一杯だけでは満足できないだろうから、少し我慢して、ジョッキ一杯飲む方が満足度は高いかもしれません。つまり、目の前のコップ一杯のビールという選択は、自分にすぐに小さな喜びや快楽を与えてくれます。一方で、15分後のジョッキ一杯という選択は、少し後により大きな喜びや快楽を与えてくれます。2つの選択肢を与えられたときに、どちらを選ぶのかが、自分をコントロールする力を表しています。

 

こういった誘惑をコントロールすることは男女問わず、世代や立場関係なく、常日頃から起きていることです。そして、こういった誘惑や困難に打ち勝つことについて、シカゴ大学(当時)のホフマン博士の研究では、205人の大人にポケットベルを1週間持たせ、1日の様々な時間にポケベルを鳴らしました。そして、その前後で何らかの欲求を感じているか、その欲求をコントロールしているかどうかを尋ねました。その結果、研究参加者は、ポケベルが鳴った瞬間、半分で何らかの欲求を感じ、その多くの機会でその欲求を抑え込んでいると報告しました。もっとも多いのは食欲や睡眠欲ですが、それ以外にも、性欲やタバコ、はては、ソーシャルネットワーキングシステム(SNS)での承認すら私たちに快楽を与えてくれるので、その種の欲求もあります。

 

こういった欲求に打ち勝つことができなかったらどうなるでしょうか。人間関係にしても、健康にしても、子育てにしても、想像しただけで恐ろしくなります。健康な社会生活を営む上で、自分をコントロールする力が重要な役割を果たしていることが分かりますと森口氏は言っています。

 

このことは昨今のニュースからも読み取れるように思います。新型コロナウィルスでの「自粛警察」といった様々な問題、世界的なポピュリズム、「あおり運転」など、どうも一度、自分を振り返って、検討するというよりも、衝動的に動くことで起きる問題が最近はよくニュースに上がってきているように思います。現在社会において、この「実行機能」を持つということは社会を形成するうえで非常に重要な意味を物語っているように思います。

必要な資質

以前、ポール・タフ氏の「失敗する子・成功する子」を取り上げました。そこにはマシュマロ実験などをはじめ、非認知的能力を中心に、実行機能や自制心を持っていることが、社会にIQ以上に必要な力になるということが言われていました。非認知的能力というのは最近の保育の研修では非常にホットな話題でもあります。そして、保育という教育の分野では、この非認知能力というものに焦点を当てることが大切なことなのではないかと私は思いっています。なぜなら、保育においては、小学校などの学校教育とは違い、成績目標というものがまずないということが言えます。つまり、成績がつくような教育形態ではないのです。

 

保育園や幼稚園においても、重要とされるものがあります。幼保連携型認定こども園においては教育及び保育の基本が書かれています。そこには「乳幼児期の教育及び保育は、子どもの健全な心身の発達を図りつつ生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」とあります。「人格形成」というものに重きが置かれています。そして、そのために「乳幼児期を通して、その特性および保護者や地域の実態を踏まえ、環境を通して行うものであることを基本とし、家庭や地域での生活を含めた園児の生活全体が豊かなものとなるように努めなければならない」と書いています。

 

しかし、未だに画一的に子どもたちに一斉の保育をしていると、子どもたちは主体的に動くことをしなくなり、他律になっていきます。以前、このブログでも取り上げましたが、麴町中学校の工藤先生は指示されて動いていた子どもたちは、自分で考えることをしないので、何か失敗したときにその指示をした人のせいにする、いわば「他責」になると言っていました。果たして、それがグローバルになっていくこれからの社会で通用していくのでしょうか。

 

他責にならないためには、自分で考えるようになる必要があります。そして、そのためには「主体性」が保たれる環境でなければいけません。また、主体的に活動するにあたって、自分の感情や情動をコントロールしていくことも求められています。この感情のコントロールができなければ、他の仲間と関わっていくことができません。社会で生きるためには他者と関わることは非常に重要なことです。しかし、このコミュニケーション能力が低下しているのではないかと最近では言われています。

 

今回、自分をコントロールする力を非認知スキルの心理学に合わせて書いている森口佑介氏の本をもとに、どのように実行機能を持ち、非認知スキルを得ていくのかを見ていこうと思います。

3方面の支援

宮口氏は子どもへの支援として、社会面、学習面(認知面)、身体面の3方面の支援が必要ではないかと言っています。そして、そのうち、社会面が気養育の中で最終目標の一つではないかと思っているそうです。

 

なぜなら、勉強ができても社会性に問題がある子をそのまま放置すれば、佐世保の女子後世による同級生殺害事件や名古屋大学の女子学生による知人殺害事件のような事件につながるからです。IQが高くて勉強ができても「これをやればどうなるか?」といったことが予想できないと、容易に間違った選択をしてしまうのです。つまり、計画を立て実行し、間違いがあればフィードバックして修正するといったことができないのです。

 

ほかにも感情のコントロールが弱ければ、正常な判断ができなくなります。誰しも、カッとなってしまうと判断を誤ります。勉強だけではなく、問題解決能力と感情コントロールいった社会面の力がとても大切なのです。しかし、残念なことに今の学校教育の中には体系的に社会面を教える仕組みがないのです。

 

とはいえ、宮口氏が勉強ができることを否定しているわけではありません。それは勉強への挫折が非行につながることがあることを知っているからです。しかし、そこには学習の土台となる見る力、聞く力、想像する力をつける必要があるのです。

 

それともう一つ、身体的な不器用さは周囲にばれるので、イジメのきっかけになり、子どもの自信を無くすきっかけにもなります。結果、3方面どれもが子どもへの理解と支援が必要とかんがえられるのです。

 

私は宮口氏のいう社会性への課題というのはすごく大きいというのを感じます。特に日本は今でこそ多少は緩和されているのかもしれませんが、学歴というものが重要視されています。しかし、ここ最近思うのが、この学力が重視されるよりも、就職に関していうと、面接が重視される割合が大手の企業ほど強くなってきているように思います。以前、人材紹介の業者と話すことがあったのですが、そこでも「いくら、偏差値の高い大学を卒業したとしても、一般常識がなかったりすることが多く、使い物にならない人が多くなっている」と言われることがありました。実社会では、もちろん学力が高いことはもちろんですが、ドラッカーも言うように企業も社会のための集団です。つまり、自社においても、外においても、学力以上に、ひらめきや社会性といった非認知的なスキルが非常に大きな意味を持つようになるのです。ある意味で勉強というのも、あくまで「ツール」なのかもしれません、最近ではスマホやインターネットが普及している今ではこれまでの覚える暗記中心の学問では立ち行かなくなってきているのです。問題はそこで得た知識をいかに社会に還元できるかなのです。そして、そのためには社会性は非常に重要になってくるのです。

 

宮口氏は「習の土台となる見る力、聞く力、想像する力をつける必要がある」と言っていました。これは小学校ではすでに遅いのです。なぜなら、日本ではその時点すでに、教科主義が始まっているからです。となると、その土台を作るのは乳幼児教育の役割となります。つまり、乳幼児教育においては、プレスクール的に小学校の先取りをすることではないのです。小学校に行くまでの土台をしっかりと作ることが必要になってくる時期としての位置づけがあるのです。そのことを踏まえ、しっかりと保育のあり方を考えていかなければいけませんね。

実行機能

貧困家庭の子どもと中流の子どもの間の成績格差をうめる有望な手段としてとりあげられた「実行機能」ですが、現在分かっているところではこの実行機能とは高次の精神活動の集積であると言われています。ハーバード大学にある児童発達研究センターの所長ジャック・ションコフは、脳全体の機能を見渡して、実行機能を航空管制官のチームに喩えています。つまり、実行機能とは、ごく大まかにいって、混乱していたり予測がつきづらかったりする状況や情報に対処する能力のことを指します。

 

この実行機能の働きを試すテストとして有名なものにストループ・テストがあります。これは緑色の文字で書かれた「赤」という単語を見せられ、単語は何色で見えているかと尋ねます。「赤」と答えないためにはいくらかの努力が必要です。とっさに赤と答えそうになる衝動に抵抗するときに使うのが実行機能なのです。この機能は特に学校で大事なスキルであると言われているそうです。なぜなら、学校で子どもたちは常に矛盾した情報に対処することを求められるからです。Cという文字はKと同じように発音されます。taleとtailは、発音は同じでも意味が違うということが分かります。ほかにも「ゼロ」という概念にはそれ自体に一つの意味があるが、「1」と並べられると全く別の意味を持ちます。こうした多種多様なトリックや例外を飲み込むには、ものごとを認知する際の衝動の抑制がある程度求められます。これは神経学的には感情面の衝動の抑制(お気に入りの玩具の車を他の子にとられたときに、たたくのを我慢する力)と関連のあるスキルです。

 

ストループ・テストの場合においても、オモチャの場合においても、とっさの本能的な反応を抑えるために前頭前皮質がつかわれています。感情の領域で使うにしても、実行機能は学校生活を乗り切るための極めて重要な能力です。そして、この実行機能を必要とすることは幼稚園だろうが、高校生だろうが変わらず必要とする力です。

 

最近、自身の衝動性を抑えられない人の話をよく聞きます。前回の内容においても、そのことに触れましたが、それだけ、今の社会において「実行機能」が育っていない現状があるのかもしれません。そして、このことについてコーネル大学の研究者、ゲイリー・エヴァンズとミシェル・シャンベルクが企画した実験によって貧困と実行機能の関係性が見えてきました。この結果によって、保育の内容や今求められている子どもの環境が見えてくるかもしれません。そして、そこで見えてきた環境は今の日本においても非常に重要な意味を持っているようにも思います。