教育

脳の発達

子どもの脳活動の調べるためには、大人が使うような機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)を使うことができません。なぜなら、この装置では、暗く、大きな音が鳴り、密閉された空間の中に、身体を動かさずに数十分間い続けなければならないからです。そのため、森口氏らはfMRIと同様に、脳の血流量を利用して脳活動を推定する、機能的近赤外分光装置(fMRIS)を用いるそうです。この装置は子どもに防止のようなものをかぶせるだけで済みます。

 

森口氏はこの装置を使って、子どもの思考の実行機能が急速に発達する3~5歳までの脳の発達を調べていきます。その際、切り替えテストを用いていくのですが、その時のうまくルールを切り替えられない3歳児とうまくルールを切り替えられる5歳児の子どもたちを対象に、この課題時における外側前頭前野の活動を調べました。すると、ルールを上手に切り替えられる5歳児は、外側前頭前野を強く活動させていることが明らかになったのです。

 

また、3歳児の中でもルールの切り替えができる子どもがいます。そういった子どもとルールが切り替えができない子どもの脳活動を比べると、ルールを切り替えることができた子どもは外側前頭前野を活動させていたのに対して、ルールを切り替えられない子どもは外側前頭前野を活動させていませんでした。これは、ルールを切り替えるためには外側前頭前野の働きが関与しているということを示していると森口氏は言っています。

 

ほかにも森口氏は3歳のときにルールを切り替えられなかった子どもに、9か月後に再び研究に参加してもらい、実行機能の発達と外側前頭前野の働きの関係を調べました。3歳の時にはルールの切り替えができなかった子どもも、9か月後にはルールを切り替えることができるようになっています。その際の脳活動を調べると、やはり3歳の時には活動していなかった外側前頭前野が、9ヶ月後には活動していたのです。

 

これらの結果が示しているのは、3歳から5歳ごろにかけて、外側前頭前野の働きが活発になることによって、実行機能が著しく発達することが脳活動を測ることによって明らかになったのです。そして、実行機能が3歳~5,6歳に急速に発達すると森口氏が紹介していたのは、その裏に、外側前頭前野の発達があるからだということが分かったのです。

 

では、このことを背景に考えてみると保育はどう見えていくのでしょうか。3歳頃から実行機能の発達が顕著になります。つまり、そういった子どもたちに、見通しを持たせることは難しいのかもしれません。そういったことよりも、その場での選択をその都度

必要なもの

脳を構成する神経細胞は出生後は基本的に増えることはないそうです。では、脳が発達してくるにはどういったことが起きるのでしょうか。森口氏は脳の発達で重要なのは神経細胞同士のつながりであると言っています。このように脳の神経細胞が同士がつながることによってネットワークを形成していくのです。そして、このネットワークは生後の経験によって変化していきます。

 

生まれたばかりの赤ちゃんの神経細胞は周りにある他の神経細胞と広範なネットワークを作っていきます。それは神経細胞同士近いものからつながっていきます。そして、なんと一度作った神経細胞のつながりを生後のケ件の中で必要なネットワークだけ残していくのです。つまり、最初はあらゆるところにネットワークを張り巡らせ広げていき、ピークに達した後は特定のネットワークだけ残していくのです。では、なぜ、そのようなことがおきるのでしょうか。これは赤ちゃんがどの環境や社会でも生きていくことができるようにという説があるそうです。人間にとって赤ちゃんがどこで生まれ、どの環境に生を受けるかは分かりません。そのため。赤ちゃんはどの環境においても順応できるように、生きていかなければいけないのです。そのため、初めは広範なネットワークを作り、その社会や環境において生活していく中で、よりその環境で効率よく生きていくための能力をつけていきます。ネットワークをより強くしていくことに対して、必要の無いものはそのネットワークを無くしていくのです。

 

このことに対して、森口氏は言葉の発達を例に出しています。例えば、「L」と「R」の発音の区別です。日本人の大人はこのLとRの発音の区別ができません。ところが、生後6か月くらいの日本人の赤ちゃんはLとRの区別が容易にできるのです。赤ちゃんは胎内にいる頃から聴覚が発達していくと言われています。新生児は生後ほぼ10日間で弁別が可能になり、男性の音声よりも女性の音声の方を好むようになります。また、母国語の音声に対して、非母国語の音声に対してより長い注意を向けていきます。面白いのはなぜ、母国語ではなく、非母国語に対して反応が起こるのかです。これはもしかすると、敵がどうかを区別するために聞き分けているのかもしれません。

 

こういったように赤ちゃんは生活経験を通して、言葉の発音の区別を行っていたり、母国語や非母国語といった言葉の変化を察知し、自分の脳を効率よく変化させていくことで、より育っていく環境に合わせた脳内ネットワークを作っていきます。脳内ネットワークの変化が起こる年齢は脳領域によって異なりますが、アクセルに関わるような報酬系回路は比較的発達が早く、ブレーキや思考の実行機能に関わる外側前頭前野や頭頂葉は発達するのに長く時間がかかります。また、この前頭前野の発達は青年期でもまだ終わっていなく、しっかりと働くようになるのは、青年期から成人期にかけてということを森口氏は言っています。

ストレスと実行機能

前頭前野はストレスによる影響が大きいと森口氏は言っています。では、前頭前野にストレスがかかっているときに脳にある神経細胞はどういったことが起きているのでしょうか。そもそも、前頭前野にある神経細胞は、お互いに様々な物質(神経伝達物質)をやりとりしています。そのなかでも、ドーパミンやノルアドレナリンという物質は、前頭前野が機能するのに重要な役割を果たしています。これらの物質が多すぎても少なすぎても、前頭前野は働きません。適度な量が必要なのです。そして、ストレスを受けるとドーパミンやノルアドレナリンの量が前頭前野で増えすぎてしまいます。その結果として、前頭前野の働きが悪くなってしまうのです。このような仕組みで、ストレスが前頭前野の働きに影響を与えてしまうのです。実行機能の発達という点で重要なのは、ストレスをたびたび経験した環境で育つと、前頭前野の発達に悪影響があるのです。

 

このようにブレーキに影響するのが外側前頭前野なのですが、この外側前頭前野は思考の実行機能にも重要な役割を果たしています。思考の実行機能には、外側前頭前野と頭頂葉の一部領域から構成される中央実行系回路が重要な役割を果たしています。これらの脳領域が協調して活動することによって思考の実行機能を支えています。

 

ある研究で、大人を対象に「切り替えテスト」の大人版を使った際の脳活動を計測しました。その結果、ルールを切り替える際には、外側前頭前野と後部頭頂葉などの中央実行系回路の主な領域が強く活動することが示されています。この活動を詳しく見ていくと、外側前頭前野の中でも役割分担があることがわかりました。たとえば、外側前頭前野の一部はこのテストに必要な情報を覚えておくという目標の保持の役割があります。切り替えテストにおいては、今どのルールでカードを分けるべきかという情報(たとえば色ルール)を覚えておく必要があります。そして、外側前頭前野の別の領域では、色から形への切り替えなどにおいて重要な役割を果たすのです。これらの領域が、協調して活動することによって、思考の実行機能を担っているのです。

 

このように感情の実行機能においても、思考の実行機能においても前頭前野が重要な役割を果たしているようだということが分かっていました。そのため、実行機能の発達には前頭前野の発達が深く関連していると森口氏は言っています。では、この前頭前野はいつ、どのように発達するのでしょうか。

 

脳を構成する神経細胞は出生後には、一部の領域を除いて、基本的に増えません。脳の発達とは、脳を構成する細胞が増えることではないのです。では、脳が発達する際に、何が起こっているのでしょうか。森口氏はこれにおいていくつかの仕組みがあることが分かっていると言っています。

報酬系回路と前頭前野

アクセルと関係の強い腹側線条体という領域は、報酬系回路と呼ばれる脳内機構の一部です。この回路は、脳の深いところにある腹側被蓋野と呼ばれる領域から、腹側線条体を経て、前頭前野などの領域に至るまでの領域を含みます。報酬系回路は食べ物を食べたり、セックスしたりするなどの本能的行動をするとき、もしくは予想するときに活動します。これらの行動は、生物が生き残るためには重要です。食べ物を食べなければ死にますし、セックスしなければ子孫を残すことができないからです。そのため、私たちはこれらの行動に快楽を感じるため、積極的に何度もしようとするのです。

 

これらの回路は、自分にとって価値があるものにたいして活動します。こってりしたラーメンを好きな人がいれば、苦手な人もいます。こってりしたラーメンが好きな人の脳内では、こってりしたラーメンを目にしたときに腹側線条体などの報酬系が強く活動していますが、こってりしたラーメンが苦手な人の脳内では報酬系は強く活動していないことになるのです。最近では、本能的な行動だけではなく、金銭を得ることや、他人によって褒められることにも報酬系は活動することが示されています。確かにお金を得ることは嬉しいですし、他人に褒められれば悪意を感じない限りは悪い気はしません。一方で、薬物もこの報酬系に作用することが示されています。それらの薬物を断つことが容易ではないのは、脳の報酬系回路を刺激するからなのです。

 

では、ブレーキに関してはどうでしょうか。ブレーキは前頭前野の外側の領域である外側前頭前野が中心になります。これらの領域の主な役割は、他の脳領域の活動を抑制したり、調整したりすることです。つまり、外側前頭前野は報酬系回路の活動をコントロールします。たとえば、大盛りのこってりラーメンと野菜がたっぷりのサラダを食べるのかの2択があったとします。前者は自分にとって快楽をもたらしますが、脂質も多く、肥満につながります。つまり、短期的な利益になる選択肢です。一方、後者は自分にそれほど快楽をもたらしてくれるわけではありませんが、健康には良い食べ物です。長期的な利益になる選択肢と言えるでしょう。

 

チューリッヒ大学のハレ博士らによって、こういう場面において、長期的に利益になる選択肢をした場合、ブレーキである外側前頭前野が報酬系回路の活動を抑えることが示されています。つまり、こってりしたラーメンを食べたいという気持ちを、前頭前野が抑止しているのです。まさにブレーキの役割をしているのです。

 

しかし、この前頭前野はストレスの影響を受けやすいことが知らされています。ストレスでブレーキが利きにくくなるのです。たとえば、とても大変な仕事をしているときなど、ストレスがかかり、精神的に追い詰められているとき、ついつい普段は手を出さないようにしているビールやケーキに手を出してしまうことがあります。ストレスがかかったときのドカ食いも、ストレスによって前頭前野が働きにくくなり、その結果として目の前の報酬である食べ物に手を出しやすくなったことが一因です。

 

では、そういったとき脳ではどういった現象がおきているのでしょうか。

実行機能と脳領域

では、実行機能が起きるのは体の中でどの部分にあるのでしょうか。これについても、森口氏は記述していますが、実行機能に最も関わりがあるのは大脳皮質にあるようです。そして、大脳皮質の中でも、前頭葉にあるようです。前頭葉の重要性は以前、ポール・タフ氏の著書の中でも、記述があり、その著書を通して、このブログでも取り上げたフィニアス・ゲージ氏の事例です。この患者は19世紀の鉄道労働者であった彼は、もともと、非常に責任感も強く、親しみやすい人物だったのですが、仕事の事故に巻き込まれ、鉄の棒が頭を貫通しました。何とか一命をとりとめたものの、前頭葉の一部の領域が損傷されてしまったのです。事故の後、この患者の心に大きな変化が生じました。最も大きな変化が時分をコントロールできなくなり、思慮深い男性だった彼が、感情を抑えることができず、同僚への気配りもほとんどできなくなってしまったというのです。この事例から見ると、前頭葉の働きがいかに人の感情に大きな影響があるのかということが分かり、その働きについて注目が集まるようになったそうです。

 

その後の研究において、一部の前頭葉損傷患者は、これまでの切り換えテストが苦手であることが分かったそうです。つまり、前頭葉を損傷した患者は、ルールを切り替えることができないのです。つまり、こういった研究から見えてくるのは、前頭葉は、自分をコントロールする能力である実行機能の中枢であることが見えてきます。特に前頭葉の中でも前方に位置する前頭前野が特に実行機能に重要な役割を果たしていると言います。この前頭前野を中心にして、さまざまな脳領域が活動することで実行機能が成立しているのです。

 

では、感情の実行機能と思考の実行機能に分けてみると、脳内の機構はどうなっているのでしょうか。感情の実行機能においてはアクセルとブレーキの機能があることが前回のブログの中で紹介しました。ピッツバーグ大学のコーエン博士らの研究では、大人を対象に、2つの選択肢を与えた歳の脳活動の計測をしました。1つはすぐにもらえることができる、金銭的には少ない選択肢です。たとえば、今日もらえる1000円に対して、もう一つの選択肢は、すぐにはもらわないが金銭的には多い選択肢です。たとえば、1週間後にもらえる200円です。すぐにもらえる1000円を選んだ場合、アクセルの動きをブレーキが止められないとみなすことができ、1週間後に2000円を選んだ場合はブレーキでとめることができたと考えることができます。

 

では、この実験において脳はどのように動いていくのでしょうか。すぐにもらえる選択肢、つまり、アクセルが強い選択する場合には腹側線条体や内側前頭前野などの脳領域が活動し、一方、少し待つ選択肢、つまり、ブレーキが利いている選択をする場合には、外側前頭前野などの領域が活動することが明らかになりました。厳密にはほかの様々な脳領域も活動しているのだそうですが、森口氏はこれらの領域に焦点を当てて解説してくれています。