教育

青年期の脳領域の特徴

最近でもニュースを騒がせていますが、「いじめ」の問題はなくなりません。特に中高生のいじめの事件は後を絶ちません。それにおうじて、いじめを原因とした自殺もたびたびニュースになっています。なぜ、中高生がいじめによって自殺することが多いのでしょうか。こういったことが無くならないのでしょうか。よく言われるのが、先生に相談できていたらとか、他の人にその気持ちを吐露で来ていたらということです。コミュニケーション能力やコミュニティについての話になることがあります。しかし、それだけが原因なのでしょうか。

 

このことについて、脳科学の観点から見るとあることが見えてきます。そして、これが中高生のいじめや自殺においても、影響があるのではないかということが見えてきます。それは「青年期の一つの特徴として、仲間が家族よりも重要な存在になってくる」という点です。森口氏はこのことについて、「小学校の間には、友だちはいるにしても、家族が優先されます。ところが中学校にはいると、休日に家族で出かける機会は減り、友だちと遊びに行ったり、部活に行ったりする機会が増える」と言っています。確かに、思春期の時代は親とある程度距離を取る人が多くなる傾向はありますね。こういった仲間環境が実行機能にも影響するはずだと森口氏は言っています。

 

そして、森口氏は「青年期の特徴として、仲間外れに敏感」といった一つの特徴も挙げています。そして、「この時期は、無視や仲間外れを含めた関係性攻撃が盛んな時期で、この攻撃対象になった生徒は、自尊心が低下し、抑うつなどの精神的な問題を抱えることにもなってしまう」と言っています。

 

このことについて、ブレークモア博士らの研究を紹介しています。婚研究ではコンピューターゲームを使い、参加者の気分を測定します。まずはゲームを始める前に気分を測ります。その後、これを基本として、仲間外れにされた後にも気分を測定し、仲間外れがどの程度影響を与えるかを調べました。その結果、大人では幾分気分に変化があったものの、それほど大きな変化が見られなかったのに対して、中学一年生と三年生では、仲間外れにされた後には気分が大きく落ち込んでいました。仲間外れにされたことによって、ひどく傷ついたのです。

 

さらに、仲間外れにされたときの大人と青年期の若者の脳活動を調べた研究では、大人も若者も、島皮質という脳領域に強く活動させていました。この領域は、不快感情や痛みを感じたときに活動する領域です。物理的な痛みでも活動するのですが、心理的な痛みでも活動するようです。まさに「心の痛み」ですね。また、このとき大人では活動が見られず、青年期の若者にのみ活動が見られる領域も見つかったそうです。それが帯状回膝下野という領域です。この領域の詳細な役割についてはよくわかっていないのですが、この領域の活動が抑うつ傾向と関わることが示されており、仲間外れにされることは、こういう領域の脳活動を通して、精神的な問題につながる可能性があるということがわかってきました。

 

こういった脳領域の活動に「仲間外れ」に対して敏感になるメカニズムがあったのですね。こういった脳領域の発達傾向においても、いじめや中高生特有の悩みが影響しているということが見えていきます。また、このころ、最近では仲間との関わりにおいてSNSというのが大きな意味合いを持ってきます。平成28年の内閣府の調査では、小学生は3割弱、中学生が5割程度。高校生になると9割がスマートフォンを持っています。若者たちにとってはSNSでつくられた友達同士のグループでメッセージを送り合います。そのため、内輪でいかに認められるか、褒められることや数が多いことが何よりのご褒美になっていると森口氏は言っています。特にSNSというツールはそれが仲間内で可視化され、どこでも時間を選ばずつながっていることに特徴があるとも森口氏は言っています。

 

私たちからするとSNSのとらえ方が少し違うと感じることがあります。「それほど、重要なものなのか」と思わなくもないこともないですが、それがすべてのように感じるのはこういった発達時期にあるからなのでしょうね。

青年期の変化

青年期は衝動的な行動を制御することができないことが笑顔と真顔の写真を見分けるテストで見えてきました。先日このテストのことを紹介しましたが、思考の実行機能は右肩あがりに発達していくことに対して、感情の実行機能は青年期に一時的に悪くなってしまうのです。つまり、青年期においては、アクセルが強すぎて、ブレーキによって制御できていないのです。しかし、児童期や成人期ではハイリスクハイリターンの選択をすることはありません。つまり、アクセルに対して、ブレーキが機能していることを示しています。なぜ、青年期はブレーキがアクセルを制御できないのでしょうか。

 

森口氏は児童期と青年期を比べた場合、「青年期に起こる変化は非常に急激なもの」と言っています。そして、これは成長期ともいえる時期のため、アンドロゲンやエストロゲンのような性ホルモンの濃度が高まるという生物学的な変化によって起きると森口氏は言っています。児童期においてもこれらの性ホルモンは体内に存在していますが、その濃度は高くはありません。児童期後期から体内では着々と準備が進んでおり、急激に性ホルモンの濃度が高まってきます。

 

脳領域の視床下部から脳下垂体に指令が出て、性ホルモンが分泌されます。分泌された性ホルモンは体の様々な部位に送られますが、脳にも送られます。特に脳内の大脳辺縁系は感情に関わる脳領域に作用することが言われています。男性ホルモンは、扁桃体という脳領域に多く作用します。この脳領域は見聞きしたものが、安全であるか危険であるかを判断するときに関わります。たとえば、道にあらわれたのが子犬であれば、安全だと判断し、子犬に接近したりします。しかし、もし現れたのがイノシシであれば、危険だと察知し、身を守ろうとします。こういった判断にかかわる脳領域が青年期に大きく発達します。

 

一方で、女性ホルモンは記憶の中枢である海馬などの領域に作用します。たとえば、お店はどこにあるのか、自分の恋人が過去に自分に対してどういうことをしたのかです。いずれにしても、こういったように青年期にかけては、感情や記憶にかかわる脳の領域が変化していきます。これは実行機能に関しても例外ではありません。それは青年期において最も劇的な変化を遂げるのが、アクセルに関わる報酬系回路です。特に身体的な成獣が進んでいる青年ほど、報酬系の一部である腹側線条体などの領域が変化を遂げやすいのです。このことが時分をコントロールすることを難しくすると森口氏は言っています。

 

ライデン大学のクローネ博士らは、ギャンブルのようなテストにおいて、10歳から25歳の参加者を対象に、fMRIを用いて脳活動を調べました。そして、ハイリスクハイリターンとローリスクローリターンの選択肢において、ハイリスクハイリターンを選択したことによって、報酬が貰えた場合とそうではなかった場合の脳活動を比較したのです。

 

その結果、アクセルに関わる報酬系回路の活動の変化が見られました。10歳くらいの児童とくらべて、13~15歳程度の青年のほうが、報酬系回路の一部である腹側線条体の活動が強いことが示されたのです。つまり、小学生より中学生のほうがお金に執着したということが分かります。これは成人と青年と比べた場合も青年期、つまり中学生のほうが強く出たことが分かりました。これは中学生ごろにおいて、ブレーキとアクセルのバランスが悪いことが見えてくると森口氏は言っています。

青年期の思考の実行機能

このように感情の実行機能においても、思考の実行機能においても前頭前野の働きが大きく関わっていることがわかります。とはいて、ひとえに前頭前野の働きが関わっているとはいっても、同じ領域が使われているかというとそうではありません。脳にはネットワークとしての特性があるため、感情の実行機能と思考の実行機能とでは異なったネットワークが関与しているのです。感情の実行機能では外側前頭前野や報酬系回路が協調して活動することがわかっていますし、思考の実行機能には外側前頭前野、後部頭頂葉などの領域が関与しています。

 

このように乳幼児で発達してきた実行機能は児童期、青年期以降も発達してきます。しかし、青年期においては不思議な変化が示されるようですが、どのような変化が起きるのでしょうか。心理学では10代前半から20代序盤にかけての時期を青年期としています。このじきは体と脳に大きな変化が起こります。女性は女性らしい体つきに、男性は男性らしい体つきになるように身体的な変化が第二次性徴と言われるように変化が起きます。それは脳や心や行動においても同様におきると森口氏は言っています。

 

そして、心理学において注目されてきたのは、このころ若者たちが時分とは何かを考え始める点です。それはほかの誰でもない、友だちとも親とも違う自分という感覚(アイデンティティ)を身につける時期だというのです。そして、その頃、リスクのある行動を好むという特徴もあると森口氏は言っています。

 

青年期は児童期や成人期と比べ、暴力や窃盗などの衝動的な犯罪や酒やたばこ、ドラッグ摂取のような危険な違法行為に興味を示すようになるというのです。飲みなれないお酒を飲んだり、仲間の手前一気飲みをしたり、最初は少し悪ぶった程度の行動がエスカレートし、命を落とすことにもあります。こういった時期の実行機能はどのようなものなのでしょうか。

 

思考の実行機能についてはどのような発達を見せるのでしょうか。このことについて、ミネソタ大学のゼラゾ博士らが切り替えテストを3歳から15歳までの子どもに実施し、成績を比較しました。その結果、ルールを柔軟に切り替える能力は幼児期に急激に発達した後に、児童期から青年期に至るまで緩やかな発達を続けることが明らかになってきたそうです。ハンドルの使い方は、青年期も徐々にうまくなっていくようです。

 

次に森口氏は感情の実行機能について話をしています。

感情の実行機能と脳領域

これまでは思考の実行機能と脳領域の話を森口佑介氏の著書から紐解いてきましたが、では感情の実行機能についてはどのような働きが見えるのでしょうか。感情の実行機能においては子ども期において報酬系回路が働きます。報酬系回路は前頭前野よりも早い時期、生後間もない時期から形成されます。報酬系回路は食べ物の獲得などの本能的欲求と関連するものであり、生命の維持には欠かせないものです。しかし、この報酬系回路は赤ちゃんのころには十分発達してはいません。

 

では、前頭前野が報酬系回路にブレーキを掛けることができるようになるのはいつごろからなのでしょうか。森口氏らの研究チームは3歳から6歳の幼児を対象にした研究を実施し、どのように脳が働いているかを明らかにしていきます。ここで行われたテストはマシュマロテストのように待つことでもらえる報酬が増えるというものでした。しかし、森口氏が使ったのはマシュマロではなく、シールを利用したのです。というのも、こういった研究において、ご褒美となるものは常に悩みの種だったようです。待つ待たないということを測るためには、そのご褒美になるものが実験に参加する子どもたちにとって魅力があるものでなければいけません。また、アレルギーの問題もあります。そのため、食べ物以外の有力な選択肢がシールだったそうです。人気のキャラクターのシールを数種類用意し、その中で子どもに好きなシールを選んでもらったそうです。

 

シールを使って、後で多くのシールをもらうためには今すぐもらうために、今すぐもらえる少しのシールを欲しい気持ちを制御するという意味でテストを行っていきます。その結果、幼児でも前頭前野がブレーキをかけていることが明らかになりました。ただ、大人では欲求のコントロールに成功した場合に外側前頭前野が活動したのに対し、幼児では、欲求のコントロールに失敗して今すぐもらえるシール1枚を選んだ場合に外側前頭前野の活動が強く出たことが示されています。これは、幼児はブレーキをかけようとしているが、うまく掛けられなかった可能性があることを示していると森口氏は言っています。

 

ブレーキが上手になるのは児童期以降です。このことが分かったのはカルフォルニア大学バークレー校のバンジ博士らの研究で、これは7歳から9歳の子どもが報酬系回路にブレーキをかけられるかどうかを調べたものです。この研究ではクッキーを1枚もらうか、2枚もらうかを選択肢として与え、その時の小学生の脳活動を計測しました。その結果、実験後に2枚もらうという選択をした子どもは、大人と同様に前頭前野の一部が報酬系回路の働きにブレーキをかけたことが示されました。

 

つまり、子どもの実行機能は幼児期(小学校就学前くらい)までは大人とは違う報酬系回路のブレーキの使われ方があり、うまく働かせられないことがあり、児童期になると少しずつ前頭前野を働かせ、報酬系回路の働きを抑えることができるようになるということが分かってきました。つまり、このことが意味しているのは、よく保育や実生活でも「我慢」ということが言われることがありますが、乳幼児と児童期以降の子どもたちとではその方法や考え方が違っているということを知っていなければいけませんね。大人の思うようなことを子どもに強いるのは難しいことなのだろうということが分かります。この時期は特にそれぞれの子どもの特性を基に、関わりを持っていなければいけないのもこういった脳の部分にあらわれているように思います。

中央実行系回路

思考の実行機能においては外側前頭前野の発達が非常に重要であるということが分かってきました。しかし、思考の実行機能は前頭前野だけが関係しているとは限りません。思考の実行機能が機能しているときに、脳の前頭前野だけではなく、他の部分も活動していることが見えてきました。それが「頭頂葉」です。思考の実行機能が使われているときには外側前頭前野と頭頂葉が機能しており、この二つで構成されている脳の部分を中央実行系回路と森口氏は言っています。

 

では、この中央実行系回路はどのように関係しているのでしょうか。森口氏はそのことを知る前にそもそもこの中央実行系回路のような複数の脳領域を含むネットワークがどのように発達するかを理解する必要があると言っています。そもそも脳の領域は子どもの間は複数の脳領域がつながるようなネットワークは出来上がっていません。そのため、近い脳領域同士でネットワークを作っています。そして、その後、青年期から成人期にかけて、前頭前野と頭頂葉のような、比較的距離のある脳領域同士のネットワークが形成されていくのです。

 

このような脳領域のネットワークのつながりは思考の実行機能の脳内機構においても当てはまります。このことを示しているのが西オンタリオ大学のモートン博士らが切り替えテストを行っている際の脳活動の研究です。モートン博士らが調べたところ、小学校高学年の子どもは外側前頭前野と頭頂葉を活動させていたことが分かったのです。つまり、乳児期から幼児期は外側前頭前野が働いていたことに加え、児童期から青年期には頭頂葉も含む中央実行系回路が思考の実行機能を支えることにつながっているということなのです。こういった中央実行系回路が機能することにより、児童期以降では、幼児期よりも効率よくルールの切り替えができるようになるのです。

 

また、青年期以降も中央実行系回路は発達が続き、成人期になってようやく完成します。このように中央実行系回路はゆっくり発達し、発達には長い時間を有するのです。これが、思考の実行機能が成人期までかかって発達するということを意味している部分です。思考の実行機能がよりよく効率的に働くためには脳の発達が大きく関わっているのですね。

 

このことを考えていくと、子どもたちに大人と同じような見通しを持たせることは難しいのかもしれません。特に乳幼児教育において、複雑なルールを子どもたちに課すことは困難だということが分かります。また、ルールのある遊びが年少児に難しく、年長児だからこそできるということも分かります。脳の発達によって子どもたちの判断力には大きな差があり、一概に全員を同じように見ることの危険さを改めて感じます。特にこういった発達には差がありますし、乳幼児においてはより大きな差が出ていることを考えると、その子一人一人にあった環境を作ることの重要さは保育をする上でより考えていかなければいけないのだということが分かります。