教育

日常の関わりにある実行機能

森口氏が言う「実行機能を高める心の道具」最後の4つ目は「劇を行う」です。これは「ごっこ遊び」もあります。実験では子どもたちはグループで、どのような劇を行うかの計画を立てるように指示されます。たとえば「あなたがお母さんで、私が赤ちゃんのふりをしよう。私が風邪をひいたので、あなたは私をお医者さんに連れて行って。あなた(別の子)がお医者さんだから、お薬をあげてね」というようなシナリオを立てたとします。このシナリオに子どもたちが賛成した場合、実際にその劇を行います。劇をすることによって、友だち内でルールを共有し、友だちからの期待を理解する必要が生じてきます。これによって、自分の行動をいやおうなくコントロールする必要が出てきます。友だちと共有したルールに反するような行動はできないのです。

 

ブリティッシュコロンビア大学のダイアモンド博士らは、これまでの4つの活動を、1年ないし、2年間幼児を対象に実施しました。その結果、別のプログラムに参加した子どもよりも、思考の実行機能が向上したそうです。こういったことは保育活動の中に取り入れることで、子どもの実行機能は高まると言います。

 

ここまで紹介した、「心の道具」の活動は保育の中で自然と行われていることが多くあります。たとえば、一つ目の具体的な道具を使った役割交代は最近zoomをつかった他園との交流において、子どもの様子が見られました。自分が話すときに自分が映る画面に黄色い枠がつくときは話して、そうでない時は話さない。といったように子どもたちも「待たないと会話にならない」という様子を察している場面もありました。二つ目の行動では、チェックシートまでは使うことはないですが、子ども同士の関わりから、モデルにお互いがなっていたり、大人もいいモデルを示すことで、自然とルールが明確化することがあります。これは集団を持つ保育機関だからこそできるものでもあります。

 

このように、どのように保育環境の作り方、進め方によって思考の実行機能が付く環境というのはたくさんあるのかもしれません。最近では子どもの主体性が叫ばれるあまり、子どもにルールを伝えることが少なくなっていたり、逆に子どもにルールを押し付けていたり、子どもが自分で考えることや実感として持つことが少なくなっているように思います。こういった環境を作るためにはしっかりと子どもとコミュニケーションをとる余裕を持たなければいけません。そして、しっかりとした関係性の形成も取らなければいけなません。子どもが安心して、言葉を発することができたり、待つことができる土台には「愛着」や「信頼関係」がなければいけないのですが、これはまた、別の話です。とりわけ、こういったやり取りは人間関係の中で起き、関わりの中で定着していくものです。大人と子どもだけではなく、子ども同士でのやりとりにおいても、こういった関わりがあり、むしろ、そのやりとりのほうが、より実行機能に大きな意味があるように思います。

独り言

森口氏は子どもたちの実行機能をつけていく中で、「心の道具」を利用することを紹介しています。子どもたちとの関わりのなかで、道具を使うことで、切り替える実行機能や読み書きの能力を高めようとするのです。そして、この心の道具は物理的な道具だけではなく、心理的な道具も含むと言っています。そして、森口氏はこの心の道具には4つ重要な活動があると言っています。前回は①「物理的な道具による外的な補助」として、自分をコントロールするためのカードのやり取りの紹介と②「友だちの行動をチェックする」友だちとペアを組み、お互いをチェックし合うといったことを通して、相手の行動が正しいかどうかを判断し、それを振り返ることで深く考えさせ、訓練していくという方法を紹介してました。

 

つぎに3つ目はどういったことがあるかというと「独り言を使った行動をコントロールする」です。これは独り言は子どもの発達において重要な意味を持っていると森口氏は言っています。私たちが何気なく使っている言葉には、「相手にはなす」という役割以外に、「考える」という役割もあると言います。そして、私たちは日常の中でも、頭の中で考えるために言葉を使っているというのです。確かに、何気なく、次の行動を独り言として口から出てしまうことはありますね。森口氏は子どもの言葉には、「他人と話す」という役割があり、成長とともに考えるためという役割を持つようになる言っています。1歳から2歳ごろにかけて、子どもが話し始める頃、言葉は純粋に何かを伝えるために使用されます。自分の気持ちを伝え、親や周りの他者とのコミュニケーションのために言葉は使われます。それが成長とともに「考えるための言葉を発するようになる」のです。周りに誰もいないのに「あれはなんだ?」とか「これ聞いたことあるなぁ」といったように発するのです。これは他者と話すための言葉と、考えるための言葉が、両方とも言葉として出てくる時期だと言います。そして、5歳ごろになると、独り言が減ってくると森口氏は言っています。発話として表出してきた「これなんだろう」といった言葉が発話として出てこなくなるというのです。

 

この子どもの様子の変化は、子どもの独り言が本来考えるために用いられる言葉を発話している状態ではないかと考えられます。そして、難しい問題に取り組んでいるときに独り言が出やすいようです。これは大人も同じですね。子どもにとっても同じで、独り言を多く発する子どもほど、実行機能や難しい問題を解く能力が高いと森口氏は言っています。この様子をプログラムに生かすのです。つまり、子どもに絵や文字を書く際に、教師が独り言を言いながら書く様子をモデルとして見せ、独り言を言って活動するように促すのです。その後、子どもたちが活動をする際に独り言を言うことを奨励するのです。そうすることで、実行機能は向上するというのです。

 

独り言というのは、自分の考えを整理することだけではなく、物事に向き合うときに実行機能を機能させているときにもでるものなのですね。

心の道具

森口氏は子どもたちに道具を使わせることで実行機能や読み書き能力を高めようとするプログラムを紹介しています。ここで言われる「道具」は物理的な道具も含みますし、心理的な道具も含まれると言っています。では、「心理的な道具」とはどういったものを指すのでしょうか。

 

心理的な道具とは、言葉や遊びなどのことを指します。たとえば、言葉は私たちの考えや行動を支えています。言葉を使わなくても私たちは考えることができますが、言葉を使うことで論理的推論などの複雑な思考が可能となってくるんです。つまり、言葉を「道具」として使うことで、実行機能の支援はできるのです。このことを研究するためにいくつかの重要な活動があることを森口氏は言っています。そして、そのうちの4つの活動について詳しく紹介してくれています。

 

その1つ目が「物理的な道具による外的な補助です。」幼い子どもは、まだ、自分をコントロールすることはできません。そういった場合、親や教師などによる支援的な関りが重要になってきます。その支援の一つの方法として、物理的な道具を使うことで、コントロールしやすくする方法があります。このプログラムでは、絵を使って子どもの実行機能を支援します。子どもが2人でペアになって、一冊の絵本を交代で読んでいくという活動を例にすると、子どもはどちらも自分が絵本を読みたくて仕方がありません。この場合、実行機能によって待つことが必要になってきます。その際に、片方の子どもには口の絵を、もう片方の子どもには耳の絵を渡します。口の絵を持ったほうが話を読み、耳の絵を持った方は聞き役です。途中で絵を交代し、役割も後退します。うまく自分をコントロールできない子どもも、絵という道具を与えられて、役割がはっきりすると、うまくコントロールできるようになります。この活動を繰り返す中で、そのうち絵が必要なくなり、聞き役が絵本の内容について質問するなど、発展的な活動に推移していくというのです。

 

2つ目は「友だちの行動をチェックする」です。子どもは友だちの行動を見ることで自分の実行機能を発達させます。この活動も、友だちとペアで行います。たとえば、友だちが物の数を数える活動をしている場合に、子どもはともだちがその活動を正しく行うことができているかをチェックするように求められます。チェックシートのようなものを渡され、逐次チェックしていきます。この活動では、友だちが正しく活動を行うことができるかをチェックし、この活動を振り返り、深く考えるようになります。これによって自分がその活動をやるときに、しっかりと考えて取り組むことができるようになります。このように癖をつけることによって実行機能も身についていくのです。

 

このことは見守る保育を行っていく中で非常に感じることであります。これはうちの職員と話していた時なのですが、家庭から着た子どもと、小さいときから入った子どもとでは大きく違うというのです。それも0歳と1歳ですら違っているというのです。それほど、子ども同士での関わりや模倣を通して、自分の活動を確認しているのかもしれません。そして、その土台には親との愛着や先生との信頼関係が土台にあるというのも無視できないように感じます。それほど、子どもにとっては、環境というのは大きな影響を与えるのでしょうね。

保育の質と実行機能

森口氏は著書の中で「幼稚園や保育園に行くこと自体が子どもの実行機能の発達にとって重要な意義がある」と言っています。これは以前、ポール・タフ氏の著書や森口氏の「自分をコントロールする力」にも出てきた、ノーベル経済学賞を取った経済学者ジェームス・ヘックマン氏の研究にも言われています。幼児期にうける教育が将来の育ちにつながるという長期縦断研究から見えてきますし、その中心となる能力は非認知能力であるとも言われています。

 

また、前回紹介した家庭環境が子どもの実行機能に与える影響でも紹介されたように、貧困層やネグレクトの家庭では、それ以外の家庭よりも、子どもの実行機能が著しく低いことが示されていました。そして、この原因となるのはストレスを経験することです。しっかりと関係を築くことができる大人がいないことに起因しているのです。このことを踏まえて考えてみると幼稚園や保育園においても、子どもがストレスを経験せず、楽しく過ごすことができると、子どもの発達をさせられるかもしれないのです。好きな教諭や保育士がいて、関係を築くことができれば、子どもは実行機能を育むことができるかもしれないと森口氏は言っています。

 

東京大学の山口博士らの研究では、母親の最終学歴が高校卒業未満の家庭と、そうではない家庭の子どもが、保育園や幼稚園に通うことでどのような利益があるかを調べました。その結果、母親の学歴が高卒未満の家庭は、幼稚園や保育園に通うことで子どもの多動性が著しく減少することが示されたのです。逆に母親が高卒未満以外の家庭の子どもの場合は子どもの行動にあまり影響を与えませんでした。このことから幼稚園や保育園に通うことで、すでに子どもには影響があることが分かります。では、保育の質についてはどうでしょうか。

 

最近では保育の質における研究や研修はいたるところで起きています。では、保育の質と実行機能にはどのような影響があるのでしょうか。イリノイ大学シカゴ校のゴードン博士らの研究グループでは、3つのカテゴリーからなる幼児教育・保育の質評価を行っています。1つは園のハードウェアにあたる部分です。これは園の広さや備品などが含まれます。2つ目は教諭・保育士による子どもの健康や衛生に関するかかわり方です。トイレットトレーニングや睡眠などの関わりにおける評価です。3つ目は子どものやり取りにあたる部分で、うまくコミュニケーションを取れているかが含まれます。

 

その結果、2つ目と3つ目の幼児教育・保育の質が、子どもの実行機能と関わることが示されました。つまり、子どもの健康や衛生に関する関わりかたがうまく、子供とのやりとりが円滑な幼児教育施設では、子どもの実行機能が育まれやすいのです。健康や衛生に関する関わりは忍耐の連続だと森口氏は言います。たとえば、トイレットトレーニングや怪我の対応などは、子どもたちは耐えなければいけないタイミングが多くあります。その時の子どもとのやりとりも支援的な養育行動の効果があると考えられます。このように、教諭・保育士の関わりは、子育てで重要だった部分と通じるところが多いのです。ただ、幼稚園や保育園ならではのものもあると森口氏は言います。それは集団の子どもに関わるという部分です。では、このような集団の子どもに対してはどのようなプログラムなら実行機能を鍛えることができるのでしょうか。

マインドフルネス

最近、保育園や幼稚園などで「茶道」を行っている話を聞くことがあります。「茶道」と言うとかなり行儀や作法があるように感じますし、それこそ「待つ」ということを子どもは意識していかなければいけないように思います。これと同じように最近のビジネスマンに流行っているのが「マインドフルネス」です。具体的には「瞑想やヨガ」を指すことが多いですが、自分の身体や精神、呼吸などに注意を向ける活動のことを指します。

 

最近、森口佑介著の「自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学」(講談社現代新書)を紹介していますが、森口氏は最近、タイの共同研究者たちとマインドフルネスが子どもの実行機能を向上させるかを検討したそうです。マインドフルネスは先ほども紹介したように、身体や精神に対して集中することや、今という瞬間に集中することを重視しているため、自分をコントロールする実行機能を向上させると考えられています。

 

森口氏はタイのマヒドン大学分子生物科学研究所の研究者から、タイの子どもは実行機能に大きな問題を抱えているため、この能力を育てるためのプロジェクトを手伝うことになります。そして、タイに訪れたときに衝撃を受けたそうですというのも、研究者らの調査によると、タイの子どもの約30%が実行機能に問題を抱えているというのです。つまり、3人に1人の計算になります。森口氏の知り合いの研究者によれば、タイの子どもは、目の前の快楽に飛びついてしまい、勉強ややるべきことをすぐにおろそかにしがちで、特に学校での授業が成り立たないということです。また、違法薬物に手を出す子どもが多く、国家的な問題になっています。そのため、その研究者らは、政府や企業を巻き込んで、実行機能の発達の支援をするためのプロジェクトを開始しました。

 

そこで森口氏はタイの保育園で、マインドフルネスが子どもの実行機能を向上させるかどうかを調べました。マインドフルネスの訓練として、マヒドン大学の大学院生が、既存のトレーニングと、タイの僧侶たちが行っている瞑想とをブレンドして、新しいプログラムを開発しました。プログラムは毎日やる短い活動と、週に3回、各40分間の保育プログラムの一部としてやる長い活動です。これを8週にわたって続けました。前者は毎朝1~3分間、自分の呼吸に対して、集中するという活動です。保育のプログラムは以下の4つのパートから構成されました。①集中力:呼吸に注意を向け、少しでも気が散りそうになったら、呼吸に注意を向けなおします。②感覚:自然に感謝し、味覚や嗅覚などを存分に発揮させます。③運動:自分に身体感覚について学び、身体をどのようにしたらコントロールできるかを学びます。④感情:感情について学び、感情をコントロールする方法について学びます。これらの活動を通じて、自分の体や感情についてしっかりと認識し、そのうえでそれらをコントロールできるように学ぶことを目的としています。

 

これらの前後に、感情の実行機能と思考の実行機能を測定します。その結果、マインドフルネスはとくに感情の実行機能に非常に有効であることが示されました。感情をコントロールすることを目的としているので、これは当然の結果と言えるのかもしれません。また、この際、思考の実行機能も一部の子どもでは向上しました。