社会

実行機能と仕事

実行機能が日常的に必要なこと場面は、何も誘惑や困難に打ち勝つことや欲求に抵抗するだけではありません。実行機能には他にも別の側面もあると森口氏は言います。たとえば、会社であるプロジェクトを任されるところを想像してほしいといいます。

 

プロジェクトの目的が、新商品を企画することだとしましょう。この目的を達成するためには、いろいろな仕事をこなす必要があります。たとえば、人員や予算を確保する必要などです。従来の商品との違いを明確にするために、既製の類似品を調べなければなりません。専門家の意見を聞きに行く必要もあるでしょうし、他にも様々な書類作業業務もこなさなければなりません。このときに大事なのは、プロジェクトをどのように遂行するかのプランを立て、どの仕事からこなすか優先順位をつけることが必要になります。行き当たりばったりで仕事をこなしていては時間がかかってしまいますし、非効率です。何が本質的に必要なことで、何が枝葉であるかを見極めなければならないのです。

 

また、状況に応じて、柔軟に頭を切り替える必要があります。たとえば、企画していた新商品と類似した商品が競合他社から販売されることを知った場合には、プロジェクトの方向性を考え直す必要があるでしょう。自分の企画に自信があったとしても、類似品になってしまっては二番煎じとの評価は免れません。仕事へのこだわりは重要なことですが、いつまでも過去にこだわりすぎると、目標の遂行が困難になってしまいます。

 

このように目標を達成するために、優先順位をつけたり、頭を切り替えたりするのも実行機能における大事に側面となっています。こういったように実行機能は仕事においても、日常の様々な行動とも大きく関わることがわかります。

 

「自分をコントロールする」ということはなかなかに簡単なことではありません。しかし、この自分をコントロールする力、すなわち、実行機能は将来的な仕事の場面に大いに役に立ちます。顧客とのトラブルや同僚や上司といざこざがあったとき、時には自分の気持ちを抑えることが必要になります。先に話した目標達成のために、優先順位をつけることもあります。問題の解決に向かうためには、時として感情や欲求を抑えて、粘り強くやりとりをすることで、問題解決の糸口を探らなければいけないのです。

 

これは管理職にも必要な能力です。シンガポール国立大学のヤム博士らの研究では、実行機能の低い上司は、顧客とのやりとりにつかれて自分を抑えきれずに部下を罵りやすかったり、仕事の付き合いで消耗しやすかったりして、うまく仕事を管理できないことが報告されているのです。ただ、実行機能は低そうだけど、仕事ができる人もいるかもしれないし、そういった前例があるというのを見ると、あくまで全体的な傾向であるということなのでしょうが、実行機能が高い人の方が仕事でいい成績を残しやすいというのは間違いがなさそうです。

 

その点で、話題に上がってくるのがスティーブ・ジョブズ氏であり、森口氏も彼の名前を挙げています。スティーブ・ジョブズ氏に関しては、以前にもこのブログで取り上げたので、多くは取り上げませんが、彼以外にも、京セラの創業者である稲森和夫氏や、パナソニックの創業者である松下幸之助氏も、自分をコントロールする力の重要性を説いています。優れた経営者には、やはり実行機能が備わっているというのは確かなようです。

将来に必要な力

現在、世界の教育機関や研究機関、国際的な組織において、子どもの実行機能が非常に注目されています。実行機能とはポール・タフ氏の著書にも何度も出てきましたが、「目標を達成するために、自分の欲求や考えをコントロールする力」です。ポール・タフ氏の著書では自制心という言葉でよく出てきましたね。この実行機能ですが、子どものときにこの能力が高いと、学力や社会性が高くなり、さらに、大人になったときに経済的に成功し、健康状態も良い可能性が高いことが示されています。逆に言うと、幼い頃に実行機能に問題を抱えると、子ども期だけではなく、将来にも様々な問題を抱える可能性があるのです。

 

実行機能は、子供の将来を占ううえで、極めて重要な能力なのですが、日本では、実行機能という言葉自体ほとんど知られていません。実際、実行機能が子どもの将来に重要だといわれても、「実行機能なんて聞いたことがない」とか「IQのほうが大事でしょ」と思われる人が多いのではないかと森口氏は言っています。もちろん、IQは重要です。しかし、最近の研究では、実行機能は、IQよりも子どもの将来に影響を与える可能性があることが示されているのです。さらに、より重要なこととして、実行機能は、IQよりも、良くも悪くも家庭環境や教育の影響を受けやすいのです。もちろん、一つの能力だけで子どもの将来が決まるわけではありません。しかし、一貫して実行機能や自制心が子どもの将来に影響を与えることが示されていることは事実であり、その重要性も明らかになっています。

 

では、人間は実行機能をどのように身につけるでしょうか。森口氏は実行機能は人間を特徴づける能力の一つではないかと考えています。とはいえ、実行機能が生まれてきたばかりの赤ちゃんにこの能力が備わっているとは思えませんし、赤ちゃんどころか、若者ですらこの能力は十分に発達していないように思ったそうです。なぜなら、20世紀末に若者がキレやすいという社会問題がマスコミを賑わしました。1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件をはじめ、未成年者によるさまざまな凶悪犯罪が起き、当時未成年だった森口氏たちの世代は、マスコミから「キレる若者」といるレッテルを貼られたのです。ここで言われている「キレる」ということは、誘惑や困難に打ち勝つ力が足りないことを意味しています。実際のところは、マスコミが過剰に騒いだだけであり、直接の因果関係があるかどうかは分かりませんが、このことと実行機能は繋がって見えます。

 

以前紹介したポール・タフ氏の著書では、対象は中学生や高校生から社会人につながるないようでした。森口氏の著書においてはこの実行機能の始まり、幼稚園や保育園、そして小学校において、どのように身につけていくかが紹介されています。

寿命をのばす

祖父母世代が孫の育児に関わることで、心身の健康にはどういった効果があるのでしょうか。これについて孫への育児参加が祖父母にとってどう影響するのかについて、中高年のメンタルケアなどを専門にしている大阪大学人間科学科招聘教授の石蔵文信医師が紹介されています。孫との育児にかかわることは、体力的にも経済的にもきついものがあり、自由時間が奪われることもあり、「孫疲れ」という言葉も出てきています。このように孫と関わることはいいことだけではなく、悪い部分もあります。しかし、見方を変えると違った見え方もあります。60歳以上の患者に一番多い悩みはどういったことがあるかというと、食欲がわかない、睡眠がしっかりとれないというものが多く上がってきます。じっとしているばかりでは当然、食べる気も起きないし、睡眠もそれほど必要になってきません。そうすると結局、食欲増進剤や睡眠薬などを服薬し、さらに体調が悪くなったりします。世話で疲れることによって食事も睡眠もしっかりとれるというメリットも裏を返せばあるということがいわれています。

 

では、どういった関わりを孫としたらいいのでしょうか。子どもが小さいうちは体を使う遊びが多いが、祖父母が遊び方を提案しても、子どもはその通りにはしてくれません。子どもに合わせて、呼ばれたら近くに行き、やってといわれたらやるという方法でいいと石蔵氏は言います。悪い疲れ方は子どもに対してイライラすること。時間に追われて、子どもをせかし、イライラすることも多い働く世代の両親と違い、祖父母は時間に余裕があるのがメリットであるのであって、時には子どもの寄り道に付き添い、余裕を持った行動を見てやればいいというのです。

 

また、以前にも紹介したように、孫育てが「認知症」の予防にもつながる可能性があるというのです。小さい子どもは視力も聴力も記憶力も優れています。興味のあるものを見つければ追いつけないような速さで走り出すのです。たかが、子どもと考えず、一人の人間として接することは、祖父母にとってもいい刺激になるのです。また、最近では高度経済成長期に子どもの育児は妻にまかせっきりで自分は仕事ばかりしていたというケースが今の祖父たちに多いが、祖母たちにとっては自分の育児期の恨み辛みが熟年離婚や「夫源病」(夫の言動や束縛がストレスになり、妻が不調をきたす状態、石蔵氏が命名し、話題を呼んだ)につながる現象も起きているのです。そのため、これまでは忙しくて育児を支えられなかった分、男性は孫育てを支えるといい。孫を世話することで家族の予定を把握し、連絡を密にとるので、家族の絆の深まりや会話も多くなるというのです。孫が来ると強制的に動くようになり、億劫であり、何もしない状態ではなくなります。それ自体が、祖父母世代にとってはいい刺激につながるのです。

 

最近では、少子高齢化社会につながった背景には何か意味があるのではないかということが言われています。そして、祖父母の存在、特に人間の場合、女性には「閉経」があります。それの意味は、赤ちゃんを育てるために閉経後から寿命までの期間があるのでないかという話もあります。そして、その役割は仕事をする両親世代からは非常に大きなサポートとなります。よく3歳までは母親が見なければいけないという風潮がまだまだありますが、本来のところ、人が3歳まで母親と一対一で一緒にいなければいけないという形態は、人の生存戦略から見ても、ここ数十年での話です。本来は赤ちゃんは家族を含め、社会の中で育てられてきたのです。結局のところ、そういったような環境下で子どもを育てることが健康においても、良い影響を及ぼすのですね。

アジアの子育て事情

日本では世代を超えて、比較的「祖父母の子育て」に肯定的な認識を持っている人が多いように見えるというのは韓国の国際交流コーディネーターで通訳のリ・ナオルです。韓国では「子育ての作業の終わり、そして、子どもの子どもを育てる作業の始まり」というCMが流れるくらい孫育ては祖父母が行っているのです。そのため、孫を持つ世代には負担の重さを、そして、子どもの世話を親に任せている世代には「親に申し訳ない」という罪悪感を思い起こさせるようなCMが生まれるのです。こうした祖父母から何らかの育児支援を受けている家庭37.8%であったと2018年全国保育実態調査で表されていました。こうした祖父母の孫育ては祖父母世代にとって生きがいになる一方で、負担やストレス、教育方針の違いからくる子どもとの摩擦などネガティブな影響も話題に上がっています。

 

では、日本ではどうなのでしょうか。日本では世代を超えて、比較的「祖父母の子育て」に肯定的な認識を持っている人が多いように見えるとリ・ナオルは言います。内閣府の「家族と地域における子育てに関する意識調査」(2014年)によれば、子どもが小学校に入学するまでの間、祖父母が育児の手助けをすることが望ましいかとの設問に「望ましい」と答えた割合が78.7%に達しています。

 

これを韓国との比較で考えてみると、日本では韓国に比べ同居しながら孫育てをするケースが少ないということも、負担感の低さにつながっているのかもしれないということが見えてきました。韓国の場合は祖父母と孫の同居率は20%を超えるが(2015年韓国統計庁調査)、日本は6.7%(2015年第一生命経済研究調査)というデータもあります。当然、同居のほうが祖父母世代、父母世代ともにストレスを感じる可能性は高まるでしょう。ちなみに韓国でも、同居での子育ての割合は減少傾向にあるそうです。

 

また、日本では韓国人よりも日本人のほうが、家族といえども一定の距離を置きながら付き合うということに慣れている面があるように見えます。

 

では、次に中国はどうなのでしょうか。女性の就業率が日本は51%、韓国では53%と同程度なのに対し、中国は61%と高い推移があります。社会主義の仕組みの中で、夫婦共働きが一般的だったためと考えられます。しかし、0~3歳児をもつ中国人女性の悩みは比較、「産休は半年しかもらえず、父母は退職前で面倒を見てくれず、幼稚園は3歳から。どうすればいいのでしょうか。仕事をやめなければいけないのでしょうか」といった若い母親のインターネットの書き込みが目立つといいます。中国も子育て関連の公的支援が充実しているとは言えないようです。多くは祖父母に頼ったり、ベビーシッターを雇ったりしているそうです。

 

リ・ナオルはこうした中国の実態を受け、1990年だにヒラリー・クリントン米大統領夫人(当時)が書いた『(子育てには)村全体が関わる必要がある』という本を思い起こされると言っています。子育ては両親はもちろん、祖父母、そして保育所などの教育機関と、多くの大人が関わってやっとできるものだというのです。曽部母に過重な負担がかからない形を探ってこそうまくいくのではないかとリ・ナオルは言っています。

 

確かに、祖父母が子育てに参加するのは有益な部分があるのだろうことはわかりました。しかし、その反面、同居など近すぎるのは双方にとってもストレスにもなるようなことがアジアの子育ての実態から見えてきます。最終的には、祖父母においても一つの「人的環境」であり、子どもを取り囲む、地域や教育機関においても、各々の役割があり、その中で子どもたちを育てることの必要性が見えてきます。その過程は、人は社会の中にこそ、子育ての本質があるということが同様に見えてくる気がします。「誰が育てる」ではなく「みんなで育てる」という意識は、子どもの育ちだけではなく、両親や祖父母にとってもいい作用を生むのですね。

それぞれの役割

 

高齢者が孫との交流で起きる身体機能の向上があげられるといわれています。一つは社会参加の機会が増えることです。そして、社会参加の機会が増えることで、幸福感や認知機能の向上をもたらすことにつながるというのです。これはオーストラリア在住のジャーナリスト、デボラ・ホジソンの記事ですが、オーストラリアの「女性の健康的な加齢プロジェクト」の報告では、約200人の女性について、認知症リスクの検査結果を20年にわたり追跡調査したら、定期的に孫の世話をする人のほうが認知力は高かったというのです。

 

なぜ、こういった認知力が高くなったのでしょうか。同プロジェクトに参加するメルボルン大学医学部のカサンドラ・サーケ准教授は「子どもの世話をすると、人は幸せな気持ちになる。それが認知症リスクの低減につながる」といっています。認知症リスクとなるのは喫煙や肥満と同様、孤独や孤立は認知症のリスク要因となるといわれており、家族と触れ合える喜びが意識を鮮明に保ってくれるから、認知力が高くなったのではないかと言われているのです。

 

子どもたちにとっても、祖父母は自分を幸せにしてくれる力を持つ存在としてあるようです。孫育てに関するベストセラーのある精神科医のアーサー・コーンヘイバーによると、祖父母による孫への「無条件の受容」は大きな意味を持つといっています。そして、高齢者と子どもはお互いに必要とし合い、「孫育て」こそもっとも純粋な無条件の愛のカタチだと言っています。実際、家族のカウンセリングに(両親だけではなく)祖父母も参加すると、子どもが急に心を開いてくれることがあったとコーンヘイバー自体もそういった経験をしたそうです。

 

また、赤ちゃんの発達に必要な多くのものと同様に、祖父母との関わりも0~3歳くらいまでの時期が最も重要だとコーンヘイバーは言っています。この段階は赤ちゃんが想像力豊かな子どもに育つうえで大切な時期です。その過程で祖父母にできることは、「遊び心と想像力の持ち主として孫に接すること。」共働きの両親に比べ、祖父母は時間的に余裕があります。だから子どもが新しい経験をし、それを消化し、記憶に刻み込むまで、じっくり待ってあげられるのです。つまり、祖父母は子どの想像力を養う良き「魔法使い」の役割を果たせるのです。

 

もう一つの役割として、「無償のインストラクター」としての役割です。子どもにとって、祖父母は自分(子ども)の両親の生い立ちや先祖の歴史を知っている人です。そのため、子どもが両親から自立したがる年齢になると祖父母は孫の「大切な秘密」を守ってくれる信頼できる友、あるいは共犯者の役を担うようになれるのです。ほかにも孫が釣りや編み物など趣味を見つけるようになると忙しい両親に変わって、関わることができます。これが「無償のインストラクター」ということになるのです。

これらのように祖父母ができることはたくさんあります。とはいえ、子育ての中心は両親であり、子育ての中核に手を出すのは控えたほうが良いとコーンヘイバーは言います。

 

子どものケアにはいくつもの「層」があり、それぞれが別な役割を果たしている。だから、その層を突き破ることは望ましくないというのです。親が不在でない限り、祖父母は親の層を侵害するべきではない。祖父母に親の代わりをしてほしいと願う子はいない。むしろ(親に内緒で)冒険の仲間になってほしいと思っている」というのです。

 

確かに、考えてみると祖父母は親の代わりになることはありません。しかし、親に秘密でおもちゃを買ってもらったり、特別な役割として祖父母の存在は子どもにとってはありがたい存在でもあります。逆に両親とだけ一緒であると、それはそれで窮屈な部分はあるのかもしれません。