社会

思考の実行機能

2つある実行機能のうち、一つ目の感情の実行機能を見てきましたが、次は思考の実行機能です。この実行機能の大事な働きはつい無意識的にやってしまう行動、習慣、くせなどをコントロールするものだと森口氏は言っています。

 

私たちは、コップを取るときにどちらの手を伸ばすかをいちいち考えません。つまり、一つ一つの行動を意識的にやっているわけではないのです。ですが、ある時、右手をけがしていて、コップをつかめなかったら、無意識にしてしまいがちな右手を伸ばすという行為を抑えて、左手でコップをとる必要があります。このように無意識の行動を制御することに思考の実行機能が関わっているのです。こういったことは日常生活でもよくあることです。森口氏はほかにも職場からの帰り道にケーキを買わなければいけない時、いつもは右に曲がるが、左に曲がる必要があるとします。ぼんやりと帰り道を歩いているといつも通り右にまがってしまうかもしれません。今日ケーキを買うという目標を達成するためには、習慣となっている行動を抑え、別の行動をする必要があるのです。このように、思考の実行機能は、新しい状況や、いつもと違う状況などによって必要になってくるのです。

 

二つの実行機能のうち、感情の実行機能が欲求を抑える能力であるのに対し、思考の実行機能は欲求が関係せず、ついついしてしまう行動を抑える働きが重要になるのです。

 

思考の実行機能には、2つの基本要素があります。1つはその状況で必要とされる目標を保ち続けることです。これは先ほどの例においても、対応するときに心がけることですね。そもそも、実行機能は目標にむかって自分の行動をコントロールする能力でした。目標を達成するために必要な能力なので、目標を見失わずに保ち続けることは極めて重要なことなのです。

 

このことを考えると、感情のコントロールとの違いは目標が分かっていても我慢できるかできないかで目標が達成するかどうかが変わるのが感情の実行機能で、目標を定め、保ち続けることで目標を達成するのが思考の実行機能であるということであることが分かります。

 

では、もう一つ思考の実行機能の要素は、いくつかの選択肢から、一つの行動を優先するということです。特に、選択されやすい行動と選択されにくい行動があった場合、必要に応じて選択されにくい行動を優先するということです。先ほどのケーキを買いに行くシーンで考えると、いつもの帰り道で習慣化されている「右に曲がる」という選択肢は「左に曲がる」より選択されやすくなっています。このような条件の中で、左に曲がるという選択肢を優先する働きが必要になるのです。

 

つまり、目標を保つことと、ある選択肢を優先させること。この二つが思考の実行機能において、最も基本的な働きとなります。

小学生の実行機能

では、小学生の感情の実行機能はどのように変わってくるのでしょうか。感情の実行機能は5~6歳で終わるわけではありません。ただ、小学生になるとその実行機能の様子はより洗練されたものになってくるそうです。

 

たとえば、今日貰える安いチョコレートと、明日以降に貰える高価なチョコレートのどちらを子どもが選択するかを調べた研究があるそうです。この研究では、ミシェル博士らは小学生に対し、今日もらえる安いチョコレートと高級なチョコレートの期間を比べ、どれだけ待つ時間が変わるかを見ていきました。

 

人によっては、いくら高級なチョコをもらえるとしても、今日もらえるのであれば安いチョコレートでもいいという人は多くいそうでしょうが、小学生のこの検証では面白い結果が出たそうです。まず、小学校3年生までの子どもは、高級チョコレートが最低一日、今日我慢したら明日は高級なチョコレートが貰えるとしても、今日もらえる安いチョコレートをもらうことを選んだそうです。一方、4年生以降になると、高級なチョコレートを選びます。ただし、小学校4~6年生でも、4週間待たなければならない場合は、今日もらえる安いチョコレートを選ぶ子どももいます。つまり、小学生の間でも感情の実行機能は大きく成長することがわかったのです。

 

また、小学生になると、5~6歳の子どもたちが欲求をコントロールするためにいろいろと工夫をすることよりも、より洗練された工夫をするようになります。小学生が良く用いるのが「もし~したら、○○になる」という考え方です。例えば「もし私が今ベルを鳴らしたなら安いチョコしか食べられないけど、もし私が欲求に耐えられれば高いチョコが食べられる」というように、学校教育を受けて、論理的な考え方ができるようになるのです。

 

なるほど、こういった論理的な考え方は学校教育によりできるようになるのですね。どちらかというと、大人の欲求のコントロールというのは「もし~したら、○○になる」という考えでコントロールしているように思います。より長い見通しをもって、日々の中で活動していくにはこういった欲求をコントロールする術が必要になります。こういった論理性というものは学校教育によって育まれる部分があるのですね。

 

つぎに、森口氏は感情の実行機能とは別のもう一つの実行機能である「思考の実行機能」について説明しています。この実行機能は感情の実行機能とは違い、思考の実行機能については欲求や衝動が関わらないといいます。この実行機能はついつい無意識的にやってしまう行動、習慣、癖などをコントロールするものだというのです。では、それは具体的にどういったものをいうのでしょうか。

実験の穴

森口氏は感情の実行機能のしくみを自動車のアクセルとブレーキの関係にたとえて説明しています。たとえば、マシュマロテストで今すぐにマシュマロを手に入れたいという欲求があります。これをアクセルとブレーキの関係でいうと、アクセルと言えます。もう一つの側面がブレーキでありますが、これはマシュマロを手に入れたいという衝動や感情をコントロールする側面です。つまり、マシュマロを手に入れたいという気持ちを抑える働きのことです。このように感情の実行機能はアクセルとブレーキの関係で決まります。

 

このアクセルの働きは生まれたばかりの赤ちゃんであっても母乳やミルクを欲しがることから、アクセルは生まれつき持っていると考えられます。一方、ブレーキについては、赤ちゃんにはほとんどありません。幼児期ごろに備わり、その性能が年齢とともに向上することがわかっているのです。

 

このように感情の実行機能があるのですが、この感情の実行機能を調べるためには複数のテストが使われます。そして、子どもの感情の実行機能はこれらのテストの合計点のようなカタチで表されます。この複数行うことがマシュマロテストだけでは不十分であるということの理由です。なぜかというと、その理由はテストに参加した子どもの好みに左右されるからです。つまり、マシュマロを使った場合、当然マシュマロが好きな子もいればそうでない子もいるということです。冷静に考えてみるとそれはそうなのです。感情の実行機能を測るにあたって、マシュマロが好きではない人にとっては、それを欲しいという衝動や欲求はないわけなので、容易にブレーキで抑えることができるのです。一方でマシュマロが大好きな人はアクセル全開になってしまいやすいわけなので、ブレーキで抑えることがむずかしくなります。つまり、マシュマロテストだけだと、マシュマロを好きかどうかによって結果が大きく影響を受けるので、実行機能をしっかりと調べることができないのです。そのため、マシュマロテスト以外のテストを用いることで、マシュマロなどの特定の好みに依存しない感情の実行機能を調べられるのです。

 

このことはテストを行うにあたって、特に気を付けなければいけないことです。そして、以前に紹介したように、こういった心理実験においては、しっかりとした反証をもちいなければ、正確な結果を得ることができないのです。つい人は先入観や自分に都合のいいように物事を受け取りがちです。そうならないためにも、さまざまな視点から実験や事例を持つことが必要とされるのですね。最近では、マシュマロテスト自体が反対されているという話を聞きましたが、マシュマロテストが問題なのではなく、被験者の好みによって結果が大きく左右されるということに問題があったようです。そのため、多角的な見方をしていかなければいけないということが分かりました。

2つの実行機能

森口氏は実行機能には2種類あると言っています。それは感情面を担う実行機能と、思考面を担う実行機能です。では、それぞれどういった機能をさすのでしょうか。

 

まず、感情の実行機能ですが、これは本能的な欲求や感情をコントロールして、目標を達成する力です。例えば、喉が渇いたときに水を、お腹がすいたときに食事を、買いたいものがあるときにお金を目にすると、私たちは今その瞬間に直ちに手に入れたくなります。その気持ちのままに直ちに手に入れてもいい場合もあれば、一時的に欲求をコントロールする必要がある場合もあります。

 

それはダイエットをしている人が、体重を減らすために、食べ応えがあり、満足感を与えてくれるハンバーガーを食べたい気持ちになっても、目標を我慢するためにはその気持ちを抑えてサラダを食べる選択をしなければいけません。ほかにも、既婚者が、円滑な結婚生活を送るという目的を達成するために、目の前にいる魅力的な人の誘惑に打ち勝つことも、感情の実行機能が必要な例です。つまり、マシュマロテストはこの感情の実行機能を測る方法の一つなのです。ですが、マシュマロテストは感情の実行機能の一部を測定しているに限らないと森口氏は言います。

 

ここで森口氏は感情の実行機能の調べ方を2つ紹介しています。

一つは贈り物テストです。実験者と子どもはテーブルをはさんで椅子に座り、実験者が子どもに背を向けて座り、こちらを見ないように告げます。そのあと、実験者がテーブルの上に贈り物を置き、わざと大きな音を立てて包装します。つまり、子どもが見たくなるように仕向けるのです。このテストでは子どもがプレゼントをみたいという気持ちを抑えることができるかどうかが調べられます。

 

二つ目がギャンブルテストです。これは、子どもの前に2つの箱を用意します。それぞれの箱にはカードが入っています。カードには「あたり」と「はずれ」があり、あたりのカードを引くと子どもにとって魅力的なシールが貰え、外れのカードを引くとシールを取られるのです。そして、二つの箱のうち片方は「ローリスク・ローリターン」の箱で、あたりを引くとシールを1枚もらえ、外れを引くとシールを1枚とられるのです。そして、この箱にはあたりが多いので、この箱からカードを選び続けると最終的には多くのシールが貰えます。次に「ハイリスクハイリターン」の箱です。こちらはあたりを引くとシールを2枚もらえます。しかし、外れを引くと、シールを5枚もしくは6枚とられてしまいます。あたりが少ないのでこちらを選び続けると最終的に損をします。一見すると、「ハイリスク・ハイリターン」の箱のほうがたくさんシールをもらえそうなので、そちらを選び続けたいときもちになります。しかし、はずれも考慮すると、最終的な枚数が多くなるのは「ローリスク・ローリターン」の箱を選ぶ必要があります。

 

では、このテストから感情の実行機能はどのようなものとして見えてくるのでしょうか。

大人での影響

デューク大学のカスピ博士らのグループは2011年の報告で、子どものときの実行機能から、32歳になったときの健康状態や、年収や職業、さらには犯罪の程度までを予測できることが明らかになりました。この研究では、5歳から10歳ごろまでの子ども期に実行機能を、親や保育士などに評定してもらいました。マシュマロテスト一つで調べたわけではなく、

様々な側面から実行機能を調べたのです。

 

それらの子どもを大人になるまで追跡し、大人になったときにどのような影響がみられるかを検討しました。その結果、子ども期において実行機能が低い子どもは、家庭の経済状態やIQなどの影響を統計的に除外しても、大人になった時に以下のような点で問題を抱えやすいことが示されているのです。

 

まず、健康面ですが、特に循環器系疾患のリスクが高く、肥満になりやすい、性感染症になりやすい、歯周病になりやすい。といったことがあるそうです。次に依存症に関しては、ニコチン依存症になりやすいことや、薬物依存症になりやすいことが言えます。経済面では、年収が低くなる。社会的地位が高いとされる職業にはつきにくい。将来への資産運用ができない(貯金が少なく破産もしやすい)ことが見えてきました。犯罪面では、何らかの違法行為を行って、裁判で有罪判決を受ける可能性がひくい。これは「ケーキの切れない非行少年」でもあったように、実行機能の力により、自己抑制力がきかない場合があり、性犯罪の割合が多いということも紹介されていましたね。最後に、家庭面です。子どもがいる場合、シングルで育てることになりやすい。ということが言えるそうです。

 

この結果はかなり衝撃的ですね。それだけ、子どもの頃の実行機能が大人になったときに、経済面だけではなく、健康面や犯罪面においても、多岐に渡る影響が出てしまうのです。逆に実行機能が高い子どもは、大人になったときに肥満や循環器系疾患で悩むことや、ニコチンや薬物に依存することが少なく、年収や社会的な地位は高く、犯罪を起こす確率が低かったのです。

 

もちろん、この結果は全体的な傾向に過ぎず、必ずそうなるとは限りません。それでも、子どもの時の1つの能力が、これほどのちの人生に様々に影響することはなかなかないのです。こういったことが見えてきたので、「失敗する子・成功する子」のポール・タフ氏においても、「ケーキの切れない非行少年」の宮口氏にしても、実行機能というが大きく子どもたちの将来に影響するということを紹介しているのですね。

 

では、その実行機能というのはどのようにして育っていくのでしょうか。森口氏は実行機能には2つのものがあると言っています。