社会

子ども期の実行機能の影響

前回の内容では友だち関係が実行機能に影響を及ぼすということが分かってきたことを森口氏の著書を読む中で、紹介してきました。そして、青年期はアクセルとブレーキのバランスがアンバランスであり、衝動的な行動やハイリスクハイリターンの選択を取るということや欲求を抑えきれないことがある時期でもあるのです。

 

しかし、あくまで「悪乗り」ですむ程度であればいいのですが、凶悪な犯罪行為をしてしまうことがあり、そうなってしまうと後の人生は非常に不利な状況になってしまいます。その他にも、女性との関係において、危険な行為を好む男性が避妊具を使用することを拒否すると、女性が望まない妊娠をする可能性が高まります。そうなってしまうと将来の目的を断たれるばかりか、本来支えるべき学校や大人が、支援を放棄してしまうことがあります。女性にとっては一方的な被害を受けることもあるのです。そのため、青年期は人生の分かれ目となる可能性があると森口氏は言います。

 

ここで森口氏はダニーデンの縦断研究やイギリスの縦断研究をもう一度見ています。これは子どものときに実行機能が高い子どもは、大人になったときに経済的・健康的に非常に有利であることが示されました。その他にも実行機能が低い子どもはこれらの面で不利であるばかりか、犯罪に走る可能性も高いということが示されています。しかし、なぜ5歳くらいのときの実行機能が、大人になったときに影響がでるのでしょうか。5歳と30歳では期間が離れすぎて、どのように関係するか分からないのではないかというのです。

 

森口氏はダニーデン縦断研究での一つの結果に着目します。そこには青年期に酒やタバコ、ドラッグのような違法行為を全く侵さなかった「優等生」グループが、大人になったときに経済面や健康面においてどのような成績を示すかを調べたのです。その結果、優等生グループは、他の参加者と比べて、経済面においては金銭的に恵まれており、かなり健康であることが示されています。そして、青年期のような不安定な時に、頑張るべき時に頑張れる人、自分をコントロールすべき時にコントロールできる人というのは、将来的に社会で必要とされることが多くなるのだろうということを言っています。

 

そして、重要なことは青年期の行動に、子どもの頃の実行機能が強く関連するということです。ここに5歳児の実行機能が大切だという由縁があります。子どものときに実行機能が高いと、青年期に無茶をしないというのです。誰しもある程度は青年期には実行機能が低下するのですが、子ども期に実行機能が高いと、青年期の行動にブレーキを利かせられるのです。

 

これらのことを整理していくと、子どもの時に実行機能が高いと、青年期にも実行機能は高くなります。そのため、危険行為や違法行為をする確率は低くなります。つまり、子ども期の底上げが青年期に生きるということです。そのため、進学や就職で有利になり、大人になってからの暮らし向きがよくなるのです。逆に、子ども期に実行機能が低いと、青年期も実行機能は低くなります。すると、酒やタバコはもちろんのこと、ドラッグや犯罪に手を出してしまうようなこともあるのです。その結果、大人になってから経済面や健康面での問題を抱える可能性が高くなるのです。

 

このように、青年期は実行機能が不安定になるため、ターニングポイントになる時期です。しかし、子ども期に実行機能をしっかりと発達させておけば、こういった不安定な時期を乗り切ることもできるというのです。

友達関係

青年期はアクセルとブレーキの脳領域の発達に差があるため、アクセルが強い時期であるということが分かりました。そのため、報酬回路が前頭前野のブレーキの機能より強く反応が出てしまうというと森口氏は言っています。また、この時期、仲間の存在が家族よりも重要になる時期です。前回紹介したように、「仲間外れ」に感じることが多く、抑うつを感じる脳領域に活動が見られることも多くありました。

 

仲間の存在は実行機能においても影響があるということは、これまでの内容でも触れていました。それは「仲間外れ」を感じるだけではなく、「悪乗り」という場面でも出てくると森口氏は言っています。青年期における仲間関係について、森口氏は「仲間関係は良くも悪くも作用する」と言っています。一人では絶対しないようなくだらないことや危険なことを仲間や友だちと一緒だとしてしまうというのです。つまり、友だちといると自分をコントロールすることが難しくなるというのです。

 

これはテンプル大学のチェイン博士らによって報告されています。この研究では、青年や成人を対象にドライビングゲーム中にどれだけ危険な行為をするかを調べました。そして、その時の脳活動をfMRIで比較しました。このゲームでは信号が変わる際に他の車と衝突するリスクを冒してまで信号に突っ込むかどうかを調べてます。そして、実験参加者に実際に友だちを連れてきてもらい、その友だちが見ている状況でやる場合と、ひとりでやる場合を比較しました。そのうえで、どれだけゲームの中で危険な行動をしたかを調べるます。すると、大人では、一人でやろうが友だちの前でやろうが、危険な行動をする数に違いがありませんでした。その一方で、青年期では、一人でゲームをやるよりも、友だちの前でやるほうが、危険な行動を多くしたのです。

 

その際の脳活動を調べてみると、大人の場合ではアクセルである報酬系回路の活動に条件間での違いはなかったのですが、青年では条件によって違いがありました。一人でやるよりも、友だちのまえでやるほうが、報酬系回路の活動が強くなっていたそうです。そして、危険な行為にブレーキをかける前頭前野の活動を見てみると、一人のときよりも、友だちの前でやるときの方が、活動が著しく弱いことも示されました。

 

友だちといる時ほど、アクセルは強く、ブレーキは利きにくいということが青年期の特徴としてあるのですね。しかし、友だちとの関係は何もわるいことばかりではありません。森口氏は友だちとの実行機能の関係において、友だちの存在が好影響を及ぼすという研究も報告されていると紹介しています。青年期においては問題行動、タバコやお酒など禁止されている行動を起こすことがあります。そのとき親や教師がやめるように促していても、若者は耳を傾けません。むしろ反発して、よりエスカレートすることもしばしばあります。若者にとっては、大人に対する反発自体が目的の一つであるからです。こういった場合、同級生からの働きかけが効果的になると森口氏は言っています。大人から言われるよりも、友だちに「悪ぶっているだけでかっこ悪いよ」と言われるほうが恥ずかしい思いをするかもしれません。

 

しかし、問題なのはここでいう忠告してくれる友達というのはクラスの中でも影響力がある生徒であるということです。友だちとはいえ、誰でもいいわけではないのです。これはブリストル大学のキャンベル博士の研究で言われていることです。実際にこういった一目置かれる生徒に訓練し、他の生徒による喫煙などの問題行動をやめさえるようにした結果、問題行動が減少することが報告されました。

 

このように見ていくと実行機能において、友だち関係というのは良いようにも悪いようにも影響が及ぼされるということが分かってきました。

アクセル

青年期において、実行機能に関わる脳領域が一時的にアンバランスな状態になるということが森口氏の本の中で紹介されていました。それは脳領域の発達に大きな変化が起きることが言えるようです。特にアクセルに関わる報酬系回路の発達により、ブレーキが利かない時期に青年期は入っていくようです。

 

では、ブレーキとなる脳領域はどういった発達を起こすのでしょうか。森口氏はブレーキとしての役割をつかさどる前頭前野は「成人期まで発達が続く領域です。大事なこととして、前頭前野は、児童期よりも青年期のほうが、青年期よりも成人期のほうが、ブレーキとしての役割が強くなる」ということを言っています。このことを見ていると児童期に比べ、青年期のほうがブレーキの性能はよくなっているはずです。しかし、なぜ青年期の中学生などはアクセルを制御することができないのでしょうか。それは簡単なことです。報酬系回路と前頭前野の発達が別々に発達することがその要因と言えるのです。

 

森口氏によると乳児期は報酬系回路がぶっちぎりに発達します。そのため前頭前野の発達が追いつかくことができず、目の前にあるマシュマロに手が出てしまうのです。そこから幼児期から児童期にかけて報酬系回路に前頭前野が追いついていきます。そのため、ブレーキとしての役割の前頭前野が機能していくので、報酬系回路と前頭前野がバランスよくなり、安定してくるのです。青年期になると、成長期とともに急に報酬系回路が発達していきます。前頭前野の発達がまたしても追いつかなくなってしまい、バランスが崩れてくるのです。その後、成人期になることで、前頭前野の発達が追いついてくることにより、両者のバランスが良くなってくるのです。脳領域の発達するタイミングがズレることにより、アクセルとブレーキのバランスは成長のタイミングに差が出てくるのです。

 

このアクセルとブレーキの関係で森口氏が面白いことを言っています。「こういったことを見ているとアクセルが強いことはネガティブな印象を与えてしまうかもしれません。しかし、アクセルが強いことの利点として、学習能力の高さがあげられる」と言っています。このことに関して、クローネ博士らの研究が紹介されていました。小学生、青年、大人を参加者として、ゲームをしてもらいます。しかし、最初の間、ゲームのルールは教えてもらえません。ゲームを進めていくなかで、ヒントが出され、そのヒントに基づいてルールを見つけ、学んでいかなければいけないのです。その間の参加者の脳活動をデータとして取得していきます。すると、青年期の報酬系回路が最も強く示されました。

 

ゲームのルールをヒントを基に見つけていくことに、報酬系回路が反応したのですね。つまり、ルールを見つけていくことが一つの報酬として捉え、それが意欲となっていったのでしょう。このことをみても、アクセルが強く働く青年期は、新しいことを学んだり、新しいものを探したりすることに向いている時期と言えるのでしょう。

 

この段階を見ているともう一つのアクセルが強い時期、つまり、乳児期も学びが強い時期ともいえるのかもしれませんね。実際、乳児期においては、非常に周りを見ていたり、能動的に「やってみよう」という様子が多いように思います。結果として、それは大人にとっては迷惑であったりする行動になることが多いのですが、こういった脳のメカニズムは間違いなくその頃に必要なことをしているように思います。「アクセル」という発達での様子は必要な時期としてあるのですね。その頃に多くのことを経験させるということが人生において必要な時期であるのが分かります。

必要なもの

脳を構成する神経細胞は出生後は基本的に増えることはないそうです。では、脳が発達してくるにはどういったことが起きるのでしょうか。森口氏は脳の発達で重要なのは神経細胞同士のつながりであると言っています。このように脳の神経細胞が同士がつながることによってネットワークを形成していくのです。そして、このネットワークは生後の経験によって変化していきます。

 

生まれたばかりの赤ちゃんの神経細胞は周りにある他の神経細胞と広範なネットワークを作っていきます。それは神経細胞同士近いものからつながっていきます。そして、なんと一度作った神経細胞のつながりを生後のケ件の中で必要なネットワークだけ残していくのです。つまり、最初はあらゆるところにネットワークを張り巡らせ広げていき、ピークに達した後は特定のネットワークだけ残していくのです。では、なぜ、そのようなことがおきるのでしょうか。これは赤ちゃんがどの環境や社会でも生きていくことができるようにという説があるそうです。人間にとって赤ちゃんがどこで生まれ、どの環境に生を受けるかは分かりません。そのため。赤ちゃんはどの環境においても順応できるように、生きていかなければいけないのです。そのため、初めは広範なネットワークを作り、その社会や環境において生活していく中で、よりその環境で効率よく生きていくための能力をつけていきます。ネットワークをより強くしていくことに対して、必要の無いものはそのネットワークを無くしていくのです。

 

このことに対して、森口氏は言葉の発達を例に出しています。例えば、「L」と「R」の発音の区別です。日本人の大人はこのLとRの発音の区別ができません。ところが、生後6か月くらいの日本人の赤ちゃんはLとRの区別が容易にできるのです。赤ちゃんは胎内にいる頃から聴覚が発達していくと言われています。新生児は生後ほぼ10日間で弁別が可能になり、男性の音声よりも女性の音声の方を好むようになります。また、母国語の音声に対して、非母国語の音声に対してより長い注意を向けていきます。面白いのはなぜ、母国語ではなく、非母国語に対して反応が起こるのかです。これはもしかすると、敵がどうかを区別するために聞き分けているのかもしれません。

 

こういったように赤ちゃんは生活経験を通して、言葉の発音の区別を行っていたり、母国語や非母国語といった言葉の変化を察知し、自分の脳を効率よく変化させていくことで、より育っていく環境に合わせた脳内ネットワークを作っていきます。脳内ネットワークの変化が起こる年齢は脳領域によって異なりますが、アクセルに関わるような報酬系回路は比較的発達が早く、ブレーキや思考の実行機能に関わる外側前頭前野や頭頂葉は発達するのに長く時間がかかります。また、この前頭前野の発達は青年期でもまだ終わっていなく、しっかりと働くようになるのは、青年期から成人期にかけてということを森口氏は言っています。

ストレスと実行機能

前頭前野はストレスによる影響が大きいと森口氏は言っています。では、前頭前野にストレスがかかっているときに脳にある神経細胞はどういったことが起きているのでしょうか。そもそも、前頭前野にある神経細胞は、お互いに様々な物質(神経伝達物質)をやりとりしています。そのなかでも、ドーパミンやノルアドレナリンという物質は、前頭前野が機能するのに重要な役割を果たしています。これらの物質が多すぎても少なすぎても、前頭前野は働きません。適度な量が必要なのです。そして、ストレスを受けるとドーパミンやノルアドレナリンの量が前頭前野で増えすぎてしまいます。その結果として、前頭前野の働きが悪くなってしまうのです。このような仕組みで、ストレスが前頭前野の働きに影響を与えてしまうのです。実行機能の発達という点で重要なのは、ストレスをたびたび経験した環境で育つと、前頭前野の発達に悪影響があるのです。

 

このようにブレーキに影響するのが外側前頭前野なのですが、この外側前頭前野は思考の実行機能にも重要な役割を果たしています。思考の実行機能には、外側前頭前野と頭頂葉の一部領域から構成される中央実行系回路が重要な役割を果たしています。これらの脳領域が協調して活動することによって思考の実行機能を支えています。

 

ある研究で、大人を対象に「切り替えテスト」の大人版を使った際の脳活動を計測しました。その結果、ルールを切り替える際には、外側前頭前野と後部頭頂葉などの中央実行系回路の主な領域が強く活動することが示されています。この活動を詳しく見ていくと、外側前頭前野の中でも役割分担があることがわかりました。たとえば、外側前頭前野の一部はこのテストに必要な情報を覚えておくという目標の保持の役割があります。切り替えテストにおいては、今どのルールでカードを分けるべきかという情報(たとえば色ルール)を覚えておく必要があります。そして、外側前頭前野の別の領域では、色から形への切り替えなどにおいて重要な役割を果たすのです。これらの領域が、協調して活動することによって、思考の実行機能を担っているのです。

 

このように感情の実行機能においても、思考の実行機能においても前頭前野が重要な役割を果たしているようだということが分かっていました。そのため、実行機能の発達には前頭前野の発達が深く関連していると森口氏は言っています。では、この前頭前野はいつ、どのように発達するのでしょうか。

 

脳を構成する神経細胞は出生後には、一部の領域を除いて、基本的に増えません。脳の発達とは、脳を構成する細胞が増えることではないのです。では、脳が発達する際に、何が起こっているのでしょうか。森口氏はこれにおいていくつかの仕組みがあることが分かっていると言っています。